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サメの子どもが大きく育つ仕組み

2022年4月11日

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発表者

本田 祐基(研究当時:海洋生命科学部門 博士課程学生/現:リージョナルフィッシュ株式会社)
小川 展弘(陸上研究推進室 技術専門職員)
高木 亙(海洋生命科学部門 助教)
兵藤 晋(海洋生命科学部門 教授)

成果概要

東京大学大気海洋研究所とアクアワールド茨城県大洗水族館、国立遺伝学研究所の共同研究グループは、卵生軟骨魚類の胚が、その発生期間中に卵黄に含まれる栄養を消化吸収するメカニズムをはじめて明らかにしました。軟骨魚類には卵生から胎生まで多様な繁殖様式が知られていますが、胚の栄養吸収メカニズムについてはほとんど知られていません。本研究では、発生期間中は卵黄のみに栄養を依存するトラザメを用いて、栄養吸収に関わる分子群を網羅的に解析し、「特に発生中期以後に、胚体外組織である卵黄嚢上皮(注1)と胚の腸の両方が、積極的に卵黄成分を吸収することで急速な胚の成長を促す」ことを見出しました。本研究の成果は、今後の軟骨魚類胚の栄養生理学研究の基礎となる知見を提供し、絶滅が危惧される軟骨魚類の保護にも繋がると期待されます。

発表内容

【研究背景】
サメ・エイ・ギンザメからなる軟骨魚類は、私たちヒトを含む硬骨魚綱(注2)とは約4億5千万年前に分岐したと考えられており、脊椎動物の進化を理解する上で重要な動物群です。卵生から胎生まで多様な繫殖様式を持ち、いずれの繁殖様式でも発生期間は数か月から数年と長く、母親は大きく育った子供を産みます。しかし、この長い発生期間において、胚がいつ、どのようにして栄養を吸収しているのか?はよくわかっていません。軟骨魚類には大型の種が多く、飼育や繁殖は困難で、胚の発生・成長に寄与する栄養吸収メカニズムの分子レベルでの理解が遅れていました。

多様な繁殖様式の中で最もシンプルなのが、卵黄のみに栄養源を依存して育つ卵生です。卵生の軟骨魚では、発生期間の途中で卵殻の一部が開いて、海水が卵殻内に流入する「プレハッチ」という現象が知られています。本共同研究グループは、卵生軟骨魚類であるトラザメ(Scyliorhinus torazame) の胚において、栄養吸収器官である腸がプレハッチまでに形成され、プレハッチとほぼ同じタイミングで胚体外卵黄嚢に含まれる卵黄が卵黄柄(注3)を介して腸に流入し、腸が栄養吸収を開始することを既に報告してきました(図1)(文献1)。それでは、腸が未発達なプレハッチより前の発生段階で、胚はどのようにして卵黄の栄養を利用しているのでしょうか?本研究では、他の卵生脊椎動物においても発生中の卵黄の栄養吸収に大きく貢献することが知られる胚体外組織、卵黄嚢上皮(YSM)に着目しました。トラザメの発生期間を通した腸とYSMでの遺伝子発現プロファイルを明らかにし、組織学的解析を加えることで、発生期間を通した胚の栄養吸収メカニズムを分子レベルで詳細に解析しました。

図1. プレハッチ前後のトラザメ卵の概略図(左)。プレハッチが起きると卵殻内に海水が流入する(*)。プレハッチ前(右上)とプレハッチ後(右下)の胚。プレハッチ後に、卵黄は卵黄柄を通って、胚体外卵黄嚢から胚の腸へと移される(白い矢頭)。

【研究内容】
まず、プレハッチ前後のYSMと腸でRNAシーケンス(注4)を行い、消化吸収に関わる分子として、種々のアミノ酸輸送体、脂質吸収関連分子、消化酵素の遺伝子群を同定しました。発生の進行に伴う、これらの遺伝子の発現量変化を解析した結果、腸ではほぼすべての遺伝子がプレハッチを境に上昇しており、プレハッチ後には機能的な腸が卵黄を消化吸収していることが確かめられました。一方、YSMにおいても、多くの消化吸収遺伝子の発現は、発生期間を通してほぼ変わらずに一定か、腸と同様に、プレハッチ後に上昇することが明らかになりました。卵生軟骨魚類において、YSMを含む胚体外卵黄嚢はプレハッチ後に退縮していくため、研究開始当初は「YSMはプレハッチより前の発生初期に主な栄養吸収の役割を担い、プレハッチ後は退縮とともに機能が低下し、栄養吸収の場はYSMから腸へとシフトする」と予想していましたが、予想に反して、トラザメの胚はプレハッチ後に腸とYSMの両方を使って栄養吸収を積極的におこなうことが示唆されました。

次に、各発生段階におけるYSMの、卵黄に接している上皮細胞を含む断面を電子顕微鏡(注5)で観察したところ、プレハッチ前から卵黄が退縮する直前まで、観察したすべての発生段階で上皮細胞内に多数の小胞が認められ、小胞中には分解途中の卵黄と思われる顆粒が含まれることを見出しました(図2)。また、小胞の数は発生の進行とともに増加傾向にありました。アミノ酸輸送体や消化酵素遺伝子の発現結果と合わせると、プレハッチより前のYSMは、直接卵黄小板を取り込み、細胞内で消化した後、血管側に配置された膜輸送体を介して栄養分子を血中に放出し、胚に栄養を供給することが示唆されました。さらに、プレハッチ以後には卵黄小板の直接的な取り込みに加えて、膜輸送体が卵黄に含まれる栄養分子の取り込みも行うことで、消化吸収能力を最大化していると考えられます。

発生期間中の胚と卵黄の湿重量は、どちらもプレハッチまで大きな変化が見られませんが、プレハッチを境に、卵黄重量は著しく減少する一方、胚の重量は10倍以上にも増加していました。よって、プレハッチ以前には、主にYSMによって卵黄栄養の利用は行われているものの、胚の成長への貢献は小さく、プレハッチ以後に腸とYSMの両方が活発に卵黄の栄養成分を消化・吸収することで、成長を著しく促進させることが明らかとなりました。

図2. プレハッチ前の若い胚のYSM細胞中にみられる多数の小胞と顆粒(白い矢頭)(左)と、YSMにおける栄養吸収様式の概略図(右)。発生期間を通して卵黄小板が上皮細胞内に取り込まれ、細胞内小胞で分解された後、血管へと栄養分子が輸送される。プレハッチ後は、卵黄に含まれる栄養分子の直接的な取り込みも活発化すると考えられる。

【社会的意義・今後の展望】
軟骨魚類は繁殖様式によって、胚への栄養供給方法も多様であるため、今後はより複雑な栄養供給を行う胎生種でも研究の進展が期待されます。また、近年では、胎生サメ胎仔の体外保育・人工出産が成功するなど、軟骨魚類の保全に向けた取り組みが活発化しています(文献2)。サメの胚がどのようにして大きく育つのか?卵生種のトラザメで、その栄養吸収メカニズムの一端を明らかにした本研究は、今後の軟骨魚類の胚の栄養生理学研究に基礎的知見を提供するだけでなく、絶滅危惧種の保護、海洋生態系の維持にも貢献すると期待されます。

文献1 Honda et al., (2020). Journal of Experimental Biology, 223(13), jeb225557.
文献2 Tomita et al., (2022). Frontiers in Marine Science, 9:825354.

発表雑誌

雑誌名:「PLOS ONE」(2022年3月15日付)
論文タイトル:Molecular mechanism of nutrient uptake in developing embryos of oviparous cloudy catshark (Scyliorhinus torazame)
著者:Yuki Honda*, Nobuhiro Ogawa, Marty Kwok-Shing Wong, Kotaro Tokunaga, Shigehiro Kuraku, Susumu Hyodo, Wataru Takagi*
DOI番号:10.1371/journal.pone.0265428
アブストラクトURL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0265428このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

本田 祐基 hondaregional.fish
高木 亙 watarutakagiaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1 卵黄嚢上皮(Yolk sac membrane, YSM)
胚の体の外にある、卵黄が詰まった袋を胚体外卵黄嚢(external yolk sac)と呼ぶ。胚体外卵黄嚢は2層の卵黄嚢上皮(YSM)で構成される。
注2 硬骨魚綱
サメやエイなどの軟骨魚綱を除いた顎のある脊椎動物の一群。タイやヒラメ、メダカなどの一般的な硬い骨の魚に加えて、哺乳類や、鳥類、爬虫類、両生類が含まれる。
注3 卵黄柄
胚と胚体外卵黄嚢を繋ぐ管。
注4 RNAシーケンス
目的の細胞や組織中に含まれるRNAの種類と量を網羅的に解析する技術。体内で機能するタンパク質は、ゲノムDNAの遺伝情報を元に、伝令RNAという分子を介して合成される。本研究では対象試料に含まれる伝令RNAの存在と量を明らかにした。
注5 電子顕微鏡
電子顕微鏡は、一般的な顕微鏡(光学顕微鏡)とは異なり、光よりもはるかに波長の短い電子線を用いることで、ナノメートルレベルの非常に微細な構造の観察を可能にする。

研究トピックス