クラゲ類を捕食するアオウミガメは、草食性の個体よりも栄養状態が良好
2025年8月4日
研究成果
発表者
河合 萌 大学院農学生命科学研究科 博士課程
亀田 和成 ウミガメ協議会付属黒島研究所 主任研究員/学芸員
福岡 拓也 海洋生命科学部門 助教
呂 律 大学院新領域創成科学研究科 博士課程
楢崎 友子 名城大学農学部 助教
佐藤 克文 海洋生命科学部門 教授
成果概要
アオウミガメはふ化して外洋生活を経た後、海藻や海草を主食としますが、一部の地域ではクラゲ類も捕食することが知られています。しかしクラゲ類の餌としての重要性については不明でした。東京大学農学生命科学研究科の河合萌大学院生、大気海洋研究所の佐藤克文教授らの研究グループは、バイオロギング(注1)により海中での採餌行動を観察することで、クラゲ類を捕食するアオウミガメが、草食性の個体よりも活動時間が長く、摂餌頻度が低いにも関わらず、良好な栄養状態を示すことを明らかにしました。アオウミガメにとって、クラゲ類が重要な餌であることが明らかになったことは、海草藻場の減少により餌環境が変化する中で、ウミガメの健康や沿岸生態系に及ぼす影響を予測するのに役立つと考えられます。
発表内容
研究の背景
これまでクラゲ類は、水分量が多く、エネルギー密度が低いなどの理由から栄養価の低い生物と考えられてきました。しかし近年、魚類、頭足類、甲殻類、鳥類など様々な生物がクラゲ類を捕食していることが確認され、餌としての重要性が注目されています。爬虫類の一種であるウミガメもクラゲ類を捕食することが知られており、ウミガメの中で最大の体サイズに成長するオサガメは、1日に330kgものクラゲ類を捕食するとされています。
亜成体のアオウミガメは、一般的に孵化後数年間の外洋生活を経た後、沿岸域の狭い範囲に定住しながら海藻や海草を主食とします。一方で、いくつかの研究では、アオウミガメが長距離を移動しながらクラゲ類を捕食することも報告されています。ウミガメが何をどれくらい食べていたかを明らかにするためには、主に解剖によって食性が調べられてきました。しかし海藻・海草とクラゲ類では消化速度が異なるため、両者の摂餌量を比較することは困難でした。そこで本研究では、食性の異なる2地域において、バイオロギングを用いて海中での採餌行動や摂餌量を比較し、クラゲ類がアオウミガメにとって重要な餌であるかを調べました(図1)。
図1.遊泳中のアオウミガメ(左)と甲羅に装着したビデオカメラで撮影された採餌中の映像の一部(右)
研究内容
本研究は沖縄県八重山諸島にある黒島周辺と、岩手県大槌町を中心とした三陸沿岸域にて調査を行いました。黒島は熱帯域に位置し、島の周囲に海藻や海草が繁茂しています。この海域には、数十km2という狭い範囲に定住し、海藻や海草を主食とする草食性のアオウミガメが多く生息しています。一方、三陸は温帯域に位置し、水温の季節変動が大きいため、アオウミガメにとっては夏季限定の採餌場です。三陸のアオウミガメは数百kmに及ぶ長距離移動を行い、海藻や海草に加えてクラゲ類も摂取します。これら2地域のアオウミガメの亜成体に記録計を装着して、海中での採餌行動を調べました。その結果、放流期間中の活動時間は、黒島の個体が約63%であったのに対し、三陸の個体は約90%でした。また餌の獲得頻度については、黒島の個体が1時間あたり最大908回も海藻や海草に噛みついていた一方で、三陸の個体は海藻や海草に最大21回/時間、クラゲ類に最大9回/時間しか噛みついていませんでした。三陸の個体は、採餌場に滞在している際に海藻や海草を捕食し、水面で直線的に移動する際にクラゲ類を捕食する様子が見られました。これらのことから、黒島の個体は短い活動時間で安定した餌量を獲得できていましたが、三陸の個体は活動時間が長いにもかかわらず、時折餌を獲得する程度だということが分かりました(図2)。しかし、体長と体重の比率から算出される肥満度や、血中のタンパク質濃度に基づく栄養状態は、いずれも三陸の個体の方が良い傾向を示しました(図3)。これらの結果から、クラゲ類はアオウミガメにとって重要な餌資源であることが考えられます。行動面のみを比較すると、黒島の個体の方が採餌効率に優れているように見えますが、クラゲ類の摂取はそれを上回る栄養的な利益をもたらしている可能性があります。
図2.黒島と三陸のアオウミガメの活動時間及び摂餌時間の比較
黒島の個体(a)よりも、三陸の個体(b)の方が活動している時間(黄色)は長い一方で、摂餌している時間(赤色)は短い傾向が見られました。黒島の個体に頻繁に見られる短時間の活動は、休息の合間に行う息継ぎによるものです。
図3.甲羅の長さを示す直甲長と体重の関係(左)と肥満度の比較(右)
三陸では、直甲長が50cm未満の個体数が多く見られました(左)。しかし体サイズに関わらず、黒島の個体(a)よりも三陸の個体(b)の方が、肥満度が高い傾向を示しました(右)。
社会的意義・今後の展望
アオウミガメは、古くから海藻や海草を主食とすると言われてきましたが、いくつかの研究から、クラゲ類を捕食する雑食性の個体も存在することが分かってきました。本研究は、採餌行動を比較しながら、アオウミガメの食性の違いが肥満度や栄養状態にどのような影響を与えるかを示した、初めての成果です。アオウミガメにとって、クラゲ類が重要な餌であることが明らかになったことは、近年、海草藻場の減少により餌環境が変化する中で、ウミガメの健康や、さらには沿岸生態系に及ぼす影響を予測するのに役立つと考えられます。
発表雑誌
雑誌名:Marine Biology(2025年7月23日)
論文タイトル:Seasonally migrating juvenile green turtles (Chelonia mydas) feeding on gelatinous prey exhibit better nutritional status than resident herbivorous individuals
著者:Megumi Kawai*, Kazunari Kameda, Takuya Fukuoka, Lyu Lyu, Tomoko Narazaki, Katsufumi Sato
DOI番号:10.1007/s00227-025-04700-w
アブストラクトURL:https://link.springer.com/article/10.1007/s00227-025-04700-w
用語解説
問い合わせ先
東京大学農学生命科学研究科
博士課程 河合 萌(かわい めぐみ)
kawai-megumi◎g.ecc.u-tokyo.ac.jp
東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門
教授 佐藤 克文(さとう かつふみ)
katsu◎aori.u-tokyo.ac.jp
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