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黒潮続流から伝わる2種類の波によって起きる、海洋深層の中規模変動

2021年1月7日

宮本 雅俊(気象庁、研究当時:大気海洋研究所大学院学生)
岡 英太郎(大気海洋研究所)

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成果概要

海洋表層の中規模変動(注1)は全球に普遍的に存在し、海洋循環や熱輸送に重要な役割を果たしていることが知られています。一方、海洋深層の中規模変動の実態やメカニズムには未解明の点が多く残されています。本研究では、日本の南東約900kmに位置するR点において高密度の係留観測を実施するとともに、過去の係留観測や海洋大循環モデルを合わせた解析を行いました。その結果、R点において2カ月と半年という異なる周期をもつ2種類の中規模変動を発見し、それらが黒潮続流域(注2)で発生し、地形性ロスビー波(注3)としてR点まで伝播してきたことを示しました(図1)。本研究の成果は、海洋深層の流れや昇温化の理解につながるだけでなく、地球温暖化が社会に与える影響の正確な評価に結びつくことが期待されます。

発表内容

1970-80年代に係留系(注4図2)を用いた流速の時系列観測により、海洋には中規模変動が広く存在することが明らかになりました。とりわけ海洋表層の中規模変動は、1990年代から人工衛星によって全球で観測できるようになり、2000年代からは高解像度の海洋大循環モデルの出力データも併せて解析されるようになりました。その結果、海洋表層の中規模変動は、特徴や伝播メカニズムが詳細に明らかになった上、海洋循環や熱輸送に重要な役割を担っていることが示されました。一方、海洋深層の中規模変動は、衛星によって観測することができず、海洋大循環モデルを利用した研究もほとんど行われていません。係留系による観測も、高圧力に耐える機器による観測が必要であるなど様々な困難が伴うため、十分な時間・空間分解能を持った観測は近年ほとんど行われておらず、実態や伝播メカニズムには未解明な点が多く残されています。

そこで本研究では、北西太平洋海盆における深層の中規模変動の特徴とメカニズムを明らかにするため、過去の研究に比べて高密度の係留観測を実施しました。具体的には2014年5月の新青丸KS-14-7航海で、北西太平洋海盆内のR点(30°N, 147°E。水深約6200m)付近に、係留系9系を東西・南北幅100 kmの3×3の菱形状に設置しました(図3左)。これらは1年半の観測を行ったのち、2015年10月の新青丸KS-15-14航海で回収予定でしたが、この航海は台風の影響で観測時間が大幅に減り、5系(図3左・●)のみの回収に留まりました。2016年6月に白鳳丸KH-16-3航海で残り4系の回収を試みましたが、2系(図3左・★)は恐らく切り離し装置の電池切れにより、回収できませんでした。それでも2系(図3左・▲)が追加で回収できたのは、非常に幸運でした。

得られた流速の時系列データ(図3右)に対し、スペクトル解析を行った結果、南北方向の流速には2カ月周期、東西方向の流速には半年周期の中規模変動が卓越していました。卓越する変動の方向がともに位相の伝播方向に直交していることから、これらは周期の異なる2種類の平面波(注5)であると判断され、その波長はともに約300kmと計算されました。高密度に係留系を設置したことによって初めて明らかになった波の分散関係や鉛直構造から、観測された中規模変動は、地球の自転の効果となだらかな海底地形の傾きの影響を受けた地形性ロスビー波であると結論づけられました。

次に、海洋深層の中規模変動と海底地形との関係性を調べるため、過去の北西太平洋海盆における係留観測で得られた流速データと海洋大循環モデルの出力データを解析しました。その結果、長周期ほど、卓越する変動の方向はf/H(fはコリオリパラメータ、Hは水深)の等値線に沿う傾向が示されました。さらに、地形性ロスビー波のエネルギー伝播を調べるため、R点から逆向きのレイトレーシング(注6)を行いました。その結果、2カ月周期の波はR点の北からf/Hの等値線を横切ってR点まで伝播してきたことが明らかになりました(図1)。一方、半年周期の波はR点の東北東にあるシャツキー海台付近からf/Hの等値線に沿うように伝播してきており、半年以上の長周期の変動が卓越する方向がf/H等値線に沿う傾向にあるという、観測ならびに海洋大循環モデルの解析と一致する結果が得られました。また、地形性ロスビー波の発生源は2カ月周期と半年周期ともに、北緯35度付近の表層を東向きに流れる黒潮続流であると考えられました。

本研究では、北西太平洋海盆における深層の中規模変動には、2カ月と半年という異なる周期が存在していることを発見しました。また、それらが黒潮続流域で発生し、地形性ロスビー波として伝播してきたことを示しました。これらの成果は、他の海域で捉えられる海洋深層の中規模変動の解釈に明確な指針を与えるだけでなく、未解明な点が多い深層の中規模変動の発生メカニズムの解明に寄与すると考えられます。また、南極周辺で沈み込んだ水で占められる太平洋の深層は、現在、他の大洋の深層とともに温暖化しています。本研究の成果は、南極周辺海域からの昇温化シグナル伝播の定量的な理解につながり、地球温暖化が社会に与える影響の正確な評価にも結びつくことが期待されます。

発表雑誌

雑誌名:「Journal of Physical Oceanography」50(2020)、3123-3139
論文タイトル:Topographic Rossby Waves at Two Different Periods in the Northwest Pacific Basin
著者:Masatoshi Miyamoto*, Eitarou Oka, Daigo Yanagimoto, Shinzou Fujio, Maki Nagasawa, Genta Mizuta, Shiro Imawaki, Masao Kurogi, Hiroyasu Hasumi
DOI番号:10.1175/JPO-D-19-0314.1
アブストラクトURL:https://journals.ametsoc.org/jpo/article-abstract/50/11/3123/354420/Topographic-Rossby-Waves-at-Two-Different-Periods?redirectedFrom=fulltextこのリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

岡 英太郎
東京大学大気海洋研究所 海洋物理学部門
eokaaori.u-tokyo.ac.jp    ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください

用語解説

注1:中規模変動
数百kmの空間スケール、数週間から数カ月の時間スケールを持つ海洋変動。海洋表層では、直径100-200kmの「中規模渦」が中規模変動の多くを担っている。これらの渦は、大気の高気圧や低気圧に相当する。
注2:黒潮続流
日本の南岸に沿って海洋表層を東向きに強く流れる黒潮は、千葉県の犬吠埼で岸を離れた後は、曲がりくねりながら太平洋を東向きに流れる。この岸を離れた後の流れを黒潮続流という。
注3:地形性ロスビー波
大気や海洋には、ロスビー波とよばれる、地球の自転の効果を受けた大きなスケールの波が存在する。そのうち、陸や海底地形の影響を受けたものを特に地形性ロスビー波という。なお、「ロスビー」は理論的にこの波を発見した気象学者の名前である。
注4:係留系
海底に重さ数百kgの重りを置き、そこから浮き(中が真空のガラス玉)を使って上向きにロープを張り、途中いくつかの深さに流速計・水温計などを取り付けた観測システム。海中に設置し、一定期間観測を行ったのちに海底の重りを切り離し、海面に浮上した観測機器を回収する。
注5:平面波
波の山と山、谷と谷のような同位相な点を結ぶ線が、進行方向に対して垂直な平面上に乗る波のこと。
注6:レイトレーシング
数値計算を用いてある点に来た波(レイ)を逆向きに追跡(トレーシング)することで、波のエネルギーの伝播経路を明らかにする手法。

図1 本研究で明らかになった地形性ロスビー波のエネルギー伝播経路

図2 係留系の模式図(左)と新青丸KS-14-7航海における設置風景(右)

図3 設置した係留系の分布(左)と各系の深さ4000mで得られた流速の時系列(右)

研究トピックス