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地球規模でのオオメジロザメ集団遺伝学的構造に関する国際共同研究:西表島浦内川に遡上するサメは地域固有集団だった

2023年3月17日

PDFファイル(336KB)

発表者

Floriaan Devloo-Delva オーストラリア連邦科学産業研究機構 博士研究員
兵藤 晋 東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門 教授
立原 一憲 琉球大学理学部 海洋自然科学科 教授
Pierre Feutry オーストラリア連邦科学産業研究機構 上級研究員

成果概要

オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)、東京大学大気海洋研究所、琉球大学を含む16ヶ国の研究者が参加する国際共同研究グループは、地球規模でのオオメジロザメの集団遺伝学的解析を行いました。オオメジロザメはサメ類の中でほぼ唯一、淡水環境でも生息できる広塩性種です。世界中の19地点から採集した922個体を解析した結果、東部太平洋、西部大西洋、東部大西洋、インド洋-西部太平洋という大洋間で地理的隔離が成立していること、さらにはフィジーや日本の西表島などの島嶼に生息する個体群がそれぞれ遺伝的に独立した集団であることなどが明らかとなりました。本研究の成果は、沿岸域の高次捕食者であるオオメジロザメの保全計画の立案に対して重要な知見を提供します。

発表内容

【研究背景】
オオメジロザメ(Carcharhinus leucas)は、熱帯から亜熱帯、温帯の沿岸域に分布する大型の板鰓(ばんさい)類(注1)です。その最大の特徴は、サメ類の中でほぼ唯一、海水環境でも淡水環境でも生息できる広塩性(注2)であることです。母ザメは10ヶ月を超える妊娠期間を経て、主に河口域で出産し、産まれたばかりの子ザメは河川を遡上し、外敵の少ない環境で数年間過ごすと考えられています。オオメジロザメは海岸線沿いに大規模に移動する能力をもつことが知られる一方で、上記のような繁殖特性をもち、母ザメは出産の際には同じ河口域を利用するとも考えられています。そのため、その遺伝的集団構造(注3)には興味が持たれてきたものの、これまでは西部大西洋内やインド洋-西部太平洋内での遺伝的な繋がりが調べられてきた程度でした。また、オオメジロザメは肉や鰭を目的とした漁業や混獲による捕獲、駆除事業の対象ともなり、国際自然保護連合のレッドリストでは危急種(絶滅危惧II類)に分類されており、その個体数の減少と生態系への影響も懸念されています。そこで今回、オーストラリアCSIROのDevloo-Delva博士やFeutry博士の呼びかけで、日本を含む16ヶ国の研究者が参画し、19の地域から集められた922個体のオオメジロザメを解析するという、国際共同研究が行われました。日本では西表島の浦内川にオオメジロザメが遡上することが知られています。私たちは、これまでにオオメジロザメの広塩性のメカニズムについて明らかにするとともに(文献1)、2014年から琉球大学の立原教授のグループとともに浦内川でのオオメジロザメ生息調査を行ってきました。その調査で捕獲したオオメジロザメのサンプルを、今回の国際共同研究に提供しました。

【研究内容】
集団構造の解析には核ゲノムの約3400の一塩基多型(注4)をマーカーとして使用し、インド太平洋の384個体についてはさらにミトコンドリアの全ゲノム配列も用い、性による移動パターンの違いも調べられました。その結果、地球規模では、東部太平洋、西部大西洋、東部大西洋、インド洋-西部太平洋という遺伝的に異なる4つの集団に分かれることが示されました。たとえば、東部太平洋と西部大西洋の個体群は大きく分化しており、約300万年前にパナマ地峡が形成されたことによる遺伝的分化であると考えられました。また、東部大西洋とインド洋-西部太平洋の個体群間の分化と比べて、西部大西洋と東部大西洋の個体群間の遺伝的分化の程度が大きいことが明らかになりました。これは、東部大西洋とインド洋間の移動を遮る低温のベンゲラ湧昇よりも、東西大西洋間の距離のほうが強い障壁となっていることを示しています。さらに、インド洋-西部太平洋集団の中で、日本とフィジーの個体群はそれぞれ遺伝的に独立した集団であることが明らかとなりました。オオメジロザメは比較的浅い環境を好むことから、陸橋や外洋における距離、低水温、深い海溝などが障壁となって地域集団が形成されたと考えられます。そして興味深いことに、日本のオオメジロザメは、さらに3つの集団に分かれる可能性も示唆されました。沖縄本島周辺の個体はインド洋-西部太平洋集団と比較的、遺伝的に近いのに対して、西表島浦内川の個体はインド洋-西部太平洋集団とは明確に異なっていただけでなく、浦内川のオオメジロザメはさらに出産時期の異なる2つの小集団に分かれる可能性が示されました。

【社会的意義・今後の展望】
種内の遺伝的集団構造と移動や分散を妨げる障壁を理解することは、地球規模で種の保存や遺伝的多様性の維持を考え、人間活動や環境変動の影響を正しく把握するためには必要不可欠です。オオメジロザメは沿岸性のサメであり、沿岸の浅い水域を分散回廊として移動することで遺伝子流動を維持し、種全体として高い遺伝的多様性を保っていると考えられてきました。その一方で、今回の結果から、陸橋や深い海溝、長距離、冷水の湧昇や高緯度といった障壁により、オオメジロザメの集団構造が形成されることが明らかとなりました。オオメジロザメは河口域や河川を繁殖に利用するため、漁業や環境変化、駆除などの人間活動の影響を受けやすく、高次捕食者の個体数変動は、海洋や河川の生態系にも大きな影響を与えることが懸念されます。特に、今回明らかになったフィジーや西表島浦内川の集団は遺伝的に隔離された小さな島嶼集団です。島嶼集団は集団サイズが小さいために環境変動や人間活動により個体群サイズが縮小しやすいうえ、隣接する個体群からの遺伝子流動の可能性も限られ、近親交配や遺伝的多様性を喪失するリスクが高いことから、日本特有の局地個体群が絶滅する可能性も懸念されました。

西表島は世界自然遺産に登録され、浦内川は約400種に及ぶ魚類が生息する極めて多様性に富んだ環境であり、希少種や固有種も多数存在します。今回の結果は、浦内川の生態系を保全することの重要性をまさに示すものです。また、今回開発された、世界中の個体群を識別するための遺伝子パネルは、違法な水産物取引の監視にも役立つことが期待されます。

文献1 Imaseki et al., (2019). Journal of Experimental Biology, 222, jeb201780.

本研究で使用されたオオメジロザメの採集地点を示す地図。日本(JPN)のサンプルは、沖縄本島周辺ならびに西表島浦内川で採集された個体を使用した。点線は、遺伝子流動を妨げる障壁を示している。論文の図1を改変。

発表雑誌

雑誌名:「Ecology and Evolution」(2023年2月22日付)
 ※どなたでも本文全文を読めるオープンアクセスです。
論文タイトル:From rivers to ocean basins: the role of ocean barriers and philopatry in the genetic structuring of a cosmopolitan coastal predator
著者:Devloo-Delva F, Burridge CP, Kyne PM, Brunnschweiler JM, Chapman DD, Charvet P, Chen X, Cliff G, Daly R, Crymon JM, Espinoza M, Fernando D, Garcia Barcia L, Glaus K, Gonzale-Garza BI, Grant MI, Gunasekera RM, Hernandez S, Hyodo S, Jabado RW, Jaquemet S, Johnson G, Ketchum JT, Magalon H, Marthick JR, Mollen FH, Mona S, Neylor GJP, Nevill JEG, Phillips NM, Pillans RD, Postaire BD, Smoothey AF, Tachihara K, Tillet BJ, Valerio-Vargas JA, Feutry P

DOI番号:10.1002/ece3.9837
アブストラクトURL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ece3.9837このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

兵藤 晋 海洋生命科学部門 教授
hyodoaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1 板鰓類
脊椎動物の軟骨魚綱板鰓亜綱に属する魚類の総称で、一般にはサメ・エイ類とよばれる。
注2 広塩性
外界の広い範囲の塩分変化に対応して生存できる生物の性質。硬骨魚ではサケやウナギなど川と海を行き来する回遊魚や、河口 近くの汽水域に生息する生物などに多い。
注3 集団構造
同種の個体もしくは集団同士の関係(例えば、分化の有無や程度、交流の有無など)に基づく種内の構造。本研究のように遺伝 子マーカーを用いて調べられることが多く、それによって明らかになった構造は、遺伝的集団構造ともいう。
注4 一塩基多型(Single nucleotide polymorphism; SNP)
2 つ以上の塩基の多型が存在する DNA の部位。多数の SNP をマーカーとして、集団の遺伝的背景等を調べることができる。

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