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巨木が語る過去の北太平洋の気候

2018年2月20日

坂下 渉(筑波大学 生命環境系研究員)
(研究当時:東京大学 大気海洋研究所 博士課程学生)
横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所)
宮原 ひろ子(武蔵野美術大学)
阿瀬 貴博(東京大学 大気海洋研究所)
Stephen P. Obrochta(秋田大学)
中塚 武(総合地球環境学研究所)

発表のポイント

◆ 樹木年輪中の酸素同位体を分析することで、東北地方の初夏の降水量/相対湿度(西暦1927-2010年)を復元した。
◆ 東北の年輪の酸素同位体は、North Pacific Gyre Oscillation(NPGO)と呼ばれる北太平洋の海水温パターンの一つと有意に相関しており、その関係性は北太平洋の気候変化が起こった1980年代後期以前に明瞭であることが確認された。
◆ 海水温・海面気圧の気象観測データを用いた解析から、日本の初夏の降水量に影響すると考えられる北太平洋の気圧パターンが、海洋上の風の変動を通じて、北太平洋の海水温パターンに影響し、上述の相関関係にあると考察した。

背景および研究手法

北太平洋にみられる数十年規模で変動する海水温パターンは、海洋生態系などに影響することが報告されており、重要な研究課題の一つとなっている。北太平洋では、太平洋十年規模振動(Pacific Decadal Oscillation)とNorth Pacific Gyre Oscillation(NPGO)と呼ばれる2つの海水温パターンによって特徴づけられる。通常、前者の海水温パターンの方が後者よりも変動規模が大きく、その重要性が高いとされてきた。しかし、1980年代後半以降、NPGOの変動規模が太平洋十年規模振動と同程度となり、気候システムにおけるその重要度も高まってきている。気象観測データの解析を行った先行研究では、NPGOが東アジア夏季モンスーン域の降水パターンと関連していると報告している。しかしながら、測器記録以前のその関係性の評価が可能な降水の古環境指標を対象にした研究は行われていなかった。そこで本研究では、樹木年輪の化学分析を通じて東北地方の降水量復元を行い、東アジア夏季モンスーンの北限に位置する東北の年輪の酸素同位体とNPGOとの関係の評価を行った。

樹木年輪セルロース中の酸素同位体は、相対湿度と降水量の古環境指標になることが知られている。これまでの日本の年輪の酸素同位体を用いた古環境復元研究では、過去400年間の日本の降水量変動を復元し、エルニーニョ/ラニーニャ現象といった熱帯域の気候変動との関係性の評価が行われている(Sakashita et al., 2016: 参考文献1)。また、1959年の伊勢湾台風で倒れた伊勢神宮のご神木試料(スギ)を用いた過去4世紀にわたる乾湿環境復元では、小氷期の末期に相当する期間(西暦1780-1880年)に中部日本が最も湿潤だったことを明らかにした(Sakashita et al., 2017: 参考文献2)。本研究では、宮城県加美町の鹿島神社のご神木(スギ)を研究試料として使用した(図1)。年輪試料は、化学処理を通じてセルロースを抽出し、東京工業大学の熱分解型元素分析/同位体質量分析計(TCEA/IRMS)を用いて西暦1927年から2010年の酸素同位体比を測定した。

研究成果

年輪試料の採取地点から最も近い仙台の気象データと酸素同位体を比較した結果、仙台の5月から6月の降水量と最も高い相関があることが分かった(図2)。また、同じく初夏の相対湿度(長期の変動傾向を除いたもの)とも有意な負相関があることが分かった。上記の気象データとの比較・検証にもとづき、東北地方の初夏の降水量/相対湿度を復元した。

大気循環の変動が海洋システムに作用する際には時間を要することが想定される。その応答の遅れを考慮し、年輪の酸素同位体とNPGOとの比較を行ったところ、東北の初夏の降水量復元結果は、その翌年の春から初夏の北太平洋の海水温パターンと有意な相関があることが分かった。両者の数十年規模の変動を抽出し、同様の比較を行ったところ、その相関関係がより明瞭であることも分かった(図3)。上述の関係性は、北太平洋の気候変化が起こった1980年代後期以前に確認された。

海水温および海面気圧の気象観測データを解析した結果、North Pacific Oscillation(NPO)と呼ばれる北太平洋の気圧パターンがこの関係において重要な役割を担っていたことが示唆された。初夏の北太平洋の気圧パターンは、東アジア地域での梅雨前線の位置に作用していたと考えられる。そして、この現象は海面上の風とも関連し、その変動に対する北太平洋の海洋表層の水温の応答の遅れによって、翌年の春から初夏のNPGOが東北の年輪の酸素同位体と相関関係にあると考察した。

今後の展望

本研究では、年輪の酸素同位体から東北地方の初夏の降水量/相対湿度を復元し、NPGOとの関係性について検証した。この研究成果から、過去の北太平洋の大気循環の変動が海洋システムに与える影響の理解度を高める上で、東北の年輪の酸素同位体が重要なデータであることが分かった。今後さらに年輪の酸素同位体分析を進めることで、数百年間の長期にわたる過去の気候システムの議論が可能になると考えられる。

発表雑誌

雑誌名:Geoscience Letters
論文タイトル:Relationship between the Northern Pacific Gyre Oscillation and tree-ring cellulose oxygen isotopes in northeastern Japan
著者:Wataru Sakashita, Hiroko Miyahara, Yusuke Yokoyama, Takahiro Aze, Stephen P. Obrochta, Takeshi Nakatsuka
DOI: 10.1186/s40562-017-0095-2
URL: https://doi.org/10.1186/s40562-017-0095-2このリンクは別ウィンドウで開きます

参考文献1
雑誌名:Quaternary International
論文タイトル:Relationship between early summer precipitation in Japan and the El Niño-Southern and Pacific Decadal Oscillations over the past 400 years
著者:Wataru Sakashita, Yusuke Yokoyama, Hiroko Miyahara, Yasuhiko T. Yamaguchi, Takahiro Aze, Stephen P. Obrochta, Takeshi Nakatsuka
DOI: 10.1016/j.quaint.2015.05.054
アブストラクトURL: http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1040618215005625このリンクは別ウィンドウで開きます

参考文献2
雑誌名:Quaternary International
論文タイトル:Hydroclimate reconstruction in central Japan over the past four centuries from tree-ring cellulose δ18O
著者:Wataru Sakashita, Hiroko Miyahara, Yusuke Yokoyama, Takahiro Aze, Takeshi Nakatsuka, Yasuharu Hoshino, Motonari Ohyama, Hitoshi Yonenobu, Keiji Takemura
DOI: 10.1016/j.quaint.2017.06.020
アブストラクトURL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S104061821631062Xこのリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

坂下 渉
筑波大学 生命環境系 研究員
Email: sakashita.wataru.fu★u.tsukuba.ac.jp

横山 祐典
東京大学 大気海洋研究所 高解像度環境解析研究センター 教授
Email: yokoyama★aori.u-tokyo.ac.jp

E-mailはアドレスの「★」を「@」に変えてお送りください。

図表

図1. a) 宮城県加美町の鹿島神社の位置。b)鹿島神社のご神木試料の写真。c)チェーンソーで倒れたご神木を切っている様子の写真。

図2. a) 年輪の酸素同位体と仙台の5月から6月の降水量の平均値の時系列データの比較。b) 年輪の酸素同位体と仙台の5-6月の降水量との関係。

図3. 年輪の酸素同位体とNPGOの指標の時系列での比較。それぞれの変動は3–30年の変動成分を抽出したもの。変動の振幅は、1950年から2010年までの平均値を0、標準偏差を1として標準化している。

研究トピックス