日本海溝アウターライズにおける活動性の高い断層を発見 ~次の大規模アウターライズ地震発生の可能性~
2025年8月12日

発表者
孫 岳 海洋底科学部門 / 大学院理学系研究科 博士課程
朴 進午 海洋底科学部門 准教授
成果概要
2011年東北沖地震以降、日本海溝海側のアウターライズ(海溝外縁隆起帯)(注1)では「大規模アウターライズ地震」の切迫性が高まっていると懸念されている。東京大学大気海洋研究所の孫岳大学院生と朴進午准教授らの研究グループは、日本海溝アウターライズに分布する正断層の形状と地殻応力場データを組み合わせ、断層ごとの滑り見込み値(Slip tendency、Ts)(注2)を算出し、その活動性を評価した。その結果、Ts値の大きな断層が宮城沖のアウターライズに集中していることを発見した。これにより、次の大規模アウターライズ地震は宮城沖で発生する可能性が高く、今後の地震・津波防災の観点から注視が必要である。
発表内容
研究の背景
海溝の海側には、海洋プレートの屈曲によって形成される「アウターライズ(海溝外縁隆起帯)」と呼ばれる地形的高まりが広く見られる。アウターライズでは、プレートの屈曲に伴って浅部に伸張応力が働き、正断層群が発達してホルスト・グラーベン構造が形成される。その結果、海洋プレート内部で正断層型の地震(アウターライズ地震)が発生する。こうした大規模アウターライズ地震は、しばしば海溝型巨大地震の後に連動して起こり、巨大津波を引き起こすことが知られている。
日本海溝では、1896年明治三陸地震(海溝型巨大地震、M8.0)の37年後に1933年昭和三陸地震(大規模アウターライズ地震、M8.4)が発生し、津波により約3000人の死者が報告されている(地震調査研究推進本部地震調査委員会, 1997)。一方、2011年東北沖地震(M9.0)から10年以上が経過した現在も大規模アウターライズ地震は発生しておらず、その切迫性が増していると考えられる。しかし、こうした大規模地震を引き起こす断層の実態については十分な知見が得られていない。
研究内容
本研究では、日本海溝アウターライズ(図1)においてマルチチャンネル反射法(MCS)探査(注3)データ、海底地形データ、震源メカニズム解(注4)を統合的に解析し、断層形状と地殻応力場を詳細に評価した。まず、深度断面に変換したMCSデータから82本の正断層を抽出し、海底地形データと組み合わせて各断層の走向と傾斜角を決定した。これらの断層は、海溝軸にほぼ平行する断層(Type 1)、磁気異常線と一致して再活動した古いアビサルヒル断層(Type 2)、磁気異常線に直交しフラクチャーゾーン方向と一致する断層(Type 3)の3種類に分類できる(図1)。
図1:本研究で使用したMCS測線(水色の線)位置および滑り見込み値(Slip tendency、Ts)計算結果。白線は Nakanishi (2011) による磁気異常線。赤い星印は2011 年東北沖地震(M9.0)の震央で、黒の等高線(間隔10 m)は地震すべり分布(Iinuma et al., 2012)を示す。黄色の星印は1896年明治三陸地震(M8.0)および 1933年昭和三陸地震(M8.4)の震央を示す。短い直線は断層の位置を示し、その方向は各断層の走向を示す。黒の破線、赤の直線、青の「I」字型の線はそれぞれ三つのTypeの断層を意味する。半円は断層の傾斜方向を示し、半円の色は正規化されたTs値を表す。緑色の太い点線はMCS測線A4(図2)の位置を示す。宮城沖のアウターライズで大きいTs値(High Ts)の断層が集中する領域を黄色丸で示す。
さらに、震源メカニズム解データを用いてMultiple Inverse Method(MIM)により局所的応力場を推定した。その結果、最大主応力(σ1)は鉛直方向に近くやや東に傾き、最小主応力(σ3)は水平方向を向いていることが明らかになった。これにより、重力が地震の主な駆動力であり、引張応力場が支配的であることが示された。
次に、断層面に作用するせん断応力と法線応力の比で表される「滑り見込み値(Slip tendency、Ts)」を算出した。これまで陸上断層でのTs評価例はあったが、海底断層に適用して活動性を定量化したのは本研究が初めてである。Hashimoto et al. (2022) の手法を参考に計算した結果、西傾斜断層は東傾斜断層に比べて高いTs値を示し、地震を起こしやすいことが分かった。これは、東に傾いた応力場と断層の幾何学的条件により、西傾斜断層がより滑りやすくなっているためである。
また、北緯38.8~39.0°付近の領域では多くの断層がTs値0.7未満を示し、活動性の低いセグメントが存在することが判明した。この地域は磁気異常の途切れや地殻構造の不均質、微小地震活動の低下など複数の特徴が重なっており、日本海溝北部と南部の構造的境界を形成している可能性がある。一方、宮城沖の2011年東北沖地震破壊域の海側に位置する複数の正断層ではTs値が0.9以上を示し(図2)、大規模アウターライズ地震が発生する可能性が高いことが明らかになった。
図2:MCS測線A4の深度断面図(Park et al., 2021)で特定した断層及びそのTs値のグラフ。点線と矢印は断層の位置を示し、黒い点線は走向が判明できずTs値が計算できなかった断層である。グラフの高さはTs値を示し、色は断層の種類を示す。
社会的意義・今後の展開
本研究成果は、アウターライズに分布する断層の活動性が一様ではなく、断層の傾斜方向や位置によって大きく異なることを示した点で重要である。特に西傾斜断層の高い活動性は、1933年昭和三陸地震(大規模アウターライズ地震、M8.4)の震源断層モデルと整合的であり、大規模アウターライズ地震の発生リスクを理解する上で重要な知見となる。
本研究は、日本海溝アウターライズにおいて正断層の形状と地殻応力場を統合的に評価し、海底断層の活動性を定量化した初めての試みである。今後は、間隙水圧の影響や摩擦特性の不均質性を考慮した解析、三次元的な断層モデルの構築、高密度地震観測による震源メカニズム解の拡充などが、次の大規模アウターライズ地震・津波防災対策に向けた重要な課題となる。
発表雑誌
雑誌名:Progress in Earth and Planetary Science(2025年8月12日)
論文タイトル:Normal faults geometry and slip tendency in the outer-rise of the Japan Trench
著者:Yue Sun,Ayumu Miyakawa,Koichiro Obana,Ehsan Jamali Hondori,Jin-Oh Park
DOI番号:10.1186/s40645-025-00742-2
アブストラクトURL:https://progearthplanetsci.springeropen.com/articles/10.1186/s40645-025-00742-2![]()
用語解説
- 注1 アウターライズ(海溝外縁隆起帯)
- 海洋プレートの屈曲によって海溝の海側に生じる地形的高まり。海洋プレート浅部に伸張応力場が生じ、海洋性地殻の中に多数の正断層が発達する場所。
- 注2 滑り見込み値(Slip tendency、Ts)
- 断層面に作用するせん断応力と法線応力の比で表され、断層の活動性を評価する指標。Ts値が大きいほど断層が滑りやすいことを意味する。
- 注3 マルチチャンネル反射法(MCS)探査
- 海水面の近くで人工的に放出させた振動(弾性波)が下方に進行し、速度と密度が変化する海底下地層境界面で反射して、再び海水面へ戻ってきた反射波を受振器(ハイドロフォン)で捉え、 収録された記録を処理・解析することにより、海底下地下構造を解明する手法。
- 注4 震源メカニズム解
- 自然地震の波形から推定される断層のすべり方向や圧縮・引張応力の向きを示す情報。「ビーチボール図」と呼ばれる図で表され、地殻応力場や断層運動の特徴を理解する手がかりとなる。
問い合わせ先
東京大学大気海洋研究所 海洋底科学部門
博士課程 孫 岳(そん がく)
sunyue94◎aori.u-tokyo.ac.jp
東京大学大気海洋研究所 海洋底科学部門
准教授 朴 進午(ぱく じんお)
jopark◎aori.u-tokyo.ac.jp
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