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泳ぎ方から分かってしまうクジラの肥満度:授乳により低下した肥満度は数カ月の摂餌では回復しない

2021年3月30日

青木 かがり・佐藤 克文・楢崎 友子(東京大学大気海洋研究所)
岩田 高志(神戸大学大学院、研究当時:東京大学大気海洋研究所)
Patrick. J.O. Miller(University of St Andrews)

PDFファイルPDFファイル(979KB) 

成果概要

海洋の高次捕食者である鯨類の栄養状態は、その海域の生産性に大きく影響を受ける。餌が豊富であればよく太り、餌が少なければ太れない。しかし、海洋で自由に遊泳するクジラの栄養状態を、殺さずに調べることは難しい。東京大学大気海洋研究所の青木かがり助教らの研究グループは、動物に装着した記録計により、泳ぎ方から肥満度を推定した。太っていれば浮きがちに、痩せていれば沈みがちになる。摂餌海域にいる間、順調に太っていく季節推移が推定された肥満度には現れていた。また、授乳中のメスが最も痩せており、数カ月間の摂餌では子育てにより低下した肥満度は回復しなかった。本研究で確立した非侵襲的な肥満度推定法は、高次捕食者目線の海洋環境モニタリングシステムの実現に貢献するものと思われる。

発表内容

1. 研究背景
食物連鎖の上位に位置する高次捕食者の栄養状態や動態は、餌となる低次の生物量や質なども含めて海洋生態系の健全性の指標となる。多くの動物にとって、生き残る上でも自分の子供を残す上でも、エネルギーを蓄積することは欠かせない。哺乳類では、主に脂質がエネルギー貯蔵の役割を果たす。栄養状態が良ければ、突然の環境の変化にも耐え抜くことが出来るだろうし、余裕を持って子供を産み育てることが出来るだろう。海洋生態系における高次捕食者である海生哺乳類の栄養状態は、気候変動や人間活動の影響も受けるため、彼らが受けている負荷の度合いを示す重要な指標となる。しかし、広大な海洋で自由に動き回るクジラの栄養状態を、非致死的な方法で連続的に調べることは困難だ。かつては、捕鯨によって得られた死体を解剖するなどの手法で、皮下脂肪の厚さなどの肥満度は測定されていた。しかし、捕獲して解剖するというやり方を鯨類のような大型動物に用いるのは難しく、さらに商業捕鯨が多くの国で行われていない現在、致死的な方法で調べることは非現実的であることが多い。そこで、クジラに装置を取り付けて遊泳行動を測定するだけで、肥満度を把握できるという手法を開拓した。

2. 研究内容
ドローンを用いてクジラの上空から撮影した画像と(図b)、動物に記録計を取り付けるバイオロギング手法を組み合わせ、ザトウクジラの肥満度を推定した。脂肪は水に比べて密度が小さいので、栄養状態が良く太ったクジラは浮きがちに、ほっそりしたクジラは沈みがちになるはずである。クジラの泳ぎ方から推定した体密度をドローンで撮影した写真から測定した肥満度と比べて推定精度を検証した。その後、両者の測定値を組み合わせ、個体毎の体密度を統計学的に推定した。推定されたザトウクジラの肥満度の季節変化をモニタリングし、さらに繁殖状態や性別による差異を調べた。

太りすぎないザトウクジラ
北半球のザトウクジラは夏季に高緯度の海で摂餌し、冬から春にかけて低緯度の暖かい海で繁殖を行う(図a)。回遊中と繁殖期間中は積極的に摂餌を行わないため、高緯度の摂餌海域でどれだけ餌を食べることが出来たのかが、生き残りや繁殖成功に大きく関わってくる。同じ繁殖海域を利用しているクジラのなかにも、1万キロ先の摂餌海域まで行く個体と、5千キロ先の摂餌海域まで行く個体が混在している(図a)。特定の摂餌海域を好み、母親と同じ摂餌海域を利用すると言われている。

長旅にはその分エネルギーが必要だ。予想通り、繁殖海域から長距離回遊の末に摂餌海域に戻ったばかりの肥満度は、より遠くの摂餌海域の方が低かった(図c)。となると、繁殖のために遠く離れた海域まで移動するクジラは、夏の間にその分、十分に脂肪を蓄えたほうが良いように思われる。高緯度の摂餌海域にいる間、推定された肥満度には順調に太っていく季節推移が現れていた。しかし、繁殖海域に比較的近い海域で餌を食べるクジラも、1万キロ遠く離れた海域で餌を食べるクジラも、摂餌期後半の肥満度は同程度であった(図c)。海生哺乳類にとって、浮きも沈みもしない中性浮力が最も効率よく移動できることが同研究グループの成果から分かっており、どちらの海域でも中性浮力から大きく外れる程、低密度になるわけではなかった。クジラたちにとって、回遊に適した中性浮力近くに肥満度が調節されているのかもしれない。

子育ては大変
メスのクジラの肥満度は妊娠や授乳によって、大きく左右された(図c)。妊娠中のザトウクジラの肥満度は全ての個体の中で最も高かった。一方、繁殖海域からの長旅のすえ摂餌海域まで戻ってきたばかりの授乳中のメスが最も痩せていた。授乳中のザトウクジラは他のクジラと同様に餌を食べていたものの、摂餌期を通して、妊娠も授乳もしていないメスやオスより痩せていた(図c)。授乳に費やすエネルギーはとても大きく、数カ月間の摂餌では、子育てで失われた栄養状態を回復させることは難しいようだ。

妊娠中と授乳中の体密度の差から次の妊娠までに必要な期間をおおまかに推定すると、カナダ沖合では4年ほど、普通より摂餌期が長いノルウェー沖合でも2年ほど必要であることが推察された。一方、南極を摂餌海域としている一部の個体群では、半数程度のメスが毎年出産することが報告されている。今後、気候変動と海域毎の繁殖成功との関連を継続的にモニタリングすることが期待される。

3. 社会的意義・今後の予定 など
一部の鯨類ではかつての商業捕鯨により個体数が激減し、さらに近年では海中騒音や漁業による混獲など、人間活動の影響を大きく受けることが知られている。海洋生態系のピラミッドを上位から支える役割を持つ高次捕食者が危機的な状況に追い込まれると、その影響が生態系下位の動植物の増減に影響を及ぼし、海洋生態系全体のバランスが崩れ壊滅的な影響を被る恐れがある。海洋の高次捕食者である鯨類の栄養状態や動態を知ることにより、海洋の健全性を評価できる。

写真:カナダ沖合のザトウクジラ(撮影:岩田 高志)

図. (a) 調査地(緑色)。二つの異なる摂餌海域(カナダ沖合とノルウェー沖合)で調査を実施した。主な繁殖海域(オレンジ色)は、西インド諸島周辺である。一般的に、北半球のザトウクジラは、冬から春に繁殖のために低緯度の海域に留まり、夏は摂餌のために高緯度に移動する。 (b) ドローンを用いてクジラの上空から撮影した画像。体長により標準化した投影面積を肥満度の指標として用いた。灰色が使用した区分を示す。 (c) 各調査地における肥満度の季節推移。各点が1個体を示す。ドローンにより推定した肥満度と遊泳行動から計算した体密度を組み合わせ、統計学的に個体毎の体密度を推定した。実線と点線は数値モデルによる予測値を示す。

発表雑誌

雑誌名:「Proceedings of the Royal Society B」Volume 288 Issue 1943
論文タイトル:Aerial photogrammetry and tag-derived tissue density reveal patterns of lipid-store body condition of humpback whales on their feeding grounds
著者:Kagari Aoki*, Saana Isojunno, Charlotte Bellot, Takashi Iwata, Joanna Kershaw, Yu Akiyama, Lucía M. Martín López, Christian Ramp Martin Biuw, René Swift, Paul J. Wensveen, Patrick Pomeroy, Tomoko Narazaki, Ailsa Hall, Katsufumi Sato and Patrick J. O. Miller*
DOI番号: 10.1098/rspb.2020.2307
アブストラクトURL:https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2020.2307#d19179973e1このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

青木 かがり
aokikagariaori.u-tokyo.ac.jp    ※アドレスの[◎]は「@」に変換してください

研究トピックス