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日本海、対馬暖流の流路抽出アルゴリズムの開発と動態分析への応用

2021年6月8日

矢部 いつか(東京大学大学院新領域創成科学研究科)
川口 悠介(東京大学大気海洋研究所)

成果紹介

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成果概要

日本海南部の表層を流れる対馬暖流は、黒潮からの分岐流が東シナ海から流入し、対馬海峡を通って日本海に入る。日本海に流入した後、地形の影響などで複数の分枝流に分岐し、蛇行しながら北上する。この複雑な流れの描像や分岐形態について、学術上の体系的な共通認識がえられずに今日まで来ている。東京大学大気海洋研究所の川口悠介助教らのグループでは、この対馬暖流について主な4つの分枝流を客観的に定義し、海面高度データで追跡するアルゴリズムの開発に成功した。この手法により、各分枝流の流路や流速、流量が特定できるようになり、ラグランジェ的な振る舞いについて追跡可能となる。この技術の応用範囲は広く、例えば、水塊に依存する特定の魚群集についてその生息域を推定したり、海洋ごみ等の汚染物質が広がる状況の簡便な予測が可能となる。

発表内容

日本海南部の表層を流れる対馬暖流(注1)は、黒潮の分岐流として東シナ海から日本海内部に流入する。日本海に流入後は、蛇行や分岐、合流といった複雑な動きを繰り返し、一見すると無秩序で混沌とした変動が特徴的である。対馬暖流に関する流れの描像や分枝流の形態については、その複雑さ・乱雑さ、ゆえに学術的に統一的な認識や説明が得られぬまま今日に至っている。また、過去の研究では対馬暖流を構成する各分枝流に関して便宜的に第1-3分枝のように数字で呼ぶ慣習があったが、第3分枝と亜寒帯前線(注2)との違いが不明瞭であったり、人によって分枝流の認識に違いがあったり、一つの海流システムとしてその実態を理解する上で不都合な点が多かった。

東京大学大気海洋研究所と水産研究・教育機構の合同チームは、対馬暖流に関する理解を向上させることを命題とした戦略的な研究プロジェクト(FRA-AORI Tsushima Warm Current Observatory; FATO)を立ち上げた。FATOプロジェクトの研究テーマの一つとして、対馬暖流の海流システムを体系化するための客観アルゴリズム(図1)の開発を進めてきた。今回発表される論文では、対馬暖流について4つの分枝流(沿岸分枝:CC、沖合い北分枝:ONC、沖合い南分枝:OSC、亜寒帯前線:SFC)を数値的に定義し、海面の凹凸を捉えた海面高度データから一意に追跡するアルゴリズムを開発した(図1)。この手法では地衡流バランス(注3)を仮定することで特定の海面高度の等値線を流路(ストリームライン)として抽出する。同様の手法は、西部北太平洋の黒潮続流域や亜寒帯前線などの流路特定にすでに使用されているが、日本海のように四方を大陸で囲まれた比較的狭い海域での分枝流の特定に適用されることはなかった。今回、開発されたアルゴリズムにより、各分枝流の分布座標を抽出し、平均流速、流路長、流量など、海流としてのキー要素を適量的に抽出可能となった点は画期的といえる(図2)。

論文の中では、本アルゴリズムを過去25年間の月平均の海面高度データに適用することで、時間とともに変動する流路を分枝単位で細かく分析し、その変動場の特徴を明らかにしている(図3)。とくに、ここでは流路に関する知見が乏しい日本海の中部・東部(大和海盆・佐渡島沖など)に注目し、各分枝がどのような経路で流れているかを詳しく調べた。解析結果の例として、大和海盆周辺に現れる中規模渦について、その配置や強度が季節的に変動することによって沖合い南分枝(OSC)および沖合い北分枝(ONC)の離岸・接岸に直接的に影響する可能性が示された。また、佐渡島沖では、移動性の中規模渦が数多く分布するが、これらの渦の成長・衰退、変形といったプロセスが、周囲を流れる対馬暖流の流路に大きく影響することも明らかとなった。

今回開発したアルゴリズムは、日本海に関係する様々な分野での課題解決に応用が期待される。例えば、水温や塩分といった水塊特性に依存する漁業資源に関して、その回遊経路や卵稚仔の分布域を確率値として推定することが期待できる。また、近年大きな問題となっている海洋ごみの漂流分布や発電施設等からの汚染物質の拡散経路などの予測にも応用が可能である。具体的には、それぞれの問題の特性に応じて、海面高度データの時間・空間分解能を調整し、流路選択のための閾(しきい)値などを改めて検証する必要性がある。今後の展望としては、開発したアルゴリズムで得られる対馬暖流の流路図を画像としてインターネット上で閲覧可能にし、各流路に関するデータ(座標、流速、流路の長さなど)をリアルタイムで配信するサービス開発についても検討する予定である。

図1:アルゴリズム計算のフローチャート。人工衛星によって得られる海面凹凸の情報から各分枝流の流路を客観的に選び出す。

図2:アルゴリズムにより抽出された分枝流の例。CC, ONC, OSC, SFCは沿岸分枝、沖合い北分枝、沖合い南分枝、亜寒帯前線の流線を示している。

図3:25年間の各月の流路から作成したONC(沖合北分枝)の頻度分布。黒の太線は海面高度から示唆される平均流路を示す。

発表雑誌

雑誌名:「Progress in Oceanography」2021年4月25日
論文タイトル:Anatomical Study of Tsushima Warm Current System: Determination of Principal Pathways and its Variation
著者:Istuka Yabe*, Yusuke Kawaguchi, Taku Wagawa, Shinzou Fujio
DOI番号:10.1016/j.pocean.2021.102590
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S007966112100077Xこのリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

矢部 いつか
yabe.itsukas.nenv.k.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1:対馬暖流
黒潮から分岐し日本海に流入する暖流。高温で高塩な特性を持つ。日本海の中央海域、特に上層の水塊特性において、絶大な影響力を持つ海流。
注2:亜寒帯前線
日本海中・北部に位置する海面付近の水温フロント。流れのメカニズムは異なるものの、存在する海域や特徴が対馬暖流とよく似ている。
注3:地衡流バランス
海面凹凸による傾斜力と地球自転によるコリオリ力がつり合った状態を指す。地衡流バランスの下では、海水は海面高度の等値線に沿って移動する。

研究トピックス