東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

第2章 海洋研究所の活動の展開と柏キャンパスへの移転

2-4 学術研究船の移管

2-4-1 移管の経緯(2001年12月~2004年4月)

海洋研究所が全国共同利用施設として管理・運用していた白鳳丸・淡青丸の移管は,2001年12月に閣議決定された「特殊法人等整理合理化計画」を端緒とする.同計画の中で,文部科学省(以下,文科省)所管の認可法人であった海洋科学技術センターは,本所などが実施している研究・観測調査を本所との密接な連携・協力のもとに支援し,業務の重複を排除すること,国立大学の改革の動向を踏まえて関連する大学共同利用機関等との統合の方向で見直すことが求められた(http://www.gyoukaku.go.jp/jimukyoku/tokusyu/gourika/ninka12.html).これを受けて文科省は本所と海洋科学技術センターの連携を模索したが,本所は同意せず,調整は不調のまま推移した.

2002年3月以降,文科省は,本所所属の両船およびその乗組員を海洋科学技術センター改組により設置される新法人(現,海洋研究開発機構)に移管・移籍することにより上記の要請に対応する方針をとった.本所や海洋の研究・教育コミュニティにとって必須かつシンボル的な研究施設である研究船を手放すことに対して,本所は最終的には容認という苦渋の決断をした.当初,本所は反対の方針をとり,コミュニティからは移管を容認できないとの声明が出された.一方,法人化後,大学としても財政的な厳しさが予想される中,代船の建造,乗組員の処遇,年間300日運航および全国共同利用施設として研究者の意見を反映した運航体制などに関わる条件が満たされれば,移管やむなしとの判断に傾いていった.以下に移管の経緯の詳細を記す.

2002年7月,文科省研究振興局長と研究開発局長が来学し,佐々木毅総長に対し文科省の考え方を説明して協力を依頼した.その要点は以下の通りである.

  • 国立大学の法人化後における予算措置等を展望すれば,代船の建造を含めてその維持管理に多額の経費を要する研究船を単独の大学において運用していくことは困難が予想されるため,研究船を安定的,効率的に運用するための体制づくりが必要である.そのため,大学と新法人との連携協力に基づく研究船の新たな管理・運航体制を構築したい.新体制では,研究者の発意に基づいた研究船の運航を確保しつつ,研究船の維持管理,研究支援要員の充実,船員の雇用,将来の代船措置等について,必要な財源措置を含めて,新法人に行わせることを予定している.
  • 淡青丸・白鳳丸を新法人に所属させる.新法人は既設の研究船・観測船の管理・運航と併せて,わが国の海洋研究・教育のためにこれらの船舶を運航する.
  • 移管された研究船は,従来からの要望であった年間300日程度を目標とした運航を確保する.
  • 淡青丸・白鳳丸の代船は新法人において建造する.
  • 本所に所属する海事職職員については,研究船の移管とともに全員を新法人において継続的に雇用する.

これに対して,同年8月,本学は閣議決定により海洋科学技術センターの「廃止・統合見直し」の方針が出された原因,新法人の将来像,研究船の予算措置に関する文科省の見解,研究船の管理・運航において研究者の自主性・自律性を尊重・確保していくための新法人の運営組織・意思決定システムの具体案が不明確であると返答した.

同年9月,海洋地球課長と白鳳丸および淡青丸乗組員との意見交換を行った.

同年10月,本学から文科省に「海洋研究所の見解,追加質問ならびに要求事項」,「白鳳丸,淡青丸の要求書」を提出した.学術機関課長および海洋地球課長と本所教授会構成員との意見交換を行った.同月末,両船は移管やむなしの結論を出した.

同年11月,本所教授会は条件付きで研究船移管やむなしの結論に至った.本学は研究船の移管に条件付きで協力する旨の文書を文科省に提出した.

2003年3月,研究振興局長,研究開発局長は佐々木総長へ合意事項の確認と実施への協力依頼文書を提出した.

2004年4月,佐々木総長と海洋研究開発機構(2004年4月発足の新法人,以下,機構)加藤康宏理事長の間で「学術研究船の移管に関する協定書」(およびこれに添付の「覚書」)が締結され,両船は移管された.

「学術研究船の移管に関する協定書」
  • 海洋研究所は研究者の乗船に関する諸手続きおよび観測の企画に関する業務を行う.また,乗船研究者の成果を取りまとめ,運航計画を含む全国共同利用研究について評価を受ける.
  • 機構は策定された運航計画に基づき航海を安全に配慮し実施するとともに,研究船の管理,維持および観測の整備・更新ならびに観測支援員の派遣等の研究支援を行う.
  • 研究成果は全国共同利用研究の精神から,原則的に乗船研究者の所属する大学・研究機関等に帰属する.
  • 学術研究船の円滑な運航の実施のために,海洋研究所と機構は文科省の参加を得て学術研究船運航連絡協議会を設置する.
  • この協定の条項の解釈について疑義が生じたとき,この協定に定めのない事項が生じたとき,またはこの協定を変更しようとするときは,東京大学および機構は協議して解決するものとする.
「覚書」
  • 機構はこれまでの協議の内容をふまえ,年間300日の運航を目標とし,十分な予算措置等に務める.海洋研究所は研究者に係わる共同利用研究費の予算措置に努める.
  • 淡青丸および白鳳丸の代船は,機構において建造する.またその仕様に関しては海洋研究所に置かれた研究船共同利用運営委員会で審議する.
  • 学術研究船のシンボルマークに関しては,現状のままとし,代船においては,同委員会でこれを検討する.
  • 東京大学から機構に移管された職員定数は63名であり,学術研究船の運航に関する職員数の管理はこの定数を基礎とする.
  • 乗組員に欠員が生じた場合は,速やかに欠員を補充する.
  • 乗組員の処遇等に関することについては,学術研究船の移管に伴う文科省と東京大学の交換文書等で確認された事項を尊重することとする.

この間,海洋の研究・教育コミュニティはこの問題を重視し,日本学術会議の海洋科学研究連絡委員会や日本海洋学会の評議員会は,全国海洋科学者の大勢の意見として,この度の研究船移管は容認できない旨の声明を文部科学大臣に提出した.また,日本学術会議海洋科学研究連絡委員会,同会議海洋物理学研究連絡委員会,日本海洋学会,日本水産海洋学会の委員長・会長は2002年9月20日に文部科学大臣に提言を行った.以下はその要点である.

  • 今回の研究船移管の申し入れは,私達全国の海洋科学者にとってきわめて唐突で理解しがたい.海洋科学技術センターが今日まで海洋関連の科学の発展に貢献してきたことは評価するが,これまでの活動は,学会や学術会議に代表される海洋科学の広範な研究コミュニティとの意思の疎通が十分に図られることなく行われてきた.
  • 大学と全く異なるトップダウンの運営方式を採る機関が,大学における研究・教育の支援を的確に行うことができるとはにわかに信じがたい.
  • 次の3点が研究船移管の前提として満たされる必要がある.(1)新法人は,特定分野の研究に集中することなく物理・化学・生物・地学など海洋科学全般における研究・開発をカバーする組織にするとともに,個々の大学では行えないような業務にも力を注ぐ.また,運営の中枢には海洋科学に高度な識見を有する者をあて,理事の過半は海洋科学者とする.(2)白鳳丸と淡青丸の航海日数のすべてを海洋科学者の発意と自主性に基づく研究活動に割り当てる.また,文科省は,年間300日の運航,新法人による代船建造など,2002年7月26日付け文書の内容を完全に履行する.(3)研究船,練習船および海洋科学の研究教育のあり方を検討するために,全国の海洋科学の研究者と教育者を主体にした委員会を設置する.