ナビゲーションを飛ばす

教職員募集 所内専用go to english pageJP/EN

facebook_AORI

instaglam_AORI

流れ藻が深海への炭素貯留に寄与する可能性 ~藻場を旅立った海藻のゆくえ~

2019年3月12日

東京大学大気海洋研究所

発表のポイント

◆海産大型植物は沿岸で光合成により海洋表層のCO2を固定する。そして流れ藻となり、はるか沖合へ輸送され海底に堆積することで、海洋内部への炭素貯留に寄与することを発見した。
◆流れ藻の継続的な深海への輸送には、黒潮続流と呼ばれる定常的に沖合へ流れ去る海流が大きく関与していることを初めて示し、大気中のCO2削減に寄与する新しい炭素循環の経路の存在を明らかにした。
◆藻場のCO2削減効果や、海洋の炭素循環に与える流れ藻の役割解明に資すると期待される。

発表者

國分 優孝(研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士後期課程/日本学術振興会特別研究員PD/現:東京都環境科学研究所 環境資源研究科 研究員)
Eva Rothäusler(アタカマ大学)
Jean-Baptiste Filippi(コルシカ・パスカル・パオリ大学)
Eric D. H. Durieux(コルシカ・パスカル・パオリ大学)
小松 輝久(研究当時:東京大学大気海洋研究所 准教授/現:横浜商科大学 商学部 教授)

発表概要

世界の沿岸で広大な藻場を形成する海産大型植物(海藻、海草)は、活発な光合成を行い海洋表層のCO2を吸収・固定した後、沿岸から離脱し流れ藻となって海面を漂流する。それら流れ藻がもし沖合に輸送され深海に堆積していれば、海洋内部への炭素貯留の役割を果たすと考えられる。しかし、これまで深海に堆積した流れ藻については、限られた海域における断片的な報告しかなく、定性的な研究が大部分であった。

今回、東京大学大気海洋研究所、アタカマ大学、コルシカ・パスカル・パオリ大学の共同研究グループは、東北地方太平洋沖において行った海底トロール調査で流れ藻の堆積を確認し、その堆積量の分布と、藻場から深海への輸送メカニズムを推定した。その結果初めて、多様な海産大型植物が季節的な周期性をもって炭素貯留効果のある深海底に毎年供給されており、特に黒潮続流が通過する海域においては流れ藻が数百kmもの沖合まで集中的に輸送され、堆積している可能性を示した。

これまで深海に炭素貯留を行う「生物ポンプ」としては、海洋表層での植物プランクトンの光合成による炭素固定と死亡後の中深層への沈降により駆動される炭素循環が注目されてきた。本研究成果は、藻場から大量に供給される流れ藻も重要な役割を果たしているという新たな視点を提示するものである。この研究により、藻場の海洋炭素循環への寄与、深海への有機物供給、海洋内部への炭素貯留の担い手としての可能性に関する議論が今後さらに活発化すると想定される。

発表内容

[研究の背景]
現在、化石燃料の消費の増加により、大気中の温室効果ガスであるCO2濃度が増加し、カタストロフィックな地球温暖化が生じると考えられている。そのため、地球上のCO2を含む炭素循環を解明することが世界の喫緊の課題となっている。海洋のおよそ500m以深にある中深層は、その容積の大きさから大気圏や陸域とならぶ重要な炭素の貯留層(reservoir)として非常に大きな役割を占めているが、海洋内部の炭素循環については十分に分かっておらず、その解明が必須となっている。

海がCO2を表層面から中深層へと貯留する仕組みには、大きく分けて「溶存ポンプ」と「生物ポンプ」と呼ばれる2種類の炭素循環が重要な役割をはたしている。生物ポンプにおいては、表層でCO2を吸収・固定した植物プランクトンの死骸の沈降が最も大きく、その次に動物プランクトンの年周鉛直移動も含めた糞の沈降が知られている。しかし、それだけでは海洋内部の炭素循環の収支が合わず、これら以外にも生物ポンプに寄与する炭素循環の経路があると考えられている。

世界の沿岸域には、藻場と総称される海産大型植物(海藻・海草)の群落が広く分布し、そこでは活発に炭素固定が行なわれている。藻場は、単位面積当たりで熱帯雨林に匹敵する一次生産量を有し、海洋におけるCO2吸収源として機能している。海産大型植物は毎年、成熟期に繁茂し、その後、沿岸の海底から脱落する。そして、海岸へ打ち上げられたり現場で枯死する個体もあるが、ほとんどの個体は流れ藻となり沖合へ流出する(図1)。しかし、それら流れ藻の沖合に流出した後の過程についての研究は少なく、実態は明らかになっていない。もし流れ藻が海洋中深層の海底に堆積した場合、それらに含まれる炭素は、再び海面へ戻るまでのおよそ数百年以上もの間、大気から隔離されることになる。しかしながら、これまで深海に堆積した海産大型植物の研究は、沖合数kmまでの海底谷の谷筋など堆積物が集積しやすい凹状地形を対象にした調査しかなく、知見は限定的であった。

藻場から毎年大量に流出する流れ藻が、海洋中深層の平坦な海底にも広く堆積しているのかどうか、堆積しているのであればその量と分布を明らかにすることで、流れ藻の沿岸から深海底への輸送ルートが解明できれば、炭素循環の上で藻場が大気中のCO2を除去する海洋の生物ポンプに果たす役割の理解に貢献でき、今後の地球温暖化対策に資すると考えられる。

[研究内容]
国立研究開発法人水産研究・教育機構の東北区水産研究所は、毎年、4月(春)、6-7月(夏)、10-11月(秋)に、東北地方太平洋沖に分布する底魚の資源量評価のための海底トロール調査を実施している。本研究では、2008-2010年の底深40-1800mにかけて行われた同調査において、海底トロール網の採集物を調べた(図2)。その結果、岸から数十kmも離れた沖合の平坦な海底上において多様な海産大型植物が広く堆積していることを発見した。その堆積量には明瞭な季節変化が見られ、春と夏には褐藻のホンダワラ類が、秋には海草が増加した。この堆積量の季節的な変化は、同種が沿岸において成熟し流れ藻となって沖合へ流出する時期と一致しており、沖合の海底へ毎年継続的に供給されていることを示唆していた。このことは、海底から採取したサンプルの腐敗度合いが季節的に変化する様子からも裏付けられた(図3)。

堆積量において最も優占したホンダワラ類のアカモクに着目し、数値シミュレーションを用いてその起源藻場と輸送経路を探った。本研究で開発した流れ藻の粒子追跡モデルに、海洋表層の流れ場として国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)地球シミュレータで計算された高解像度海洋大循環モデルOFESの流速データを与え、東北地方太平洋沖で採集したアカモクの起源藻場を調べた。その結果、太平洋沿岸の起源藻場と、そこからの流れ藻の流出時期が推定された。さらに、推定された起源藻場からアカモクに見立てた粒子を放流し、沖合への流出経路を調べた。その結果、黒潮続流のフロントに沿って粒子が輸送され、その海底には潜在的に多くの流れ藻が堆積すると考えられた(図4)。また、日本全域のアカモク藻場の分布から粒子を放流するシミュレーションを実施し、アカモク流れ藻の沈降する海域を求めた。その結果、日本の周辺海域では特に東北地方太平洋沖において流れ藻が沖合へ輸送される可能性が高く、その沖合への長距離輸送には黒潮続流が大きく関与していることが示された(図4)。

[社会的意義・今後の予定]
本研究は、日本の沖合において海産大型植物が海底に広く堆積していること、さらに、毎年継続的に供給されていることを明らかにした。日本全国の藻場分布ではホンダワラ類で構成されるガラモ場が最大の面積を占めている。日本沖合の海底においても量的に優占したホンダワラ類は、他の海産大型植物に比べて多量の有機炭素を深海底に供給しており、これは同種が沿岸の有光層から沖合の深海底への重要な炭素輸送の担い手であることを示唆している。特に東北地方太平洋沖では、黒潮続流のフロントに沿って流れ藻が輸送され、本研究の調査海域よりもさらに炭素貯留効果の高い大深度の海底においても堆積している可能性がある。深海への炭素貯留を行う流れ藻の役割とその地球温暖化防止への寄与度を明らかにするためには、本研究の調査海域よりも深い海底を対象に、平坦な海底から海底谷にまたがる海産大型植物の堆積状況をさらに広範囲に調査していく必要がある。

発表雑誌

雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Revealing the deposition of macrophytes transported offshore: Evidence of their long-distance dispersal and seasonal aggregation to the deep sea
著者:Yutaka Kokubu*, Eva Rothäusler, Jean-Baptiste Filippi, Eric D. H. Durieux & Teruhisa Komatsu
DOI番号:10.1038/s41598-019-39982-w

問い合わせ先

東京都環境科学研究所 環境資源研究科
研究員 國分 優孝(こくぶ ゆたか)
E-mail:kokubu-ytokyokankyo.jp     ※「◎」は「@」に変換して下さい。

添付資料

図1.調査海域の東北地方太平洋沖の海面を漂流する直径およそ5mの流れ藻。

図2.(a)調査海域表層の主な海流。既往研究による流れ藻の分布域を点で示す。(b)東北地方太平洋沖の海底トロール調査地点。

図3.海底から採取された海産大型植物とその腐敗の状態。(a)(b)春季と夏季の調査において新鮮な状態で採取されたホンダワラ類の例。(c)秋季調査において腐敗した状態で採取されたホンダワラ類の例。(d)春季調査において新鮮な状態で採取された海草の例。(e)夏季と秋季調査において腐敗した状態で採取された海草の例。(f)突発的に大きな塊で採取されたコンブ類の例。

図4.粒子追跡シミュレーションで推定されたホンダワラ類アカモク流れ藻の沖合への輸送。

プレスリリース