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海面に浮いている海鳥の運動から波浪の現場観測を行う方法を開発

2021年12月21日

成果紹介

PDFファイル(1761KB) 

発表者

上坂 怜生(大学院農学生命科学研究科/海洋生命科学部門 博士課程)
佐藤 克文(海洋生命科学部門 教授)
坂本 健太郎(海洋生命科学部門 准教授)

成果概要

海洋の波浪は船舶の安全性や大気海洋相互作用の理解に重要なため、効率よく観測を行う技術の開発がつねに求められてきました。東京大学大気海洋研究所の上坂怜生大学院生や坂本健太郎准教授らの研究グループは、海鳥にGPSや加速度計などが搭載されたデータロガーを装着し、海面に着水している間の運動記録から波浪パラメータの推定を試みました。三陸沿岸で繁殖するオオミズナギドリと南インド洋で繁殖するワタリアホウドリを用いて波浪観測を行った結果、その値は波浪観測ブイによる観測値やモデルの推定値とよく一致することが分かりました。この成果は、波浪観測網の充実のみならず、海鳥と波浪の関係の解明にも繋がることが期待されます。

発表内容

1. 研究の背景
海洋の波浪観測を行うことは非常に重要です。なぜならば波浪は、船舶の安全な航行をはじめ、大気と海洋間のエネルギー、物質交換過程などと深く結びついているからです。より低いコストで効率よく波浪観測を行う技術の開発は、観測値を増やし予報モデルの精度を向上させるためにも、大きな需要があります。また海鳥など、生活が波浪の影響を受けていると予想される生物の生態を研究するうえでも、波浪観測を行うことは重要です。例えば、年間を通じて大荒れの海域に生息しているワタリアホウドリが、波が非常に高い状況でも着水して餌を採ることができるのかは非常に興味深い疑問です。本研究では、海洋を中心に生活している2種類の海鳥が着水した時に精密に計測された、海面での運動記録を用いて、海洋の波浪観測を行うことを試みました。

2. 研究内容
本研究ではまず、岩手県の三陸沿岸域で繁殖しているオオミズナギドリにデータロガーを装着し、GPSによって海洋での位置や速度(1秒間に5回)を記録しました。オオミズナギドリが海面で休憩している間は、ほとんど受動的に波に揺られています。そのため、波に揺られる運動をGPSによって記録することで、オオミズナギドリを波浪観測ブイに見立てて波浪観測を行うことができると考えられます。記録されたGPSデータを見ると、ノイズを多く含んでいるものの、予想通りGPSの高度変化は波浪の動きを捉えることができていました。本研究では、これらのノイズを除去するデータ分析法を新たに開発し、海鳥の海面での運動から波浪を観測する方法を確立しました。また、オオミズナギドリが着水することが多い海域には、精度を検証するための波浪観測ブイを係留していました。このブイとオオミズナギドリで観測した波浪を比べてみた結果、有義波(注1)の波高、周期、波向は互いによく一致しました(図1)。

図1. 波浪ブイ(白丸)によって観測した波高(A)、波の周期(B)、波向(C)とオオミズナギドリ(赤四角)による波浪観測結果の比較。

オオミズナギドリで観測した波浪はブイとよく一致したものの、波高の範囲は1~2.5mとあまり広くありません。そこで今度は、非常に波浪が高いインド洋南部で繁殖しているワタリアホウドリにデータロガーを装着し、同様に波浪観測を試みました。南インド洋でブイを係留するのは簡単ではないので、ワタリアホウドリによる観測結果は、NOAAが提供しているNew Wavewatch Ⅲという波浪数値モデルの推定値と比較しました。その結果、モデルの推定値と海鳥による波浪観測値は5m以上の波高にまで非常によく相関する結果となりました(図2)。

図2. 波浪モデルによる波高の予測値(X軸)と海鳥によって観測された波高(Y軸)の比較。点線、実線、灰色の領域はそれぞれ、y=xの線、回帰直線、回帰直線の99%信頼区間を表す。

海鳥と波浪の関係の一つとして、波が高いと海の中の餌を視認することが困難になるのではないかということが逸話的に信じられていました。そこで、本研究では最後に、ワタリアホウドリは波が高い環境でも着水するのかどうかを検証しました。インド洋南部では2~3mの高さの波が最もよく見られ、時には4m以上の波高になることもあります。ワタリアホウドリが着水した場所の波高を調べたところ、波高が低い場所を好んでいる傾向は認められませんでした。つまり、ワタリアホウドリは波の高さを気にすることなく、着水していると考えられました(図3)。さらに、GPSと同時に計測した加速度記録によって体の動きを丁寧に調べてみると、波高が高い場所に着水した時であっても、餌を採るような行動を行っており、ワタリアホウドリの餌の視認性は必ずしも波によって妨害されないということが示唆されました。

図3. 南インド洋の波高の分布(薄橙)とワタリアホウドリが着水した箇所の波高の分布(赤)。点線と実線はそれぞれの分布を対数正規分布でフィッティングしたもの。

3. 社会的意義・今後の展望
海鳥で波浪観測を行うことは、気象学的な意義と生物学的な意義の両方があります。海鳥を利用した波浪観測では、波浪ブイによる観測のように大きな装置を船で運ばなくても、安価に外洋の波浪の情報を集めることができます。また、海鳥は世界中に広く分布しているため、いろいろな海域で応用することができます。特にワタリアホウドリが生息している南インド洋のような現場観測値が不足している海域では、非常に価値が高いことが予想されます。今後は、海鳥による波浪観測結果を風や海流と合わせて自動で処理し海洋気象予報に役立てていくようなシステムの構築が可能になると考えられます。また、生物学的な意義として、海鳥によって観測された波浪は海鳥自身が経験したものであるため、その時の行動と対応させて考えることができます。ワタリアホウドリの着水と波高の関係のように、波浪が海鳥の生活にどのように関係しているのかが、今後明らかになると期待できます。

発表雑誌

雑誌名:「Progress in Oceanography」Volume 200, Jan, 2022(オンライン版2021年11月24日付)
論文タイトル:Ocean wave observation utilizing motion records of seabirds
著者:Leo Uesaka*, Yusuke Goto, Yoshinari Yonehara, Kosei Komatsu, Masaru Naruoka, Henri Weimerskirch, Katsufumi Sato, Kentaro Q. Sakamoto
DOI番号:10.1016/j.pocean.2021.102713
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0079661121001968このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

佐藤 克文 katsu@aori.u-tokyo.ac.jp
坂本 健太郎 kqsakamoto@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

用語解説

注1 有義波
波浪観測を行う際の定義の一つ。一定時間の間に観測された個々の波浪を高いものから並べたときに、上位3分の1の波浪を有義波と呼ぶ。

研究トピックス