東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

第2章 海洋研究所の活動の展開と柏キャンパスへの移転

2-1 海洋研究所の研究組織の充実

2-1-4 海洋環境研究センターの設置と先端海洋システム研究センターへの改組

海洋環境研究センター(以下,環境センター)は,2000年4月の海洋研究所の研究部門改組[➡2―1―1]とともに,10年時限で設置された.海洋環境は学際的に取り組むべき複合過程に支配されており,従来の専門個別研究を追究する研究部門だけで取り組むのでは不十分であるとの認識が環境センター設置の背景であった.研究部門との密接な連携のもと,海洋環境における国際共同研究におけるコアとして機能し,本所がそれまでに行ってきた海洋物理,海洋化学の基礎研究に立脚しながら,それぞれの学問領域を横断的に統合した新たな研究分野を開拓することをミッションとした.

環境センターは地球環境における海洋の役割に関して,主に海水の物理的循環とそこに含まれる化学物質の動態を解析することに焦点をあてた研究を行っていた.しかし,海洋における地球環境には生物活動も大きく寄与しており,地球環境の長期的・短期的な変動によって海洋生態系と生物多様性も大きく変化する.このため,これらの学問領域を含めて幅広い学際研究を推進することが望まれていた.白鳳丸・淡青丸が海洋研究開発機構に移管された2004年度に総長裁量により6年の時限で4名の教員ポストが措置された.これを契機として,環境センターを発展的に改組し,2004年4月に先端海洋システム研究センター(以下,先端センター)が発足した.

先端センターは,海洋システム計測分野と海洋システム解析分野の2分野からなった.海洋システム計測分野は環境センターからの配置換えの教員により構成され,高精度・高細密度の先端計測技法を開発して,「新しい観測技術と分析手法による海洋循環と物質循環の解明」を目指した.総長裁量ポストによって新設された海洋システム解析分野は,「先端的な解析法による海洋生物の進化・多様性と海洋環境変動との相互作用の解明」を目指した.そして,海洋の物理学・化学・地学・生物学など様々な学問分野の教員がそれぞれの専門性を伸ばしつつ,最先端の海洋科学を学際的に展開することにより,海洋全体を1つのシステムとして理解することで海洋科学の学際的フロンティア研究を創成することをセンター全体の目標とした.

本所が移転を予定していたため,先端センターの設置に際して建物の増築などの処置がとられることはほとんどなく,既存の部屋が転用された.やむを得ない事情とはいえ,所内に部屋が分散して使いづらいこと,構成員の数に対して十分な面積が確保されていないことなど,教員はもとより学生にとっても十分な研究環境とはいえなかった.しかし,そのような環境でも先端センター構成員の活動は活発で,特に大型の実験装置である二次イオン質量分析計NanoSIMSが設置され,共同利用施設として積極的に活用された.これは数ミクロンからサブミクロンの微小領域を分析するための装置で,微量元素の同位体分析とイメージングを高感度かつ高質量分解能,および高空間分解能で行うことができた.海洋古環境の復元の研究に用いられるほか,隕石や生体試料まで幅広い試料を扱った.本所の教員や大学院生に加えて,外来研究員など国内外からの利用も多かった.

2007年10月に中間外部評価が実施された.先端センターは6年という時限付きの組織であり,専任教員の半数は着任してまだ3年にも満たないにもかかわらず,先端センターの研究活動が世界的に見ても大変すぐれているとの評価を得た.総長裁量ポストの任期が終了した2009年度末をもって先端センターはその役目を終え,海洋システム計測分野の教員(環境センター時代からの教員)は,新設された海洋物理学部門海洋変動力学分野および海洋化学部門大気海洋分析化学分野に配置換えとなった.先端センターの,地球環境の変動を総合的・先端的に探求しようとした精神は,2010年度発足の地球表層圏変動研究センターに受け継がれている.