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繰り返す温暖化と寒冷化 ‐日本の歴史に影響した東京の気候変動‐

2020年2月25日

梶田 展人(東京大学大気海洋研究所/東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻 博士課程 
/日本学術振興会特別研究員)
川幡 穂高(東京大学大気海洋研究所 教授)
原田 尚美(海洋研究開発機構 地球環境部門地球表層システム研究センター センター長)
横山 祐典(東京大学大気海洋研究所高解像度環境解析研究センター 教授)
佐藤 都(海洋研究開発機構 地球環境部門地球表層システム研究センター 技術スタッフ)
宮入 陽介(研究当時:東京大学大気海洋研究所高解像度環境解析研究センター 特任研究員)
沢田 近子(東京大学大気海洋研究所高解像度環境解析研究センター 学術支援職員)
鈴木 淳(産業技術総合研究所 地質情報研究部門 海洋環境地質研究グループ グループ長)

発表のポイント

◆首都東京周辺の過去4400年間の気候変動を海洋堆積物から精密復元
◆太陽活動の変化や火山噴火に起因する9つの寒冷化した時期を検出
◆繰り返された気候変動の日本の歴史への潜在的影響を指摘

発表概要

近年、「気候変動」という言葉が盛んにマスコミを賑わせ、地球温暖化など将来の人間社会に多大なダメージを与えるのではないかと懸念されている。それでは、過去の気候変動は、人類の歴史に影響を与えてきたのだろうか。今回、東京大学大気海洋研究所と海洋研究開発機構の研究グループは、東京周辺の過去の気候変動を高時間解像度かつ連続的に解明した。

東京湾の中央から堆積物柱状コアを採取し、貝化石の年代測定によって堆積年代を決定した。堆積物に含まれる有機物を分析することで、過去4400年間の表層海水温変動を精密に分析した。沿岸では気温は海水温と共に変化することが知られているので、表層水温変動から東京の気候変動を解析することができる。

本研究の結果、過去4400年の間に、主に太陽活動や火山噴火活動の強弱に起因する顕著な9つの温度ピークが同定された。特に、①世界的な文明崩壊/劣化に対応する4.2ka気候イベント(注1)、②縄文/弥生時代の境界期、③弥生末期の内乱(倭国大乱)が発生した時期、④平安末期の武家の台頭期、に大きな寒冷化が認められた。これらの寒冷イベントの時期は、日本史における転換点に一致していることから、社会が気候による影響を受けてきたことが示唆される。

発表内容

東京大学大気海洋研究所の川幡穂高研究室では、過去の気候変動が人類に与えた影響を評価するため、多くの文明が栄えた東アジアの沿岸域を対象に研究を行ってきた。今回の研究では、縄文時代より多くの人が住み、さらに江戸・東京は日本の中心地であった関東地方の過去の気候変動を、連続的かつ高い時間解像度で復元することを目指した。先行研究では、尾瀬ヶ原に堆積した泥炭に含まれる花粉化石や、東京湾岸に分布する貝塚に含まれていた貝化石の種類の変遷から、過去の環境変動が定性的に推察されてきた。しかし、これらの研究は、復元記録が連続的でなく時間解像度が十分でないという問題があった。さらに、使用している指標の解釈について研究者間で意見の相違があった。

今回の研究では、淡青丸KT-12-6航海において、東京湾の中央部から採取された約9mの海洋堆積物柱状コアを用いた(図1)。海底には、毎年少しずつ沈積した泥が分厚く堆積しているため、過去の環境を復元することができる。研究の第一段階として、柱状コアの22層準を対象に、貝化石の放射性炭素年代測定(注2)を行ったところ、過去4400年間の気候・環境が記録されていることが分かった(図2図3)。次に、堆積物に含まれるアルケノンという有機化合物を、約170層準(数十年~百年間隔)にわたり分析した。アルケノンは、海洋表層に棲息する円石藻(図4)という植物プランクトンが合成する有機化合物で、その構造には円石藻の棲息時の温度が定量的に記録される(図5)。これは、世界中の研究者から高く信頼されている温度指標である。

アルケノンによる温度復元結果は、過去4400年間で9回の顕著な温暖・寒冷化の繰り返しを示しており (図6)、そのタイミングから、太陽活動の変化や火山噴火の頻度の増減が原因となっていると解釈した。注目に値するのは、特に大きい寒冷化が記録されていた、①約4200年前(中期-後期完新世境界、注1参照)、②縄文/弥生時代の境界、③弥生末期の内乱(倭国大乱)が発生した時期、④平安末期の武家の台頭期であり、これらの異常な気候は、古文書などを用いた考古学的な研究結果ともおおむね整合的であった。

①は、エジプト、インダス、中国の大きな文明を崩壊/劣化させた全球的な4.2ka気候イベント(完新世中期-後期境界)の時期と一致し、東京湾にもこの気候イベントの影響が及んでいたことが明らかになった。
②の時期には、大陸からの渡来人(弥生人)が大量に流入してきた時期とされ、一説では、縄文人口は急減とも関連したと考えられている。この気候イベントは、大陸での異常気候ともリンクしており、流民発生の一因となった可能性が高い。
③は、中国の古文書に記録されている、日本で最初の大規模な内乱である倭国大乱の時期と一致する。大乱の原因について、気候変動に伴う土地収奪の争いであるという説は従来から存在したが、本研究は、初めて気候変動の実証記録を提示した。
④は日本各地で、生活が破綻した百姓をまとめた豪族勢力が台頭し、その後の武家中心の政治体制の基礎が作られた時代である。気候変動に伴う農業の不振が、この背景にあったかもしれない。

急激な気候変動は、農業を主とする一次産業に大きなダメージを与え、人間の食糧事情を左右する。近年、ヨーロッパや中国の歴史を対象とした研究では、気候変動による食糧不足が引き金となって戦乱や政治体制の変化が起きていたことが、相次いで報告されている。本研究で明らかになった東京湾における大きな寒冷化のタイミングは、日本の歴史の転換期(縄文/弥生・弥生/中央集権体制・中央集権体制/武家政権体制)とほぼ一致していると考えられる。日本の歴史も、人間社会内の因子のみならず、気候変動に翻弄されながら形成されて可能性が高い。過去は未来への教訓である。日本の未来設計図を描くにあたっては、気候変動の正しい予測に基づき、その対策を十分に考慮すべきと考える。

発表雑誌

雑誌名:「Quaternary Science Reviews
論文タイトル:High time-resolution alkenone paleotemperature variations in Tokyo Bay during the Meghalayan: Implications for cold climates and social unrest in Japan
著者:Hiroto Kajita*, Naomi Harada, Yusuke Yokoyama, Miyako Sato, Nanako Ogawa,
Yosuke Miyairi, Chikako Sawada, Atsushi Suzuki, Hodaka Kawahata
DOI番号:
https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2019.106160このリンクは別ウィンドウで開きます
アブストラクトURL:
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0277379119307012このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋底科学部門 海洋底環境分野
梶田 展人(かじた ひろと)
E-mail:kajitaaori.u-tokyo.ac.jp

東京大学大気海洋研究所 海洋底科学部門 海洋底環境分野
川幡 穂高(かわはた ほだか)
E-mail:kawahataaori.u-tokyo.ac.jp

※「◎」は「@」に変換して下さい。

用語解説

注1:4.2ka気候イベント
約4200年前に地球上の広い範囲で発生したと考えられる急激な乾燥化/寒冷化の気候変動。各地の古代文明の崩壊に大きな影響を与えたと考えられ,完新世中期(ノースグリッピアン)と後期(メーガラヤン)の時代境界として、国際的に認定されている。
注2:放射性炭素年代測定
放射性同位体である炭素14(14C)の存在比率を用いた年代測定法。

添付資料

 

図1:(左)コアを採取した淡青丸(提供:三澤文慶博士)
(右)コアの採取地点

図2:貝化石の放射性炭素年代測定を行ったシングルステージ型加速質量分析装置(提供:横山祐典教授)

図3:堆積物コアのX線CT写真と、各層準に含まれていた貝の放射性炭素年代測定の結果。過去4400年間かけて堆積した泥であることが明らかになった。

図4:東京湾に棲息するアルケノンを合成する円石藻(植物プランクトン)。(左)走査電子顕微鏡による写真。(右)偏光顕微鏡による写真。

図5:(上)円石藻の合成するアルケノンの化学構造式。構造の少しずつ異なる数種類のアルケノンが存在する。それらの比率を水温に換算することができる。

図6:海洋堆積物コアのアルケノン分析から明らかになった、過去4400年間の東京湾の表層水温変動。緑のハッチは特に大きな寒冷化があった時期を示す。

研究トピックス