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北極海の冷水の起源はシベリアにあった! シベリア沿岸に冷水湧昇帯を発見し、その物理メカニズムを解明

2020年9月18日

東京大学 大気海洋研究所
北海道大学
海洋研究開発機構

発表のポイント

◆太平洋と北極海をつなぐ海峡部に現れる冷水湧昇帯を発見し、ロシア船「マルタノフスキー号」と海洋地球研究船「みらい」を用いて詳細な海洋観測を実施した。
◆低温な底層水の湧昇は、北極海に流入する海水の熱量をコントロールし、北極海の海氷を維持する役割がある。
◆湧昇する冷水の源流域であるベーリング海北西海域の気候変動が、北極海の海氷量におよぼす影響が注目される。

発表者

川口 悠介(東京大学大学大気海洋研究所 助教)
西岡 純(北海道大学低温科学研究所 准教授)
西野 茂人(海洋研究開発機構 主任研究員)

発表概要

東京大学、北海道大学、海洋研究開発機構の合同研究チームは、シベリアとアラスカの間に位置する“アナディル海峡”で海洋調査を行い、北極海に流れこむ冷たい『湧き水』の存在を明らかにした。この観測は、ロシア極東海洋気象学研究所の「マルタノフスキー号」と海洋研究開発機構の海洋地球研究船「みらい」を用いて2017年と2018年の夏に行われた。それ以前の観測では、ロシア排他的経済水域(EEZ)内の観測が制限されているためにアメリカEEZ内であるアラスカ沿岸の調査結果が中心に報告されてきた。これによると、夏に北極海に流入する海水は極めて高温で、その温暖な海水が北極海の海氷分布を主体的に決定すると言われてきた。しかしながら、アナディル海峡の西側(ベーリング海北西部シベリア沿岸)海域を「マルタノフスキー号」で詳しく調査し「みらい」の広域調査(アラスカ沿岸)とあわせることで、冷たい水が下層から湧き出すポイントが存在し、その水が海峡を北上することで北極海の低水温と海氷の維持につながっていることが明らかになった。この発見によって今後、以前より高い精度での北極海の海氷予測の実現が期待される。また今後はアナディル海峡の冷水の起源を特定し、詳しい調査を行うことで北極海の海氷とベーリング海北西海域の気候変動との因果関係を明らかにしていく。

発表内容

北極海の海氷量は地球温暖化の影響を受けて急速な減少傾向にあることが注目されている。北極海の海氷の変化について、高度な数値シミュレーション技術を用いてもその予測精度には限界がある。その要因の一つは、北極海やその周辺海域における熱輸送とその収支に対する知見が不足しているという点があげられる。シベリアやアラスカに面する太平洋側の海域は、北極海の中でも過去20年間にもっとも海氷が後退した海域として知られている。その海氷減少の要因として、ベーリング海から北極海に流入する太平洋起源の暖水があげられる。一方、北極海に流入する冷たい水の存在も過去に報告されている。この冷水は、ベーリング海北西部に位置するアナディル海峡を通過し、北極海内部に輸送される。この冷水がもつ負の熱エネルギーが、北極海の海氷の分布に反映されていると考えられている。

東京大学大気海洋研究所の川口 悠介 助教、安田 一郎 教授、北海道大学低温科学研究所の西岡 純 准教授、海洋研究開発機構の西野 茂人 主任研究員らの合同研究チームは、太平洋側北極海に流入する熱量についての謎を解明するべく、今まで観測による知見が乏しい北極海周辺のベーリング海北西海域において重点的な海洋調査を実施した。この観測の中で、研究チームはシベリア大陸とアラスカ沖合・セントローレンス島との間にあるアナディル海峡周辺に約0〜2℃の冷たい海水が海面に現れる“冷水湧昇帯”(を参照)の存在を発見し、その詳細な現地調査を行なった。同チームは3次元海洋モデルを用いた数値シミュレーションを行い、冷水湧昇帯の発生メカニズムについてもその詳しい実態を明らかにした。

この調査は、2017年8月と2018年8月にそれぞれ、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の海洋地球研究船「みらい」とロシア極東海洋気象学研究所(FERHRI)の「マルタノフスキー号」を用いて実施された。2017年の調査では、人工衛星による海面水温の画像を参考にしながら、冷水湧昇帯が形成されるタイミングで「みらい」を南北に動かしベーリング海から北極海に抜ける約500kmのラインに沿って海洋観測を行なった。2018年の調査では、アナディル海峡を通過する海流と湧昇水の関係を明らかにするために、マルタノフスキー号でシベリアに近いロシアEEZ内での調査を重点的に行った。これらの調査では、海水の流速、水温、塩分、クロロフィルなどの諸変動量の観測に加えて、海水中の乱流エネルギー(混合の強さ)に関する計測も行われた。

これ以前の研究では、セントローレンス島の東側の海域での調査結果が数多く報告されてきた。これは、この海域が主にアメリカEEZ内に位置しており、船舶による科学観測が比較的容易に実施できる環境にあったことがその背景にある。逆に、島の西側はそのおおくがロシアEEZ内に属しており、他国の船舶による海洋調査が認められにくい状況にあった。アメリカEEZ内での調査報告によると、アラスカ沿岸を経由して北極海に流入する海水の温度はときに10〜15℃と極めて高温になり、この温暖な海水の熱量が北極海に流入することで周囲の海氷融解に利用されると推察されてきた。しかしながら、アラスカ経由の海水の広がりだけで北極海の海氷分布を正確に予測するには限界があり、他に何らかの変動要因が隠されていると考えられてきた。

「みらい」と「マルタノフスキー号」の調査結果から、冷水湧昇の発生時、海底付近では強い乱流混合のシグナルが観測された。この海底の乱流混合は、海底の泥を中層20mの深さにまで巻き上げるほど強力であった。このような現象は、海峡を通過する流れが海底付近に粘性境界層(注1)を形成し、流れの速さに勾配を生み出したためと考えられる。海底境界層が発達する環境では、底層の流れが上層に比べて少しだけ岸向きに偏向する傾向があり、それがシベリア沿岸に底層水を集めて、結果的に行き場をなくした水が海面に湧き上がったものと解釈される。

低温な湧昇水が北極海沿岸域に流入することによって、その海域では水温が低く維持され、夏でも海氷は融けづらく初冬に結氷が早く進行すると予想される。しかしながら、この湧昇水の水温が変化することで下流の海氷が影響を受けるような状況も考えられる。アナディル海峡で湧昇する海水は、ベーリング海北西海域がその起源と考えられており、そこでの沿岸ポリニア(注2)がアナディル湧昇水の低温の原因と考えられる。したがって、ベーリング海北西部で急激な気候変動が発生した場合、アナディル海峡で湧き出る水や下流域に広がる北極海の海氷にも影響をおよぼす可能性がある。今後は、アナディル周辺の継続的な調査とともにその源流域であるベーリング海北西部においても海洋調査を実施していきたいと考えている。

発表雑誌

雑誌名:「Journal of Geophysical Research – Oceans
論文タイトル:Cold Water Upwelling near the Anadyr Strait: Observations and Simulations
著者:Yusuke Kawaguchi*, Jun Nishioka, Shigeto Nishino, Shinzou Fujio, Keunjong Lee, Amane Fujiwara, Daigo Yanagimoto, Humio Mitsudera, Ichiro Yasuda  
DOI番号:10.1029/2020JC016238
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1029/2020JC016238このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋物理学部門
助教 川口 悠介(かわぐち ゆうすけ)
E-mail:ykawaguchiaori.u-tokyo.ac.jp    ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください

北海道大学低温科学研究所 環オホーツク観測研究センター
准教授 西岡 純(にしおか じゅん)
E-mail:nishiokalowtem.hokudai.ac.jp

海洋研究開発機構 北極環境変動総合研究センター
主任研究員 西野 茂人(にしの しげと)
E-mail:nishinosjamstec.go.jp

用語解説

注1:粘性境界層
海底付近にできる薄い層。この層では海底摩擦によって流れの強さが急激に変化し、流れの向きが左に傾く。
注2:沿岸ポリニア
沖向きの風によって沿岸の海氷が沖に流されて海面が露出する現象。海面が結氷することで、低温で高塩分な海水が多量に生産される。

添付資料

図:人工衛星による観測海域の海面水温。ロシア船「マルタノフスキー号」と海洋地球研究船「みらい」を用いて“冷水湧昇帯”の詳細な調査を行なった。

プレスリリース