グレートバリアリーフの存続と海面上昇 ―海面上昇速度とサンゴ礁生態系の関係―
2025年6月2日
サンプル採取を行った掘削船から見た現在のグレートバリアリーフ
発表者
横山 祐典 海洋底科学部門 / 先端分析研究推進室 教授 / 室長
概要
東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授らの国際チームは、国際深海掘削計画(IODP)の第325次航海(共同主席研究員:横山祐典 東大教授・Jody Webster シドニー大学教授)によって採取された過去30,000年間のグレートバリアリーフ化石サンゴを分析し、世界的に議論になっている海面急上昇イベントの一つである、11,450年前から11,100年前の4cm/年のイベント(氷床融解イベント:MWP-1B)の検証を行いました。その結果、当時の上昇速度は2-3cm/年を上回ることはなく、グレートバリアリーフのサンゴ礁成長も継続しており、カリブ海からの既往研究のデータ(4cm/年)は過大評価だったことを明らかにしました。この時期のグレートバリアリーフの継続成長は、サンゴ礁の海面上昇速度に対しての適応能力についての新知見となりました。しかし当時は、その他の環境ストレスである土壌流出量増加や海水の酸性化などが現在よりも抑えられており、将来の影響評価を検討するには、複合ストレスに対する応答についても理解を進める必要があります。
発表内容
現在の温暖化による極域氷床の融解の規模がどれくらいになるのか、それによってもたらされる海面上昇に対して沿岸生態系がどう応答するのかについての情報は、科学的にも社会的にも重要な課題です。特に将来のアナログとして、過去に起こったとされる急激な上昇イベント(氷床融解パルス:メルトウォーターパルス:MWP)についての理解を深めることで、理解を深化することが可能となり、環境保全への対応も可能となります。
これまでの既往研究で、カリブ海のバルバドスから得られた研究からは、現在の間氷期に入る直前のタイミングで、年間4cmを超える海面上昇を引き起こすMWP-1Bが起こっていたとされ、大きな議論を巻き起こしていました。グレートバリアリーフ(GBR)は世界最大のサンゴ礁であり、地震など海面変動の情報復元にノイズとして働く地殻変動の要素がないとされるオーストラリアの大陸棚に大規模に存在しているため、この現象の高精度復元に適している地域です。現在は生息を停止し、骨格のみを残す化石サンゴ礁(プロトGBR)を用いて行った分析(関連論文1)から、直近の地球環境の歴史の中で、最も寒くなり巨大な氷床が出現した2万年前にも、海水準が現在より約120mの水深に広く存在していたことがわかっています(関連論文2)。そこでチームは今回、MWP-1Bを捉えていると考えられるサンプルに着目し詳しく検討を行いました。その結果、当時の上昇速度は2-3cm/年を上回ることはなく(おそらくそれ以下)、グレートバリアリーフのサンゴ礁成長も継続していたことがわかりました。これはカリブ海からの既往研究の結果(4cm/年)を覆すものとなり、タヒチから得られていた報告と整合的な結果となりました。当時の上昇速度程度であればサンゴ礁生態系が海面上昇へ耐性を持つことがわかったのです。しかし当時は、大気中の二酸化炭素も現在より低く、海洋酸性化も進展しておらず、また陸上の土地利用の変化に伴う土壌流出量増加などの環境ストレスは今ほど大きくなかったことから、今後は複合ストレスに対する応答についても理解を進める必要があります。
将来の世界的な気候変動シナリオでは、2100年までに海面、水温、海洋酸性化が急速に進むと予測されています。国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の高排出シナリオ(SSP5-8.5)では、海面上昇が最大+1.7mになると予測するものもあり、世界の沿岸域への影響が懸念されています。特にサンゴ礁は世界の0.1%の面積に海洋生物の25%の種が生息しているという意味で、沿岸域の極めて重要な構成要素となっています。これらのアーカイブは、氷床が急激な地球温暖化に対してどのような挙動を示したかについての重要な手がかりを提供するだけでなく、サンゴ礁の将来に何が待ち受けているかについての重要な情報を与えてくれるため(関連論文3)、今後の更なる研究が重要です。
図1:グレートバリアリーフの海底地形図と今回の研究に用いた試料採取地点(42A, 57A)の例
水深100mを超える海底やそれよりも浅い海底に数百キロにも渡って連続的にかつて生息したサンゴ礁(プロトグレートバリアリーフ)。
それぞれのパネルの数字は代表的なサンゴ礁の水深。
論文情報
雑誌名:Nature Communications(2025年6月2日)
題 名:Constraints on sea-level rise during meltwater pulse 1B from the Great Barrier Reef
著者名:Jody Webster*, Yusuke Yokoyama, Marc Humblet, Juan Carlos Braga, Tezer Esat, Stewart Fallon and Edouard Bard
DOI: 10.1038/s41467-025-59858-0
URL: https://doi.org/10.1038/s41467-025-59858-0
研究助成
本研究の一部は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)グラント番号:JPMJCR23J6とJSPSの科研費JP23KK0013(ヒプシサーマル:完新世の気温復元不一致問題に挑む)の支援により実施されました。
関連論文
- 関連論文1
- Yokoyama, Y. et al. (2018) Rapid glaciation and a two-step sea level plunge into the Last Glacial Maximum. Nature, 559, 603-610. https://doi.org/10.1038/s41586-018-0335-4
- 関連論文2
- Webster, J. et al. (2018) Response of the Great Barrier Reef to sea-level and environmental changes over the past 30,000 years. Nature Geosciences, 11, 426-432. https://doi.org/10.1038/s41561-018-0127-3
- 関連論文3
- Yokoyama, Y. et al. (2022) Towards solving the missing ice problem and the importance of rigorous model data comparisons. Nature Communications, 13, 6261. https://doi.org/10.1038/s41467-022-33952-z
問合せ先
横山祐典(よこやま ゆうすけ)
東京大学大気海洋研究所 海洋底科学部門 / 先端分析研究推進室
教授 / 室長
E-mail:yokoyama◎aori.u-tokyo.ac.jp ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください