東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

第5章 研究系と研究センターの活動

5-8 海洋環境研究センター(2000~2004年)と先端海洋システム研究センター(2004~2010年)

2000年4月に海洋環境研究センター(以下,環境センター)が10年時限で発足し,2001年3月に佐野有司が広島大学大学院理学研究科教授から環境センター教授に転任した.2001年5月に海洋物理学部門助手の藤尾伸三が助教授に昇任した.また,2002年4月に高畑直人,田中潔の2名の助手が着任した.センター長は,2000~2001年に海洋物理学部門の平啓介教授,2002~2003年に佐野教授が務めた.

2004年4月に先端海洋システム研究センター(以下,先端センター)が発足したことにより,環境センターは先端センターの海洋システム計測分野に改組された.事務補佐員として櫻井美香が研究を補助し,また技術補佐員として塩田彩が研究教育活動に貢献した.2010年3月に先端センターは廃止され,佐野と高畑は海洋化学部門,藤尾と田中は海洋物理学部門に配置換えとなった.先端センター長は,2004~2005年に佐野教授,2006~2007年に海洋生命科学部門の塚本勝巳教授,2008~2009年にふたたび佐野教授が務めた.

海洋研究所が柏キャンパスへの移転を控えていたため,先端センターの設置に際して建物の増築などの処置が取られることはほとんどなく,既存の部屋が転用された.やむを得ない事情とはいえ,所内に部屋が分散して使いづらいこと,構成員の数に対して十分な面積が確保されていないことなど,教員はもとより学生にとっても十分な研究環境とはいえなかった.しかし,そのような環境でもセンター構成員の活動は活発で,特に大型の実験装置である二次イオン質量分析計NanoSIMSが設置され,共同利用施設として積極的に活用された.これは数ミクロンからサブミクロンの微小領域を分析するための装置で,微量元素の同位体分析とイメージングを高感度かつ高質量分解能,及び高空間分解能で行うことができた.海洋古環境の復元の研究に用いられるほか,隕石や生体試料まで幅広い試料を扱った.本研究所の教員や大学院生に加えて,外来研究員など国内外からの利用も多かった.

海洋システム計測分野の主な研究は,物理手法と化学手法の学際的融合による海洋循環過程や物質循環過程の解明である.2005~2009年度科学研究費基盤研究(S)「希ガスをトレーサーとした太平洋における海洋循環の解明」は4人の教員全員で構成され,海洋循環に関する物理的理解と化学的理解の乖離を克服するために,観測および数値実験の両面から研究を進め,物理・化学の共同観測・共同実験を行った.

佐野と高畑は各種化学トレーサーを活用し,海洋環境変動を実測して,近未来の予測を行う研究に取り組んだ.白鳳丸や淡青丸を用いて日本近海だけでなく太平洋の広い範囲で海水を採取し,溶存する希ガスの分析を精力的に行った.希ガスのうち特に質量数3のヘリウム(3He)は地球深部の始原的なマントル物質に極めて敏感な同位体であり,海洋深層循環を調べるための良いトレーサーとなる.本分野には2台の希ガス用質量分析計が設置され,海水中の希ガス濃度分析装置を新たに開発し,多くの研究に用いられた.またNanoSIMSを用いて化石や海底堆積物を用いた海洋古環境や生育環境の復元,放射年代測定に関する研究などを行った.海洋化学の試料だけでなく隕石や生物組織などさまざまな試料を対象とした分析手法の開発を行い,幅広い分野で多くの学際的研究を進めた.

藤尾と田中は深層循環や深層水の形成について観測や数値実験によって研究を進めた.海洋大循環分野と共同で大規模な観測を実施し,CTDや降下式ADCPによる観測線での水温・塩分・溶存酸素・流速の分布,あるいは係留流速計による流速の時系列などをデータとして収集した.藤尾は日本周辺の海溝周辺における観測により海溝西斜面の南下流,東斜面の北上流,さらに海溝に東から流入する流れを明らかにし,それらの流量の推定を行った.田中は海水冷却に伴う沈み込みの過程を数値実験により示し,また,駿河湾等での沿岸環境の数値シミュレーションを行った.

教育面では,佐野と藤尾は大学院新領域創成科学研究科の自然環境学専攻の協力講座に属したほか,佐野は理学系研究科の地球惑星科学専攻にも所属した.

2001年4月以降,博士の学位を取得したのは西澤学,白井厚太朗である.修士の学位を取得したのは白井厚太朗,井上由美子,内田麻美,国岡大輔,織田志保,小林紗由美,徳竹大地,古川由紀子,亀田綾乃,髙田未諸,豊島考作である.また横地玲果,小杉卓真,酒向由和,堀口桂香,細井豪,岡田吉弘,明星邦弘,相場友里恵,藤谷渉らが訪問して研究を行った.学振特別研究員や特任研究員として,Meetu Agarwal,渡邊剛,清田馨,牛久保孝行,北島宏輝らが,外国人研究員(学振サマー・プログラム外国人研究者を含む)として,Tobias Fischer,Daniel Pinti,Dalai Tarun,Peter Barry,Tefang Lan,Emilie Roulleauらがいる.

海洋システム解析分野は,総長裁量経費による3年任期の教員で構成された.2004年9月,分子生物学部門の窪川かおる助手が教授として着任し,2004年11月,首都大学東京助教授であった天川裕史が助教授として(2007年度から准教授),同年12月,産業技術総合研究所から大村亜紀子が助手として着任した(2007年度から助教).2005年4月,国立環境研究所から浦川秀敏が助教授として着任した(2007年度から准教授).全員が着任3年で審査を経て再任された.浦川は2008年4月に本学を離れた.

本分野は6年弱の短期間であったが,古海洋環境の変動と生物多様性創出のメカニズムの解明を目指し,海洋環境と生命の総合理解に取り組むという大きな目標を持って研究を行った.スタッフの学問分野は,生物学,微生物学,化学,地質学であり,その学際的特徴を生かし,海洋で起きた進化と環境変動の復元を研究の目的とした.窪川は分子生物学的手法による海洋生物の進化の研究,天川はマンガンクラスト中の鉛同位体比の高感度測定による時代変化の検出,浦川は微生物群集による環境浄化法の研究,大村は海底堆積物の有機物解析などによる堆積物の由来推定の研究,共同で堆積物中の化学環境分析と化石DNA解析による古海洋環境生態の研究を行った.

大学院の担当は,3年任期で学生の受入は制限されたが,農学生命科学研究科の博士の学位取得として水田貴信,丹藤由希子,新領域創成科学研究科の修士課程修了者として稲葉真由美,岩田尚之,高田雄一郎,丹藤由希子が在籍した.学振特別研究員として杉浦琴,学振外国人特別研究員としてSonali Roy,機関研究員として重谷安代が研究活動を行った.事務補佐員・技術補佐員として,井川陽子,渡辺晴美,前田ルミ,清水真弓,安澤美合が研究教育の発展に貢献した.2010年3月,窪川,天川,大村は任期満了で退職した.