深層学習を活用した北半球夏季季節内振動の予測精度向上と説明可能なAIによる予測根拠の解明
2025年6月10日
発表者
前田 優樹 海洋物理学部門 博士課程(大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻)
佐藤 正樹 海洋物理学部門 教授
成果概要
夏季の熱帯域で活発化する積雲対流は、東アジアモンスーンの変動に大きく寄与しており、気象学において重要な現象です。この対流活動は、30-90日周期で変動する北半球夏季季節内振動(BSISO)と密接に関係しています。大気海洋研究所の前田優樹大学院生と佐藤正樹教授の研究グループは、深層学習を活用し、BSISOの1ヶ月先までの予測において従来の数値モデルを上回る精度を達成しました。さらに、深層学習モデルの判断根拠を解析することで、BSISOの予測起源に関する新たな知見を得ました。本研究は、BSISOの変動メカニズムや予測可能性への理解を深化させるとともに、モンスーンや台風発生予測の精度向上にも寄与する可能性が示唆され、気象防災への応用が期待されます。
発表内容
【研究の背景】
熱帯域では活発な積雲対流が生じており、特に北半球夏季季節内振動(BSISO)は夏季のアジアモンスーン域において最も卓越する季節内変動の1つとして知られています。その描像は、およそ30−90日の周期で大規模な積雲対流活動がインド洋北部から西太平洋へと北進する形で現れます。この現象に伴い、台風の発生位置や進路、アジア夏季モンスーン、さらには中緯度での天候や異常気象の発生にも影響を与えます。したがって、BSISOの高い精度での予測や北進メカニズムの解明は重要な課題です。近年では、数値予報モデルを用いたBSISOの予測に多くの研究が行われてきました。しかし、BSISOは発生や時空間発展が複雑なため、ほとんどのモデルにおいて3週間より先の予測は困難とされています。一方で、理論的には1か月以上先まで予測できる可能性があるとも推定されており、依然として数値モデルにおける予測技術には改善の余地があります。
近年、気象研究における新たなデータ駆動型アプローチとして深層学習が急速に注目を集めています。過去の膨大な気象データを学習することで、気象予測に必要なパターンを抽出する深層学習は、既存の数値モデルの予測精度を上回る成果を示すことも先行研究で報告されています。しかし、BSISOに特有に見られる、対流の北進を予測し解析するための深層学習の活用は、これまで十分に取り組まれてきませんでした。
【研究内容】
本研究では、気象研究の新たなアプローチとして注目される深層学習を利用することで、BSISOの1ヶ月先までの予測モデルを構築・検証しました。モデルには、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)(注1)を採用し、再解析データ(ERA5)(注2)の初期時刻の空間場を入力データとして与えることで、1ヶ月先までのBSISOインデックス(注3)を予測するように学習させました(図1)。その結果、CNNモデルによる予測スキルは約29日に達し、従来の数値モデルの予測精度を上回りました。深層学習モデルは高い予測精度を提供するものの、膨大なパラメータを持つためにしばしば「ブラックボックス」と呼ばれ、解釈性の低さに課題があります。その問題に対処するため、近年ではモデルの判断根拠を可視化する「説明可能なAI(XAI)」の研究が盛んに行われています。本研究では、XAIの一つとして知られるSHAP(注4)を本モデルに適用し、BSISOの予測要因の定量化を行いました。その結果、特に15日以上先のBSISO予測では、海面水温・可降水量(水蒸気量)・上層東西風が主要な因子であることが明らかになりました。さらに、寄与度の空間分布を調べると、北インド洋では積雲対流の北進に先立って海面水温が上昇する時期にCNNモデルの予測寄与が大きく、この海面水温の変化が北進伝播のトリガーとなることを示唆しています(図2a, 2b)。一方で、海洋大陸上では可降水量が豊富となる時期に対応して予測の寄与が大きく、水蒸気が積雲対流の東進に寄与していることも明らかとなりました(図2c, 2d)。
図1 リアルタイムBSISOインデックスの予測のための深層学習モデルの概要。入力には大気・海洋の6変数(長波放射、風、水蒸気、海面水温など)の初期場を用い(a)、畳み込みニューラルネットワークをベースとして0~30日先までの予測モデルを作成して学習する(b)。位相図中では初期状態(黄色星)、各モデルの予測値(青点)、予測の平均値(赤線)、実測値(黒線)をそれぞれ表す(c)。
図2 説明可能なAI(XAI)の解析により算出した予測根拠(寄与度)の分布と入力データの偏差分布。左には海面水温(a)および可降水量(c)について、BSISO予測の寄与度分布(特に支配的な時期=フェーズ)を示す。右には参照として入力データに用いた海面水温(b)および可降水量(d)の偏差分布を示す。
【社会的意義・今後の展望】
本研究で作成したCNNモデルは、リアルタイムでのBSISOの予測を可能とし、1ヶ月先までの季節内予報においても高い有用性が示されました。また、XAI技術を用いてモデルの予測根拠を詳細に解析し、深層学習モデルの透明性と解釈性を向上させるとともに、BSISOの北進メカニズムや予測可能性に関する新たな知見も得られました。本成果は、深層学習が気象学において有力な統計解析手法の一つであることを示すものです。一方、BSISOはその定義や指標によって解析結果が異なる場合があるため、今後はさらに多様な指標やデータを用いた拡張研究が求められます。また、BSISOは夏季の日本付近で卓越する太平洋高気圧の変動にも影響を与えるため、今後は熱帯域と中緯度域の気象現象を関連付けた包括的な解析研究の発展が期待されます。
発表雑誌
雑誌名:Geophysical Research Letters, Volume52, e2024GL114477,(2025年5月22日)
論文タイトル:Deep Learning Improves Prediction of the Boreal Summer Intraseasonal Oscillation Using Predictive Source Analysis
著者:Yuki Maeda*, Masaki Satoh
DOI番号:10.1029/2024GL114477
アブストラクトURL:https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2024GL114477
用語解説
- 注1 畳み込みニューラルネットワーク
- 畳み込み処理により特徴を自動抽出する深層学習のアルゴリズム。画像認識や自然言語処理など多様な分野で高い性能を発揮する。気象データにおいても予測に必要な情報を効率的に抽出できるため、優れた予測精度が得られる。
- 注2 再解析データ(ERA5)
- ECMWF(欧州中期予報センター)が提供する、1979年以降の気象データを基に作成した高解像度の気候再解析データセットで、天気予報や気候研究に広く活用される。
- 注3 BSISOインデックス
- 季節内振動(BSISO)の活動度や進行状況を示す指標。主に雲量(長波放射)や風のデータなどをもとに算出され、気候予測・研究での定量的な議論に用いられる。
- 注4 SHAP
- SHAP(Shapley Additive Explanations)とは、各特徴量(入力データの変数や画像領域)が機械学習モデルの予測にどれだけ影響を及ぼすかを、協力ゲーム理論に基づいて公平に定量化する手法。モデルの予測根拠を可視化し、説明可能性を高めるために活用される。
問い合わせ先
前田 優樹(まえだ ゆうき)
海洋物理学部門 博士課程(大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻)
maeda-y◎aori.u-tokyo.ac.jp
佐藤 正樹(さとう まさき)
海洋物理学部門 教授
satoh◎aori.u-tokyo.ac.jp
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