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海水は近傍のサンゴとその共生藻を記録している:環境DNAを用いたサンゴ礁モニタリングの新手法の開発に成功

2018年2月21日

新里宙也(東京大学 大気海洋研究所 准教授)
座安佑奈(沖縄科学技術大学院大学 マリンゲノミックスユニット ポストドクトラル・スカラー)
神田美幸(沖縄科学技術大学院大学 DNAシークエンシングセクション 技術員)
川満真由美(沖縄科学技術大学院大学 DNAシークエンシングセクション 技術員)
佐藤矩行(沖縄科学技術大学院大学 マリンゲノミックスユニット 教授)
山下洋(国立研究開発法人水産研究・教育機構 西海区水産研究所 研究員)
鈴木豪(国立研究開発法人水産研究・教育機構 西海区水産研究所 主任研究員)

発表のポイント

◆海水中に含まれるDNAから、その海水中に生息するサンゴと共生褐虫藻の同時検出に成功しました。
◆実験に使用した全てのサンゴと、ほぼ全ての共生褐虫藻タイプを検出することができました。サンゴ由来のDNA量は、サンゴの種の組成やその重量など、対象となったサンゴの状況をよく反映していることが分かりました。
◆地球規模での大規模白化現象などを含め、現在進行形で刻々と状況が変化するサンゴ礁生態系を、簡単かつ正確にモニタリングする技術への応用が期待されます。

発表概要

地球上で最も生物多様性豊かな環境の一つであるサンゴ礁は、温暖化などの地球規模の環境変動などで危機に瀕しています。現在進行形で刻々と状況が変化しているサンゴ礁、その保全のためにはきめ細いモニタリングが極めて重要です。海水には、そこに生息する生物由来のDNA(環境DNA 1)が含まれています。そこで東京大学大気海洋研究所の新里宙也准教授、西海区水産研究所の鈴木豪主任研究員、山下洋研究員、沖縄科学技術大学院大学の座安佑奈博士と佐藤矩行教授らの研究グループは、海水に含まれる環境DNAからサンゴとその共生藻を検出することができるのか、水槽実験を行い検証しました。

その結果、海水に含まれるDNAから実験に使用した全てのサンゴ、そしてほぼ全ての共生藻タイプの「同時検出」に成功しました。さらに海水に含まれるサンゴ由来のDNA量は、サンゴの種の組成やその重量など、水槽中のサンゴの状況をよく反映していることが分かりました。このように、水を採取するだけで詳細なサンゴのモニタリングが可能になると、サンゴ礁の荒廃や回復の過程も迅速に検出することができるようになります。地域ごとに最適なサンゴ礁の保全策をきめ細かに提案することが可能になり、サンゴ礁保護に大きく貢献することが期待されます。

発表内容

サンゴ礁は、全海洋生物の35%の種が生息するとされる、地球上で最も生物多様性豊かな環境の一つです。しかし温暖化などの地球規模の環境変動や、環境汚染などの地域レベルでの影響によってサンゴ礁は危機に瀕しています。2016年には、日本最大のサンゴ礁である石西礁湖のサンゴ礁が、白化現象 2 により約70%死滅したと報告されています(環境省、平成29年1月10日報道資料)。現在進行形で刻々と状況が変化しているサンゴ礁生態系の、きめ細かなモニタリングが極めて重要になります。しかしサンゴ礁生態系のモニタリングは、主に潜水作業によって行われるため、調査可能な範囲が限られてしまいます。さらにサンゴの種の同定は骨格構造が判断材料となる場合が多く、海中での種同定はかなりの熟練度が求められるので、モニタリングを行える人材は限られます。そのため、サンゴ礁を広範囲に渡って、効率的かつ正確にモニタリングする技術が切望されています。

近年水や土壌などに含まれるDNA(環境DNA 1)を解析することで、その環境下に生息する生物種を検出し、生態系のモニタリングを行う技術が開発されています。実際に環境DNAは、海洋環境でも魚類の生物相のモニタリングなどに利用されています。サンゴは代謝に伴い海中に大量の粘液を放出します(図1A、B)。それらは海水中の微粒子を捕らえ、多種多様な海洋生物の栄養源となり、豊かな生態系を支えています。またサンゴは褐虫藻と呼ばれる微細藻類を細胞内に共生させ、両者は密接な相利共生関係を築いています(図1C)。サンゴのストレス耐性や健康状態には、共生する褐虫藻のタイプが大きく影響するとも考えられているので、サンゴに共生している褐虫藻の情報も重要です。褐虫藻はサンゴ内で細胞分裂によって増えるので、サンゴはコンスタントに褐虫藻を海中に放出しています。そしてサンゴは海底に固着しているので、海水中の環境DNAはサンゴの生態を忠実に反映していることが期待されます。そこで我々は海水中に含まれる環境DNAから、そこに存在するサンゴと共生する褐虫藻を同時に検出することができるのか、太平洋・インド洋で最もポピュラーなサンゴであり、種の数が最も多い仲間であるミドリイシ属サンゴを用いた水槽実験を行い、検証しました。

石西礁湖に生息するミドリイシ属サンゴ19種(60個体)を、西海区水産研究所・石垣支所のオーバーフロー式の飼育水槽で2日間飼育しました。その後、入水口と出水口からそれぞれ3Lの海水をフィルター濾過し、そこから環境DNAを抽出しました(図2)。ミドリイシ属サンゴ、そして褐虫藻由来のDNAをPCRによりそれぞれ増幅し、次世代シーケンサー(MiSeq ・Illumina社)により解読しました。実験に使用した全てのサンゴ個体について、事前に水中重量、共生している褐虫藻タイプ、ミトコンドリアゲノムを測定・決定し、環境DNAの結果と比較しました。

ミドリイシ属サンゴについては、それぞれの水槽に存在する全てのタイプ(ミトコンドリアの調節領域)の配列を検出することができました。サンゴ由来の環境DNAは、それぞれのサンゴの水中重量と種組成と相関していることが確認されました(図3)。つまり、海水中の環境DNAを解析することで、その海域でのサンゴの状況を把握することができると考えられます。また褐虫藻についても、サンゴの主要な共生褐虫藻を含むほぼ全てのタイプを検出することができました。一方で実験に使用したサンゴからは検出されなかった、おそらく飼育海水に含まれていた自由遊泳型の褐虫藻タイプも海水から検出されました。

今回の研究で、水を採取するだけで誰でも詳細なサンゴ礁のモニタリングが、長期間で広範囲にわたり継続して行える道がひらけました。白化現象や台風などからのサンゴの回復は、海水温や地形といった環境要因により大きな地域差があります。高頻度のきめ細かなモニタリングが環境DNAを用いて可能になれば、地域ごとに最適なサンゴ礁の保全策をよりきめ細かに提案することが可能になります。さらに環境DNAによるモニタリングは、実施する人間の熟練度などにより結果が左右されないので、どの海域でも常に均一なモニタリング手法を用いることが可能になり、多様な海域間での比較も正確に行うことができます。日本には400種以上のサンゴが確認されていますが、今後はミドリイシ以外の様々な種のサンゴを検出する手法の開発や、サンゴに共生している褐虫藻のみを的確に把握する手法の開発が求められます。環境DNAを用いたサンゴ礁の研究はまだ始まったばかりです。今後さらに技術が向上すると、サンゴ礁の白化現象の早期検出や、各海域のサンゴ礁の回復状態の迅速な把握が可能になるかもしれません。

発表雑誌

雑誌名:「Frontiers in Marine Science」5:28 (2018)
論文タイトル: Using seawater to document coral-zoothanthella diversity: A new approach to coral reef monitoring using environmental DNA
著者: Chuya Shinzato*, Yuna Zayasu, Miyuki Kanda, Mayumi Kawamitsu, Noriyuki Satoh, Hiroshi Yamashita, Go Suzuki
DOI番号: 10.3389/fmars.2018.00028
アブストラクトURL: https://doi.org/10.3389/fmars.2018.00028このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所
准教授 新里 宙也(しんざと ちゅうや)
メールアドレス: c.shinzatoaori.u-tokyo.ac.jp      ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

1 環境DNA
土壌や水中など環境中に存在するDNAの総称であり,近年では水圏を含めた様々な生態学的調査に用いられている。
2 白化現象
褐虫藻がサンゴから過剰に抜け出したり、褐虫藻の色素が失われたりして、サンゴの骨格の色が白く透けて見える現象。サンゴと褐虫藻の共生関係が崩壊している状態。サンゴは褐虫藻に栄養の大部分を依存しているため、危険な状態を意味している。

図版

図1 (A)サンゴが出す粘液。(B)海面に浮かぶ大量のサンゴの粘液。(C)顕微鏡で拡大したサンゴのポリプと、共生する褐虫藻(右下)。(AとBの写真撮影は座安佑奈)

図2 本研究で行った、ミドリイシ属サンゴを用いた水槽実験の例。(A)実際の実験の様子。(B)その概念図。2日間飼育した後に、入水口と出水口両方から3Lの水を採取し、そこに含まれる環境DNAを解析した。

図3 サンゴの水中重量と、有効だとカウントされたサンゴDNAの配列数の対応を示した散布図。

研究トピックス