東京大学海洋研究所

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海洋基本法策定に関する提言

海洋基本計画策定に関わる東京大学海洋研究所の提言

2007年11月30日

東京大学海洋研究所

 地球表面の70%以上を占める海は、人類を含む地球上の生物圏の維持に根幹的な役割を果たしている。人類の多くは陸と海との境界域に住み、海から様々な恩恵を受けながらその生存圏を広げてきた。特にわが国は、海に囲まれ、守られながら海との様々な関わりを通じて独自の文化を育んできた。このためわが国はしばしば海洋国家と称せられるが、これまで海を知り、海を守り、海を利用するための取り組みは極めて不十分であった。

 本年7月20日に海洋基本法が施行され、今年度内には海洋基本計画が策定されようとしている。海洋基本法は、海洋については科学的に解明されていない分野が多々残されていることを指摘し、海洋に関する科学的知見の充実の必要性(第4条)を述べている。実際、人類が直面しつつある環境、食料、エネルギー問題等の解決の鍵の多くは海にある。しかし、海における物理化学的プロセス、生物過程、物質循環の仕組み、海が地球環境の維持に果たしている役割等の理解なしにはその有効利用は期待できない。また、今や国際的な流れになりつつある「海洋の統合的管理」、「持続可能な開発」あるいは「予防的アプローチ」などの動きに適切に対応することもできない。

 東京大学海洋研究所(以下海洋研究所)は1962年の設立以来、海洋に関する基礎的研究を担うとともに、全国共同利用研究所としてわが国の海洋科学の確立と海洋研究を担う人材育成に大きく貢献してきた。海洋基本法の施行を契機に、わが国の海洋研究を飛躍的に発展させ、健全な海を守りながらそれを最大限に利用していく道筋を明らかにしていくこと、さらにはそれを国際的な枠組みの中で進めることによって地球圏の中での人類の恒久的生存を確固たるものにしていくことが、我々の責務と考える。

 ここでは、広くわが国の海洋研究およびその教育の推進に必要と考えられる重点的課題をまとめ、基本計画策定への提言としたい。

1.海洋の基礎過程の理解

 人類が今後恒常的に海洋を利用していくためには、その基礎的かつ包括的な理解が必要である。すなわち、海、陸、大気の間を物質とエネルギーがどのように循環しており、そこにどのような維持および駆動メカニズムが働いているのか、それらが地球の歴史を通じてどのように変遷してきたのか、人類はそうしたプロセスからどのような恩恵をどれだけ受けてきたのか、逆に人類はそのプロセスにどのような改変を加えてきたのか、こうした疑問に答えることを通じて地球システムの基本像を明らかにすることができる。その基本像を得ることによって人類は初めて地球システムの維持機構の中にその活動を合理的に位置づけ、適切な将来像を描いていくことができる。さらにそうした将来像のもとに、応用研究は初めてその有効性を十分に発揮することができる。我々海洋の研究者は、個々の専門分野の立場から海洋観測を主体とした研究を通じて基礎的プロセスの理解を深めると同時に、それらの知見と様々な海域で得られた知見を統合し、このような基本像を構築していくことが求められている。

 しかしながら、我々の海洋の基礎過程に関する現段階の知識は極めて限られている。このため、ともすると科学的根拠の希薄な応用研究や一貫性のない政策が取られ、海を長期的、持続的に有効利用していくための将来展望が描けないでいる。こうした状況を招いた要因として、研究者相互の連携の弱さ、その成果と意義を世に広く訴えていく努力の欠落などが否定できない。しかし、究極的には海洋研究を行っている研究機関の数と予算が限られていること、その研究基盤も一般に貧弱であること、これに呼応して海洋の研究者数が絶対的に不足していることが大きな問題であると考える。

 海洋の研究は海上での現場観測を基本にし、独自の方法、技術等を必要とする。しかしながら、そのための予算的手当ての現状は極めて不十分であり、海のしくみを明らかにし、その持続的有効利用のための方策を引き出すには遠く及ばない。海洋の基礎研究は必ずしも即効的な解決を与えるとは限らない。しかし、海洋が地球環境の維持と人類の生存の鍵を握っていることを認識するならば、少なくとも地球、宇宙、生命科学に関連する他の自然科学分野などと比肩しうるだけの措置が必要であろう。

2.海洋研究のための基盤整備

 海洋の研究には独自の観測施設および観測用測機類、さらにそれらを使いこなす技術が必要である。観測施設としては、研究船と臨海実験施設が挙げられる。今後観測技術がどのように発展したとしても、海洋で実際にデータを取り、解析する必要性がなくなることはあり得ず、研究船は海洋研究の最前線の基地であり続けるに違いない。また、大学附置等の臨海研究施設、水産実験施設などはそれぞれの周辺海域の研究基地として機能している。わが国は異なる特性を持つ海に囲まれており、広域的に散らばったこれらの施設を有効に使ってこそ始めて多様な水塊特性とそれに適合した生物群集の生息する周辺海域の全体像を把握することができる。これによって個々の海域の特性やその適切な利用の仕方も明らかになる。一方、海洋観測には、高い水圧と塩分による腐食とに耐えながら正確なデータを取る測器が必要である。近年は長期設置型のセンサー類や無人の船艇、衛星を用いたリモートセンシングなども新たなツールとして加わり、その連続的あるいは広域的なデータが地球規模での解析に威力を発揮しつつある。新たな技術の開発は新たな情報をもたらし、それが新たな海洋学の展開に繋がる。独自の技術開発なしに先進性のあるデータを取ることは難しい。これらを担うのは、経験豊富な技術者である。このように、海洋研究の推進には、関連施設や機器類がバランスよく最新のものに更新され続けるとともに、そこに独自の技術が付加・蓄積されていくことが必要である。また、広域的な観測の必要性から、例えば宇宙事業のように、一ヶ所の特定機関に予算や資源を集中させていく方式とは相容れない。

 多くの大学や研究機関では予算的制約のために船舶の維持が困難になり、それらの老朽化や減船が続いている。たとえ維持されていたにせよ、運航日数が減っている。同様に各地にある大学等の臨海施設の多くが予算上の理由により縮小している。こうした流れは研究の機会を減らすのみならず、研究者の養成を困難にしている。同時に、船員や観測技術者が減少しつつあり、長年に渡って培われ蓄積されてきた技術が次世代に伝えられることなく、衰退・消滅しつつある。わが国が長年に渡って技術者の地位に十分な配慮をしてこなかったことがこの傾向に拍車をかけている。こうした中での独自の技術開発は望むべくもないし、またこうした状況を放置したままで海洋学の発展を望むこともできない。わが国の海洋学の基盤はまさに瀬戸際に立たされている。

 海洋基本計画では海洋の基礎研究の遂行のための基盤施設整備という明瞭な目的を掲げ、何らかの形で研究船や各地の現有の臨海研究施設等を維持、拡充していくような予算措置がされるべきである。逆にそれが達成されるならば、既存の施設を最大限に利用した効率のよい、研究、観測の推進が期待できるだろう。

3.人材教育

 海を知り、守り、さらに適切に利用していくには、研究者のみならず、海洋に関する様々な専門家が必要である。これらの専門家は、海洋での物理、化学、地学、生物的過程に関する基礎知識に加え、海洋における環境、資源、法律、国際関係、社会的事象などの諸問題のいずれかについて、理解と見識を持っていることが望まれる。さらに海に関する多様な情報をまとめ、研究者や専門家、一般市民、為政者などに発信していく役割を担う人も求められる。こうした人材の養成は、初等中等教育から大学教育を通じて海洋に興味を持った学生を専門家へと養成していく教育システムがあって初めて可能になる。このシステムには、知識の伝授のみではなく、実習などを通じて実際に海洋に接する機会を組み込むことが必要である。さらに、こうしたシステムは社会的なニーズ、すなわち雇用に繋がることで初めて有効に機能する。

 残念ながらわが国には海洋の専門家が極めて少なく、これが海洋政策の決定や諸問題への一貫した対応を著しく困難にしている。またアメリカや韓国のように海洋を専門に扱う省庁もないため、専門家を積極的に育てる基盤が著しく弱いし、社会も特に専門家を必要としない。これに呼応するように、わが国にはそうした人材を養成する教育システムが実質的に欠落している。初等中等教育の教科書には天文や地学の記述はあっても海に関するものは皆無に近い。その内容を実質的に主導している文部科学省には海洋に関する理念をより鮮明にして頂きたい。また、わが国の大学には海洋学を標榜する学科、学部、研究科等が殆どなく、海洋学の体系的教育が行われている場はわずかしかない。従って海の研究を志す若者がいても、行くべき大学が極めて限定される。

 教育システム全般に早急な改善を期待するのは困難であるが、海洋基本法を契機にそれらの見直しが強く望まれる。文部科学省には初等中等教育における教科書の改善を求めたい。海洋の研究者もそのために協力していくことが必要である。また、人材養成の鍵を握るのは、大学の教育システムである。わが国では、伝統的には水産学や海洋物理学の学科や専攻などが、海洋の専門家の養成に当たってきた。これらの組織は今日でも多数存在していることから、その教育システムを拡充し、海洋の専門家の養成を図るのが当面取りうる有効な方策である。また、海洋現場での実習教育、大学間の単位互換制度などを充実させ、多くの学生が海洋に関する教育を受けることができるようなシステムを作っていくことが有効であろう。また、広く市民向けの講座やマスメディアを利用した啓発活動を通じて、地道に海の理解を国民の間に広げていくことが必要である。

4.ネットワーク構築

 海洋を知り、守り、利用していくには、異なる分野の研究者、専門家、漁業者、産業界、さらには一般市民や為政者が海に関する基礎的理解、研究成果、現状と問題点、その潜在的利用性、様々な活動の現況などの情報を共有するためのネットワークが必要である。さらにこれらのネットワークは人的な交流に裏打ちされたものでなければならない。それによって人類にとっての海の重要性と可能性が明確化され、適切な利用や政策決定に結びつけていくことができる。

 しかし今のところそうした体制はできておらず、その構築に必要な専門家も殆どいない。このため、海に関する研究成果や新たな知見は人類共通の財産になっておらず、海の利用の仕方や関連する政策も科学性と一貫性を欠いたものになりがちである。

 こうした状況を克服するためには、まず研究、教育、さらに海に関する様々な領域のそれぞれについてのネットワークを構築していくことが出発点となる。研究については、我々の海の知識がまだまだ限定されていることから、ネットワークを通じた科学的知見の共有と有機的活用は必須であろう。さらに、海洋学が本来学際性の高い研究領域であることから、それぞれの分野におけるデータベースを確立した上で基礎研究の成果を統合し、海洋システムの全体像を把握するとともに、応用研究の方向性を明確化するためのネットワーク作りが必要である。教育については、初等中等教育から大学での教育、さらに市民教育を縦に繋ぐネットワークに加え、大学間や学会間などの横のネットワークを構築し、人材の育成や啓蒙、広報のための活動を進めることが望まれる。最終的にはこうした個々のネットワークを重層的に繋ぎ、異なる領域の情報を統合することにより、海洋の利用に関して具体的かつ合理的な政策立案に結び付けていくことが可能になる。

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