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東南極の融解ヒストリー ~最終氷期からの温暖化と海面上昇に伴い陸上に存在し比較的安定とされていた東南極氷床も融解したことを解明~

2020年3月30日

横山祐典(東京大学大気海洋研究所 教授)
宮入陽介(東京大学大気海洋研究所 特任研究員)
Bethany Behrens(東京大学大気海洋研究所 博士課程学生)
Adam Sproson(東京大学大気海洋研究所 日本学術振興会特別研究員PD)
山根雅子(名古屋大学宇宙地球科学研究所 特任助教)
大河内直彦(海洋研究開発機構 分野長)

発表のポイント

◆ 比較的安定と考えられている東南極氷床の過去約2万5千年間の融解史を、日本海の1.5倍ほどの広さを持つロス海とウィルクス海盆の海洋堆積物の高精度分析と海底地形の詳細な調査を行うことで明らかにした。
◆ 最拡大期には155万平方キロメートルのロス海全体を氷床が覆い、主要な融解は北半球の温暖化が開始してから1万年ほどのタイムラグで、遅れて起こったことがわかった。
◆ しかし、北半球氷床が融解し終わった約8,000年前(日本での縄文時代中期)以降も東南極氷床の融解が引き続き起こっていたことが初めて明らかとなった。
◆ 今後、同様の手法を用いた研究を南極周辺の海域・年代範囲で実施することで、全球的な気候変動と南極氷床の安定性の理解、地球環境変動予測につながることが期待される。

発表概要

最終氷期(約2万年前)が終わり、現在の間氷期へと気候が温暖化する際に、世界の海水準は平均で120m以上も上昇したことが知られています(関連論文1)。しかし、それぞれの氷床がどのタイミングで解けたのか、特に南極氷床の融解史は研究が進んでいませんでした。陸域が現在でも氷で覆われていることもあり、海底に残された痕跡を調べることが必要で大陸棚(注1)と呼ばれる氷床の周りの海底の痕跡を調べる必要があります。

今回、東京大学、海洋研究開発機構、名古屋大学の研究グループは、アメリカライス大学の研究グループとともに、南極最大の氷床流出域であるロス海の海底を音波探査で詳細な地形調査を行い、海底堆積物の試料採取をし、これまでにない高精度の同位体・微量元素分析を行いました。その結果、東南極氷床(注2)が再拡大期には155万㎢の大陸棚の縁部まで拡大し、北半球氷床の融解に約3,000-4,000年遅れて融解を開始したことを明らかにしました。また、その融解が北米や北欧に存在した氷床が完全に解け終わった後も引き続き融解したことが明らかになりました。

このことは従来の見解とは異なり、比較的安定と考えられている東南極氷床が氷期終焉の後の海水準上昇に重要な役割を果たしていたことが明らかになりました。また、これまでのこの地域の陸上と海洋のデータを統合した融解史を描くことができるようになりました。

発表内容

最終氷期(約2万年前)が終わり、現在の間氷期へと気候が温暖化する際に、世界の海水準は平均で120m以上も上昇したことが知られています(関連論文1)。つまりこのことは、約1万年間に、当時世界に存在した氷床が解け出し、世界の海水の量が増えたことを意味します。この時期は、地球へ到達する日射量の緯度分布が変化し、大気中二酸化炭素も上昇することで温暖化が進行した1万年間と重なります。しかし、それぞれの氷床がどのタイミングで解けたのかについての詳細な情報は、グリーンランドや南極氷床といった現在も存在する氷床の、今後の気候変化に対する安定性についても理解する上で重要な問題です。特に南極氷床の融解史は、現在も大陸全体を氷で覆っていることもあり、北米や北欧の氷床の痕跡と異なりサンプリングなどが困難なために、現在では数百メートルの海面下にある海底に残された証拠を調べる必要があり、研究が進んでいませんでした。

南極の氷床には西南極氷床とよばれる、ほとんどが海底に着底した氷床と、東南極氷床と呼ばれる南極大陸の上、つまり陸上に存在している氷床があります。日本の昭和基地は東南極に位置しています。西南極氷床は、現在の温暖化が進行すると、海洋の温暖化に伴って融解が進むと考えられており、実際に衛星観測によっても現在融解が進行中であることが確認されています。西南極氷床が融解すると世界の海水準を5mほど上昇させると考えられています。一方の東南極氷床は陸上に存在しているため、海洋の温暖化の影響をあまり受けずに安定して存在すると考えられてきました。ちなみに東南極氷床は、全世界の海水準を50-60m上昇させるほどの淡水を蓄えています。

直近の氷床拡大期の後、東南極氷床の融解には単純に拡大地域である低緯度の大陸棚から後退し今の状態になった説や西側から先にとけた説などその規模とタイミングについて、様々な説が存在し、陸上からの限られた記録と海洋からの情報との不一致もみられており、その様相はよくわかっていませんでした。

近年の分析技術および南極氷床の調査技術の進展から、新しい知見が得られるようになってきました。一つは地形調査の技術、もう一つは化学分析の技術です。地形調査の結果、東南極の一部も、西南極と同様に海底に着底していることがわかり、またその地域の東南極がロス海から流出していることが明らかになってきました。2015年に実施されたアメリカライス大学との合同研究調査において、ロス海の海底地形が詳細に明らかになり、氷期に南極氷床が拡大した痕跡や融解の際に海底に残した地形などを細かく復元することに成功しました。また、研究グループによって開発された特定有機化合物を使った微小量を使った加速器質量分析装置を用いた年代測定結果により、信頼度の高い年代決定が行えるようになりました。

その結果、これまで安定と考えられてきた東南極氷床も氷期の終了後、融解していたことがわかりました。また、そのタイミングは北半球に存在した氷床の融解の開始から7,000年〜10,000年遅れて開始したことがわかりました。さらにそれらの融解は北半球の氷床がほとんど融解し終わった7,000年前以降も続いて起こったことがわかり、気候変動に対する氷床の応答について新しい重要な知見を得ることができました。特におよそ4,000年前には大規模な棚氷の崩壊が起こりました。これは隣接するウィルクス海盆の高精度記録からも確認された大規模かつ急激な変動であったことが研究グループの研究で明らかになりました。

これらのデータは今後の温暖化と氷床の変化についての気候モデルおよび氷床モデルを用いた予測の高精度化に役立つことが期待されます。また、同様の手法を用いて南極の海域での新しいデータの採取を行うことで、より詳細な復元が可能になることが期待されます。

本研究は、JSPS科研費17H01168, 15KK0151, 26247085の助成を受けて実施されたものです。

発表雑誌

雑誌名:「Quaternary Science Reviews」(2020年2月15日)
論文タイトル:Timing and pathways of East Antarctic Ice Sheet retreat
著者:Lindsay O. Prothro, Wojciech Majewski, Yusuke Yokoyama, Lauren M. Simkins, John B. Anderson, Masako Yamane, Yosuke Miyairi, Naohiko Ohkouchi
DOI番号: 10.1016/j.quascirev.2020.106166
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0277379119307024このリンクは別ウィンドウで開きます

雑誌名:「Journal of Quaternary Science」(2019年10月2日)
論文タイトル:Meltwater discharge during the Holocene from the Wilkes subglacial basin revealed by beryllium isotope analysis of marine sediments
著者:Bethany Behrens, Yosuke Miyairi, Adam D. Sproson, Masako Yamane, Yusuke Yokoyama
DOI番号: 10.1002/jqs.3148
アブストラクトURL:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/jqs.3148このリンクは別ウィンドウで開きます

関連論文

雑誌名:「Nature」(2018年7月26日)
論文タイトル:Rapid glaciation and a two-step sea level plunge into the Last Glacial Maximum
著者: Yusuke Yokoyama et al.
DOI番号: 10.1038/s.41586-018-0335-4
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s41586-018-0335-4このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター
教授 横山祐典(よこやま ゆうすけ)
Email: yokoyamaaori.u-tokyo.ac.jp    「◎」は「@」に変換してください

用語解説

(注1)大陸棚
大陸の周辺に広がる水深数百メートルと比較的浅い海域。
(注2)東南極氷床
南極横断山脈を挟んで東側の地域。東南極氷床が全て融解すると世界的に海水準を60m以上上昇させるほどの氷を蓄えている。大部分が陸上に位置しているためこれまでは比較的安定だと考えられていた。
 

添付資料

図1
南極氷床と氷床底の基盤高度(Bedmap 2: Fretwell et al. 2013を基に作図)およびロス海、ウィルクス海盆の位置。ロス海とウィルクス海盆はどちらも氷床が海底に直接着底していることがわかる。

図2
氷期に拡大していた東南極氷床と周辺の模式図。現在の海底に残された記録を基に過去の氷床の拡大と融解のヒストリーを復元する。

図3
グローバルな海水準変動曲線と北半球氷床および南極氷床融解のタイミング。氷期に130mも低下していた海水準は氷床の融解とともに現在のレベルに到達。北半球氷床の融解に遅れて南極氷床融解が開始し、現在の間氷期に入ってからも南極氷床が融解している様子が明らかになった。

図4
高精度な年代測定が可能になった日本で唯一の東京大学大気海洋研究所に設置のシングルステージ加速器質量分析装置。

研究トピックス