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生体異物代謝酵素遺伝子のノックアウトによる海洋汚染研究モデル魚の作出

2022年3月25日

スハイラ ビンティ ルスニ(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
佐々 三依子(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
髙木 俊幸(東京大学大気海洋研究所 助教)
木下 政人(京都大学 農学研究科 准教授)
竹花 佑介(長浜バイオ大学 バイオサイエンス学部 准教授)
井上 広滋(東京大学大気海洋研究所 教授)

発表のポイント

◆生体異物代謝の主要酵素シトクロームP450 1Aの遺伝子をノックアウトしたジャワメダカ系統を作出した。ノックアウト個体の選別には、環境DNA技術を応用した。
◆代表的な環境汚染物質であるピレンとフェナントレンへの曝露実験を行うと、ノックアウト系統はピレンへの感受性が高くなったが、フェナントレンへの感受性は低くなった。
◆ノックアウト系統と野生型系統の応答を比較することで、様々な汚染物質の毒性発現機序の違いを明らかにできる。

発表概要

東京大学のスハイラ・ビンティ・ルスニ博士、佐々三依子博士、髙木俊幸助教、井上広滋教授、京都大学の木下政人准教授、長浜バイオ大学の竹花佑介准教授らによる研究グループは、生体異物に対する主要代謝酵素シトクロームP450 1A(CYP1A)の遺伝子をノックアウトしたジャワメダカ系統の作出に成功した。

CRISPR/Cas9法により処理した多数の個体の中からノックアウト個体を選別する際には、鰭(ひれ)を切り取って分析する従来の方法でなく、飼育水からDNAを検出する環境DNA法を応用して、幼魚の時期に能率よく分析を行うことにも成功した。

作出したノックアウト系統と、野生型(非ノックアウト)系統について、モデル汚染物質であるピレンとフェナントレンへの試験的曝露を行った。その結果、ノックアウト系統は、ピレンに対する感受性が高くなったが、フェナントレンへの感受性は低くなった。このことは、ピレンはもともと毒性が高いが、CYP1Aが作用すると毒性が低い物質に変換されるのに対し、フェナントレンはもともと毒性が低いが、CYP1Aの作用で毒性が高い物質に変換されることを示唆する。

今回作出したP450 1Aノックアウト系統と野生型系統の応答を比較することで、様々な物質の毒性発現機序の違いを明らかにできると期待される。

発表内容

1) 背景
海洋には様々な汚染物質が放出されている。汚染物質は皮膚、鰓(えら)、消化管などから直接、あるいは汚染された餌生物やマイクロプラスチック粒子などを介して生物に取り込まれる。汚染物質の生物に対する影響を調べる有力な方法のひとつが、対象物質に生物を曝露し、その影響を観察する「生態毒性試験」である。生態毒性試験に用いる生物は、飼育が容易で、かつ化学物質に鋭敏であることが望ましい。本研究では、そのような試験系統の確立を目的として、メダカの近縁種であるジャワメダカ(図1注1)において、生体異物代謝酵素であるシトクロームP450 1A(CYP1A)(注2)遺伝子のCRISPR/Cas9法(注3)によるノックアウトを試みた。CYP1Aは、体内に入った有機汚染物質などの化学物質を、代謝・排出しやすい物質に変換する酵素であり、その遺伝子をノックアウトすることで代謝能力が低下して、化学物質への感受性が高まると予想して研究を開始した。

2) ノックアウト個体の作製
CYP1A遺伝子の上流部分を認識するガイドRNAを設計し(図2注3)、ガイドRNAが認識した配列を切断する酵素(Cas9、注3)のRNAとともに受精卵に顕微注入を行ったところ、狙った場所に様々な変異が入った個体が得られた。それらを野生型個体(注4)と交配して得られた子孫(F1)のなかから、配列が4塩基欠失した変異(図3の配列3)を持つ個体を選別した。4塩基欠失個体においては、読み枠のずれ(フレームシフト)によりその下流のアミノ酸配列は全く異なるものとなる(注3)。ジャワメダカのCYP1Aは本来全長521アミノ酸であるが、今回4塩基を欠失させた個体では、73番目のアミノ酸から配列が変化し、89番目のアミノ酸で配列が終了する(図4)。CYP1Aが機能するために重要な配列は、ほぼすべて73番目のアミノ酸より下流にあるため、4塩基欠失した配列がコードするタンパク質の機能は失われる。

3) ノックアウト個体の選抜
F1個体を交配して得たF2世代において、2セットの染色体上にそれぞれあるCYP1A遺伝子の両方が4塩基欠失変異を持つ個体(ホモ変異体=ノックアウト個体)を探索した。選別は、それぞれの個体が2センチ程度になるまで育て、尾鰭の一部を切り取って、DNA配列を分析する一般的な方法によって行った。その結果、2つのCYP1A遺伝子の一方に4塩基欠失がある個体(ヘテロ変異体)は得られたが、ホモ変異体は得られなかった。次に、得られたヘテロ変異体どうしを交配して、次世代(F3)でホモ変異体を得ようとした。しかし、理論的には4分の1の確率で生じるはずのホモ変異体は3尾しか得られず、しかもすべて雌であった。CYP1Aは汚染物質代謝以外の機能も担っているため、ヘテロ変異体や野生型個体と混合飼育していると、ホモ変異体は生存競争上不利である可能性が考えられた。そこで、個体が小さい間にDNAを分析して、早い段階でホモ変異体だけを分けて育てることを考えた。稚魚の尾鰭を切り取るのは困難なため、フィールド調査の方法として近年脚光を浴びている「環境DNA法」の応用を試みた。すなわち、稚魚を一尾ずつビーカー中で飼い、その飼育水に含まれるDNAから対象配列をPCR法で増幅して分析を行った。その結果、稚魚を傷つけることなくホモ変異体を同定でき、それらを分けて育てることで、多数のホモ変異体を得ることができた。今回確立した環境DNA法による遺伝子型の解析技術は、魚類の遺伝学的な研究に広く応用でき、強力なツールとなることが期待される。

4) モデル汚染物質への曝露実験
ホモ変異体、ヘテロ変異体、および野生型個体を、モデル汚染物質であるピレン(2.5 μM)およびフェナントレン(9.8 μM)(注5)に曝露し、遊泳行動の観察と死亡個体の計数により、感受性を比較した。その結果、ピレンへの曝露実験においては、ホモ変異体は野生型個体より遊泳行動の異常が早く現れ、早く死亡した(図5)。すなわち、実験開始時に予想した通り、ホモ変異体はピレンに対する感受性が高くなった。ヘテロ変異体は、ホモ変異体と野生型個体の中間的な性質を示した。この結果より、CYP1Aはピレンに作用して、より毒性の低い物質へと変換すると考えられる。一方、フェナントレンへの曝露実験においては、ホモ変異体は野生型個体より長く生存し、遊泳行動の異常も遅く現れる傾向が見られた。すなわち、予想とは逆に、ホモ変異体は野生型より感受性が低い結果となった。この結果は、フェナントレンの毒性が、フェナントレンそのものでなく、CYP1Aにより変換されてできる代謝産物によることを示唆している。

5) ホモ変異体(ノックアウト系統)の利用
本研究で樹立したホモ変異体、すなわちCYP1Aノックアウト個体は、実験開始時に予想とは異なり、全ての汚染物質に対して感受性が高い系統はならなかった。しかし、野生型個体とノックアウト個体を比較することにより、今回調べたピレンとフェナントレンのように、物質ごとの毒性発現機序の違いを解明するために役立つと考えられる。また、今後両者の遺伝子発現や代謝物質の比較を行うことで、有害物質への魚類の対応のメカニズムを詳細に解明できると期待される。

本研究は、東京大学 ― 日本財団FSI海洋ごみ対策プロジェクトおよび日本学術振興会研究拠点形成事業B.アジア・アフリカ学術基盤形成型の支援を受け実施されました。

発表雑誌

雑誌名:「Marine Pollution Bulletin」(2022年3月25日付)
論文タイトル:Establishment of cytochrome P450 1a gene-knockout Javanese medaka, Oryzias javanicus, which distinguishes toxicity modes of the polycyclic aromatic hydrocarbons, pyrene and phenanthrene
著者:Suhaila Rusni, Mieko Sassa, Toshiyuki Takagi, Masato Kinoshita, Yusuke Takehana, Koji Inoue
DOI番号:10.1016/j.marpolbul.2022.113578
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0025326X22002600このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所 海洋生命科学部門
教授 井上 広滋(いのうえ こうじ)
メールアドレス:inouekaori.u-tokyo.ac.jp    ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1:ジャワメダカ
学名Oryzias javanicus。日本のメダカ(Oryzias latipesOryzias sakaizumii)とは同属の近縁種。実験室での飼育は日本のメダカと同様に容易であるが、東南アジアの河口域や海岸の海水域に主に生息し、海水魚としての性質を持つ。そのため、海水魚の実験モデルとして近年注目されている。海水中での化学物質の作用を調べるためにも有用な種である。近年、全ゲノム配列も解読された。
参考:海のメダカで環境汚染を調べる
https://www.oa.u-tokyo.ac.jp/researcher-story/030.htmlこのリンクは別ウィンドウで開きます
参考:ジャワメダカの全ゲノム解析
https://nbio.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=45&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1このリンクは別ウィンドウで開きます
注2:シトクロームP450 1A(CYP1A)
シトクロームP450(CYP)は生体の様々な反応を司る酵素ファミリーであり、そのメンバーであるCYP1Aは肝臓で主に発現し、体内に入った有機汚染物質を修飾してより極性の高い物質へと変換する。多環芳香族炭化水素(PAHs)などの有機汚染物質や薬剤の代謝に重要な役割を果たしている。
注3:CRISPR/Cas9
Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats/CRISPR-Associated Proteins 9の略称。細菌類がウィルスなどへの防衛に用いるシステムを利用したゲノム編集ツール。変異させたい遺伝子の配列と相同なガイドRNA(sgRNA)を合成し、DNA切断酵素Cas9またはそのRNAとともに細胞に導入すると、ガイドRNAが認識した配列をCas9が切断する。切断された箇所を修復する際に、配列が欠失したり、余分な配列が挿入される変異が起こる。遺伝子の配列において、タンパク質を構成するアミノ酸は、それぞれDNAの3つの塩基によりコードされている。従って、DNAの欠失や挿入塩基数が3の倍数ではない場合にはアミノ酸の読み枠のずれ(フレームシフト)が起こるため、その位置より下流のアミノ酸配列は全く異なるものとなり、その遺伝子の機能は失われる。
注4:野生型個体
遺伝学においては、遺伝子に変異がある変異体に対して、変異が入っていない個体のことを野生型個体と呼ぶ。野生から採集した個体という意味ではない。
注5:ピレンとフェナントレン
複数のベンゼン環を持つ化合物群である多環芳香族炭化水素(PAHs)のなかで、比較的小さく構造が単純な物質である。ピレンは4つ、フェナントレンは3つのベンゼン環が結合した構造を持つ。有機物の燃焼によって生じ、環境中にも広範に検出される汚染物質である。野生型ジャワメダカに曝露した際の半数致死濃度(LC50)がすでにわかっているため、本研究ではモデル汚染物質として用いた。
参考:https://www.miyagi.kopas.co.jp/JSFS/PUBS/FS/E_point/86-4e.htmlこのリンクは別ウィンドウで開きます

図版

図1 ジャワメダカ

図2 本研究で作製したガイドRNAのCYP1A遺伝子上の位置

図3 得られた変異配列の例

図4 4塩基欠失(変異ID 3)によりおこるアミノ酸配列の変化
WT, 野生型.*終止コドンを示す

図5 ピレンおよびフェナントレンに曝露したCYP1Aノックアウトおよび野生型ジャワメダカの生存率および異常遊泳行動率
WT, 野生型.KO, ホモ型変異体(ノックアウト個体).HT, ヘテロ型変異体.右下のグラフ以外は、WTとKOの間の差は統計的に有意であった。

研究トピックス