東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001 東京大学 大気海洋研究所50年史 1992-2001

大気海洋研究所の50周年に寄せて

大気海洋研究所50周年を祝して

濱田 純一

[東京大学総長]

大気海洋研究所の50周年を祝して,一言ご挨拶を申し上げる.

こんにち,地球温暖化,異常気象,生物多様性の消失,資源枯渇,海洋汚染,海洋酸性化などの地球環境問題への取り組みが,人類にとってきわめて重要な課題となっている.地球表面の70%を占める海洋は独自の巨大な生命圏を擁するとともに,地球の気候を支配している.一方,気候変動は海洋生態系に大きな影響を及ぼす.こうした海洋と大気との相互関係の中で,人類が生活する地球表層圏が成立している.世界で6番目に広い排他的経済水域(EEZ)を持つ海洋国である日本は,世界の先頭に立ってこれらの地球環境問題に取り組む責務を有している.東京大学は研究・教育の面からその取り組みにおける先導役を果たしてきたが,大気海洋研究所はその重要な部分を担ってきた.

大気海洋研究所は,2010年4月1日に海洋研究所と気候システム研究センターという2つの流れが合流して設立されたが,その源流のひとつである海洋研究所は,50年前の1962年の発足以来,海洋に関する先進的な研究を推進し,目覚ましい成果を挙げてきた.さらに全国共同利用研究所として,学術研究船「白鳳丸」および「淡青丸」を全国の研究者の共同利用に供し,わが国のみならず世界の海洋科学の発展に大きく貢献してきた.もう一方の源流の気候システム研究センターは,21年前の1991年の設立以来,先駆的な数値モデルを開発・駆使して気候変動研究において大きな成果を挙げてきた.さらに全国共同利用研究センターとして,気候研究における計算機資源の全国共同利用を推進するとともに,国際的にも「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に多大な貢献をするなど,大きな働きをしてきた.

ところで2010年の大気海洋研究所の設立は,私にとっても非常に印象深い出来事であった.上記のように大きな成果を挙げてきた海洋研究所と気候システム研究センターが,それぞれの活動をさらに大きく展開するために,2007年頃から組織統合の可能性まで含めて連携の検討を進めているのを,当時,理事・副学長として私は注目していた.というのも,私自身,新聞研究所から社会情報研究所,そして情報学環へという組織の展開に,所長・学環長等として関わるという経験をしてきたためである.時代の要請にしっかり応えるために,研究教育の組織や活動のあり方を真剣に求める議論とその結論を実現することの意義とともに,その大変さはよく知っている.したがって,海洋研究所と気候システム研究センターの新たな展開への真剣な議論と取り組みを,敬意を持って注視していたわけである.総長室は小宮山前総長の時代から,両組織のそうした努力を見守り,また議論の推進に必要な援助をしてきた.私が総長になった2009年には議論も熟し,大気海洋研究所設立準備がいよいよ大詰めの段階に入っており,翌年4月にめでたく発足することになった.こうしたことから,2010年7月に柏キャンパスに新築された大気海洋研究所棟で開催された設立記念式典には一際感慨深いものがあった.

私と本所との関わりは,大気海洋研究所としての新しい歩みが始まり1年が経とうとする2011年3月11日の忘れえない出来事により,さらに新たな面を有することになった.東日本の各地に大災害が生ずる中で,岩手県大槌町にある本所附属国際沿岸海洋研究センターは,本学で最大となる壊滅的被害を受けた.これまでに国際沿岸海洋研究センターの復興,そしてそれを礎とした東北の復興へ向けて,本学としても可能な限りの努力は行ってきたが,本所と同センターが大きな被災を跳ね返し,活発な活動を再開していることに,深い敬意を表する.私は,東京大学がこの大災害からの復興にどのような役割を果たせるかは,本学の存在意義の一種の試金石であると考えている.私としても,引き続きできるだけの貢献を行い,大学の使命を果たすために共に働く所存である.

大気海洋研究所の活動の場が柏キャンパスであるということも大変意義深いものがある.東京大学は柏キャンパスを,本郷キャンパス,駒場キャンパスとともに,世界のセンター・オブ・エクセレンスとしての東京大学を形作る「三極構造」の一極と位置づけている.この中で,柏キャンパスは最も若く,さらなる強化・充実が求められている.本所が柏キャンパスの地で活発に活動されることを,私はたいへん期待している.

東京大学は現在,中期ビジョンとして行動シナリオ「FOREST2015」を掲げている.FORESTとは,Frontline【つねに日本の学術の最前線に立つ大学】,Openness【多様な人々や世界に対して広く開かれた存在】,Responsibility【日本と世界の未来を担う責任感】,Excellence【教育研究活動における卓越性】,Sustainability【それらを持続させていく力と体制】,Toughness【知に裏打ちされた強靭さを備えた構成員】を意味する.国立大学法人化による改革は,土壌づくりと「木を動かす」段階から,「森を動かす」段階にきており,まさに知の森の生態系をサステイナブルに発展させる時期となっている.

このような時,本学における海洋研究と気候研究との二つの流れを合流させた大気海洋研究所が,人類を含む多くの生物にとって本質的な意味を持つ大気・海洋を対象にした知のフロンティアに挑んでいるのは素晴らしいことであり,大変心強い.この勢いをさらに強め,人類と生物の生存基盤である地球表層圏の統合的な振る舞いを地球規模でかつ全地球史的な視点から解明するとともに,その将来に関する知見を得るという目標に邁進していただきたい.全国共同利用のシステムを引き継いだ「共同利用・共同研究拠点」としても,その力を大いに発揮していただけるものと期待している.同時に,こうして高めた普遍的な知の力を,大震災により東北で起きた現象やその実態の理解および復興という具体的・地域的な課題にも発揮してくださることを願っている.

私の総長としての任期の初期に新たな歩みを開始した,そして東北復興への本学の貢献における橋頭堡でもある大気海洋研究所に,私は今後も注目していきたいし,必要な支援を惜しまない所存である.本所が東京大学の誇りうる,世界を担う知の拠点としてますます活躍されることを切に期待して,私のお祝いの言葉とする.