若手研究者紹介01:海洋生物資源部門 板倉 光 助教
2024年5月30日
海洋生物資源部門 板倉 光(いたくら ひかる)助教
2009年3月 長崎大学水産学部水産学科 卒業
2011年3月 東京大学大学院新領域創成科学研究科自然環境学専攻修士課程 修了
2014年9月 東京大学大学院新領域創成科学研究科自然環境学専攻博士課程 修了 博士(環境学)
職歴
2013年4月–2014年9月 日本学術振興会特別研究員DC2
2014年10月–2015年3月 日本学術振興会特別研究員PD
2015年4月–2016年3月 東京大学大学院新領域創成科学研究科 特任研究員
2016年4月–2019年3月 日本学術振興会特別研究員PD
2017年11月–2018年6月 米国メリーランド大学チェサピーク生物学研究所 客員研究員
2019年5月–2021年11月 日本学術振興会 海外特別研究員
2021年12月– 現在 東京大学大気海洋研究所 助教
海洋生物研究のルーツは魚釣り
―― なぜ海や魚に興味をもったのですか?
幼少期の魚採集と釣りからですね。最初のきっかけは父に連れていってもらった魚釣りだと思います。僕は島根県出雲市出身なのですが、小学校低学年の頃、初めての海釣りで魚を見てとても興奮したのを覚えています。それから徐々に自分で川に魚を捕りに行ったり、釣りに行ったり、魚にも興味を持つようになりました。自転車で釣りに行ける範囲も広がったので、休みの日は1時間くらいかけて釣りに行く生活になってすっかり魚好きになったのが原点ですね。
その後バスケットボールを始めたので、中高時代は部活一筋。大学進学を考える時期になって、やっぱり魚が好きだったので、水産学部に入りました。でも水産学部に入ったら魚好きの次元が全然違っていました。その後に入った大海研で一緒に研究するようになった脇谷さん(現・海洋生物資源部門 脇谷 量子郎 特任准教授)はもう完全にマニアで、自分が本当に魚好きかどうかも確信が持てなくなるくらいで。
出会った研究者との関わりが今の研究につながる
―― 研究者になろうと思ったのはいつごろですか?
大学4年生の時、一番部活が忙しい時期に、教授の目を盗みながら日中は部活に行き、夕方から夜中まで実験するという生活をしていました。その後、大海研で研究を進めていくうち、徐々に面白くなって良い仕事になるかもしれないと思い始めて。その頃、周りのちょっと年上の研究者の姿を見て、なんか良い生き方をされているなと感じたんです。今、逆に自分がその立場にいるので、僕たち若手が楽しく研究することは結構重要だと思っています。当然忙しい時もありますが、学生には忙しくないフリをしたり(笑)。
――「令和5年度日本水産学会 水産学奨励賞」を受賞されましたね。
「ウナギ属魚類の生態解明と保全に関する研究」に対していただきました。僕の研究キャリアはウナギから始まって、ポスドクの最初の数年間も一貫してウナギを研究してきて、その研究成果を評価いただきました。2011年から川のウナギの生態研究を始めたんですが、その頃ちょうど天然の卵を外洋で発見した塚本先生(現・塚本 勝巳 名誉教授)の論文が出ました。僕もその発見のお手伝いをしましたが、ウナギの外洋の産卵場探索とか、初期生活史などが注目された時期だったんです。僕はウナギの川での生活のこと、何を食べているかさえ全然分かっていないことに興味を引かれて、川に関する基礎的なことを調べる研究を始めました。そこで、海と川のつながりや、海とは関係のないミミズが実はウナギにとって大事だということが分かったんです。
筋肉の同位体比(注1)や胃内容物を調べると、小さいウナギの50%ぐらいがミミズに依存している。ウナギが陸のものに依存しているのがすごく面白くて。でも、すでに幼少期に、ミミズの餌を使って魚が釣れるのはなぜだろうと思っていたんです。その疑問をずっと忘れていましたが、大海研でウナギを解剖して、ミミズがたくさん出てきた時、急にその記憶が蘇ってきたんです。
―― 陸のミミズがウナギにとって重要だとは知りませんでした。
ミミズは雨の日に一斉に地上に出てきて移動しますが、その理由はまだ分かっていません。ウナギの胃の内容物と雨との関係を解析してみると、胃の中から出てくるのは、雨が降ってから2日以内に集中していました。つまり、雨が降った時にミミズが出てきて、それが川に流れ込むと、ウナギがミミズを餌とすることがわかりました。この結果に関する論文を出した時に『つり人』誌からも取材がきて、僕にとって嬉しい記念になりました。当時は、毎日のように竹筒を仕掛け、それを上げるという伝統漁法で調査していました。今後、是非とも誰か学生さんに調査を継続してもらえれば、もっといろいろなことが分かるのではないかと思います。
竹筒でウナギを捕る
テレメトリーと耳石の分析で魚の過去を知り、未来を予測する
―― 最近獲得された科研費の研究内容について聞かせてください。
魚の回遊生態と気候変動についての研究で、科研費基盤Bの研究から続いているものです。近年、沿岸の生育環境が厳しくなり、温暖化で水温が上がったり、海洋熱波によって一時的に非常に高温になったり、そのような環境に魚がどう応答するのかに着目しています。手法としては、僕がずっとやっているバイオテレメトリー(注2)に加えて、耳石(注3)を使います。この2つの手法で、捕まえた個体の過去の成長記録が遡れるので、アジアに広く分布するような魚種で、年ごとの成長と、その時に起こった環境イベントとの関係を追っています。例えば、僕がずっと研究してきたウナギだと、台湾の共同研究者の方にも協力いただいて、台湾から東北くらいまでのサンプルをたくさん集めて、その緯度と年間の成長の比較をやっています。テレメトリーと耳石の分析というのは、互いに補完し合えるメリットがあるんです。テレメトリーで魚の移動が分かって、耳石では、過去の魚の様子や成長に加え、元素を調べれば回遊のパターンも分かるので、2つを併せると個々のストーリーが見えてきます。あるタイミングで川に入る個体もあれば、ずっと海にとどまる個体もある。また別の個体はずっと川にいて海には行かない。多様な回遊パターンがなぜ起こるのか、それぞれの回遊パターンにどのような意味があるのかを想像するのがとても楽しくて。回遊パターンが違うと生育環境も異なるので、生活史の特性も変わり、温暖化の進行で水温が上がっていくならこの回遊パターンはどう変わっていくのか、興味深いテーマだと思います。
―― 出雲で生まれて柏まで回遊してきた板倉さんは、今後どこに向かっていくのでしょうか?
早く学生さんと一緒に研究がしたいです。僕はチームスポーツ出身者なので、やっぱりチームで研究したいですね。以前は、研究は一人でやるものだと思っていましたが、ポスドクくらいの頃、研究はチーム戦だと気づいてから、研究が一層楽しくなりました。早くそういう体制を作れるよう頑張りたいと思っています。
(聞き手:牧野 光琢 教授)
- 注1:同位体比
- 元素の陽子は同じで質量数が異なる原子を同位体と言い、それらの比をとったもの。生物を構成する元素のうち、炭素と窒素の同位体は生物間の食う・食われるの関係を推定する際によく利用され、捕食者の餌利用(各餌の寄与率)を推定することができる。
- 注2:バイオテレメトリー
- 受信機と発信機を利用して、生物の分布や移動を追跡する方法。
- 注3:耳石
- 魚の内耳に含まれる炭酸カルシウムの組織。耳石を使って、年齢や成長のほか、過去に魚が生息していた環境を推定することができる。