不確実性に頑健な海洋生物資源管理 -シミュレーションによる検討-
2008年4月
海洋生物資源部門 資源解析分野
(1)研究の背景
水産資源は鉱物資源等と異なり再生産することから銀行預金にたとえられます。適切に管理すれば、利率の良い銀行にお金を預け元金はそのままで利息だけを使うように持続的に利用可能なはずです.しかし、ともすると早い者勝ちの漁獲で元金部分まで漁獲されることがあります。また毎年の資源量や分布が環境要因等により大きく変化することがあること、資源量の正確な推定が難しいことと等により、現実には資源の管理は困難なものとなっています(図1)。いわば誰でも引き下ろせる預金口座で、しかも預金額と金利が毎年よくわからない理由で大きく変化し、現在の預金額と金利もはっきりせず、さらに窓口が開いている時間も場所も不規則といったトンデモ銀行に預金しているようなものです。
このような様々な不確実性の下でどのように水産資源を利用すればよいか、水産資源研究の大きな課題となっています。資源解析分野ではシミュレーションを用いて不確実性に頑健な管理方法の検討を行っています。
図1:マサバ太平洋系群の漁獲量の年変動
環境要因と漁獲による資源量の変動のため漁獲量は大きく変動している
(2)今回の成果
魚種交替とスイッチング漁獲
マイワシやマサバ等では10年スケールで資源量が大きく変動することが知られています。このような資源をどのように利用すれば良いのでしょうか。スイッチング漁獲はその時に多い種を選択的に狙って漁獲するという方法です。図2は変動する2つの資源を一定の漁獲圧で漁獲した場合とスイッチング漁獲を行った場合のシミュレーション結果を示したものです。漁獲圧一定の場合に比べてスイッチング漁獲の場合は親魚資源量(SSB)の変動が小さくなっています。特に資源量が低水準に留まる期間が減少しており、より安全な管理であると言えます。
図2:変動する2つの資源を、漁獲圧一定で漁獲した場合(左)とスイッチング漁獲で漁獲した場合(右)の親魚資源量の年変化
資源評価の誤差の影響と資源管理
最適と考えられる漁獲可能量は資源評価結果を基に決められますが、通常資源評価は大きな推定誤差を含みます。誤差の下でも適切な管理は可能なのでしょうか。図3、4は理論的に最適な漁獲圧で漁獲を行った場合のシミュレーション結果です。図3は誤差が小さい場合で、漁獲量、資源量とも最適値の周辺にあります。ところが現実に想定されるような誤差の下でシミュレーションを行うと図4のようになります。資源量も漁獲量も大きく変動し、特に資源量は大きく減少し枯渇状態となることがあります。そこで誤差の影響を受けにくい評価方法を用い、もう少し控えめな漁獲とした結果が図5です。変動幅が小さくなり、より安定して漁獲できるようになりました。
図3:スルメイカの資源管理シミュレーション結果
誤差が小さい場合
図4:スルメイカの資源管理シミュレーション結果
現実に想定される大きさの誤差の場合
図5:誤差の影響を受けにくい評価手法を用い、控え目な漁獲を行った場合の結果
(3)意義と展望
水産資源の管理方法は実際に実験を行って確かめることがほとんど不可能です。シミュレーションによって実際に想定されるような状況下で事前に十分検討を行っておくことは、適切な資源管理を行う上で不可欠です(図6)。
シミュレーションを活用した水産資源の持続的利用に関する方法論の確立を目指すとともに、水産資源の評価や管理に携わっている水産総合研究センター、各県の水産試験場などと協力し、実際の管理への適用を行っていきたいと考えています。
図6:資源管理のシミュレーションの概念図
実際の資源の動態を計算機で代用し、そこから得られたデータで資源の管理を行いその管理手法の妥当性を検討する
参考文献
平松一彦、櫻田玲子.2008. スルメイカ秋季発生系群の再生産関係の推定誤差と資源管理への影響、平成20年度水産学会春季大会講演要旨集、p.4.
櫻田玲子、平松一彦.2008. オペレーティングモデルを用いたスルメイカABC算定規則の検討、イカ類資源研究会議報告(平成19年度)、55-62.
Katsukawa,T. and Matsuda, H. 2003. Simulated effects of target switching on yield and sustainability of fish stocks. Fisheries Research, 60, 515?525.
渡邊千夏子、川端 淳、須田真木、西田 宏.2008. 平成19年度マサバ太平洋系群の資源評価、平成19年度我が国周辺水域の漁業資源評価、水産庁・水産総合研究センター、115-144.