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イカの雌は腕の中で受精を秘かに操る 〜貯蔵精子を用いた受精過程を世界で初めて解明〜

2019年1月21日

東京大学大気海洋研究所

発表のポイント 

◆交尾後に雌の体内に貯蔵された精子と卵が受精する過程は、通常体内で起こるため直接観察ができないが、世界最小のイカ「ヒメイカ」を用いて透明な水槽のガラス面に産卵させることで、受精プロセスを世界で初めて詳細に観察することに成功しました。
◆海草に卵を産み付ける過程で、卵を包むゼリー層にある通り道に雌が貯蔵していた精子を直接注入することで、効率的に受精させていることを発見しました。
◆子孫を残す過程で最も重要な受精において、雌が能動的な役割を果たすことを明らかにし、秘かに精子の使用を操作している可能性を示しました。このような受精過程で生じる雌雄の利害の対立を明らかにしていくことで、多様な繁殖システムの理解に役立つと考えられます。

発表者

岩田 容子(東京大学大気海洋研究所 海洋生物資源部門 准教授)
佐藤 成祥(島根大学生物資源科学部 特任准教授)
広橋 教貴(島根大学生物資源科学部 教授)
春日井 隆(名古屋港水族館)
渡邊 良朗(東京大学大気海洋研究所 名誉教授)
藤原 英史(株式会社ドキュメンタリーチャンネル)

発表概要

昆虫から哺乳類まで、多くの動物は交尾を行い、雄から渡された精子を雌の体内に貯蔵します。しかし、通常受精は雌の体内で起こるため、受精の過程を直接観察することはできず、「貯蔵された精子がいつどのように放出され、卵と受精するのか?」という大きな謎がありました。東京大学大気海洋研究所の岩田容子准教授と島根大学、名古屋港水族館、(株)ドキュメンタリーチャンネルの共同研究チームは、世界で最も小さなイカ、ヒメイカを用いて、他の動物では直接観察できない貯蔵精子を用いた受精の過程を、詳細に観察・撮影することに世界で初めて成功しました。ヒメイカは腕の付け根に精子貯蔵器官を持ち、産卵時に体外受精を行いますが、受精が生じる場所は腕に隠れて見えません。そこで、透明な水槽のガラス面に産卵させることにより、ガラス越しに腕の中を観察しました。また卵を包むゼリー層の中に分布する精子の核を染色することにより、ゼリー層には煙突状に突き抜けた卵の通り道があること、その通り道の入り口に雌が貯精器官から精子を直接注入することにより、海水中で体外受精を行うにも関わらず、非常に限られた数の精子で効率的に卵を受精させていることを明らかにしました。本研究は、貯蔵精子を用いた受精が雌の強いコントロール下で行われていることを明らかにすると共に、雌が放出する精子の量や質を調節することにより、交尾後に子の父親を選ぶ可能性を示唆するものです。

発表内容

卵と精子がどこでどのように出会い受精するのか、という問いは生物学における本質的課題の一つと言えます。交尾後に雌の体内に蓄えられた精子がたどる受精プロセスは、”精子間競争”(注1)や”雌の隠れた選択”(注2)に直接関係するため、繁殖システムの進化を理解する上で非常に重要です。しかし、通常交尾する種において、雌の貯精器官は輸卵管と連結した体内にあり、受精は雌の体内という隠れた場所で起こるため、直接観察することは出来ません。

そこで本研究チームは、ヒメイカという種に着目しました。ヒメイカは海草であるアマモが生える浅い沿岸に生息する世界最小のイカであり、卵もアマモに産み付けます。ヒメイカの雌は交接(注3)によって雄から受け取った精子を、腕の付け根という輸卵管から独立した場所にある精子貯蔵器官に蓄えます。しかし、体外受精を行うヒメイカにおいても、産卵の際に受精が起こると考えられる腕の中は、観察することができません。

研究チームは、まず産卵行動を詳しく観察しました。始めに雌は腹側に曲げた腕のなかに漏斗をいれ、漏斗から吐出される卵を包むためのゼリーを腕の中に受け取っていました。そのあと産卵された卵が漏斗を通過するのが観察され、卵が腕の中に入ると直ぐに、雌は卵を産卵基質(アマモ)に、強く押し付ける行動をしました。一つの卵を産む、その一連の動作は、およそ1分。雌はこの動作を繰り返し、数十〜百個程度の卵を数十分〜一時間位かけて、ひとつずつ産みつけます。その産卵行動のどこかのタイミングで、貯精器官に貯蔵していた精子が使われているはずです。しかし、卵や貯精器官は腕の中に隠れてしまうため、いつどのように精子が貯蔵期間から放出されているのか、知ることはできませんでした。

その手がかりを探るため、産卵直後の卵を詳しく観察してみると、卵は一卵ずつ何重ものゼリー層に包まれ、そのゼリー層の中央には煙突状に突き抜けた通り道のような構造があることが明らかとなりました。これは、産卵の際、腕の中に受け取ったゼリーで卵を包む時にできた卵の通り道と考えられます。このゼリー層のどこに精子が分布しているかを調べることで、精子放出のタイミングを知るヒントになるのではないかと考え、卵を包むゼリー全体に対し細胞核の染色をしました。その結果、ほとんどの精子がゼリー層の通り道周辺に分布していました。このことから、貯精器官からの精子の放出は卵がゼリーに包まれた後であることがわかりました。また、すべての卵が正常に受精しているにもかかわらず、一つの卵の受精に使われている精子の数は極めて少なく、一つの卵の周辺には平均134個、最小では11個の精子しか見られませんでした。

そこで、アマモの代わりに透明なガラス水槽の外側にアマモに見立てた擬似アマモ(ビニルテープ)を貼り付け、ガラス面に産卵を誘導し、雌が擬似アマモ(水槽の内側)に産卵を始めた後にそっと擬似アマモをはがすことにより、産卵中の腕の中の様子を水槽のガラス越しに高解像度(4K)で超近接撮影することに成功しました。その結果、雌は腕に抱えた卵を産卵基質に付着させる時に、腕の付け根にある貯精器官を卵の中央(ゼリー層の通り道のある場所)へ押し付け、精子を直接ゼリー層内へ注入していることが明らかとなりました。海水中という精子が拡散するリスクが高い環境でも、雌の一つずつの卵に対して精子を注入する行動と、ゼリー層に通り道を持つという卵の特徴によって、精子は卵にたどり着きやすくなり、非常に少ない数の精子で効率的に卵を受精させていると考えられます。

今回の観察では、雌は10数個の精子でも卵を受精できるにも関わらず、600個近い精子を使う例も観察されました。ヒメイカは雌雄で決まったペアを作らず、また、雄は雌への求愛行動を行わず、一方的に交接を行うため、雌が交接の前に雄を選ぶことは困難です。しかし、雌が貯蔵している精子の放出をコントロールできるなら、貯蔵している精子をこっそりと無駄使いする、もしくは捨てることにより、次の産卵の前に貯蔵精子を新たに交接する雄の精子と入れ替えることで自分の子の父親を選ぶことができ、また、複数の父親の精子を用いることで、遺伝的に多様な子を残すことができるかもしれません。これまでに、ヒメイカの雌は雄によって体に付けられた精子塊を貯精器官に貯蔵する前に捨ててしまうという“雌の隠れた選択”を行うことが知られていましたが、本研究により、一旦精子を貯蔵した後にも、さらに選択を行う可能性が提示されました。

本研究結果は、貯蔵精子を受精に用いる過程において雌が積極的な役割を果たしていることを明らかにしました。ヒメイカのように交尾前に雌による雄選びが発達していない種では、雌による受精のコントロールが、雌雄双方にとって子孫を残すために重要な意味をもつと考えられます。今後、一連の受精過程で生じる雌雄の利害の対立を明らかにしていくことで、多様な繁殖システムの理解に役立つと考えられます。

発表雑誌

雑誌名:Current Biology(オンライン版:2019年1月21日付)
論文タイトル:How female squid inseminate their eggs with stored sperm
著者:Yoko Iwata*, Noriyosi Sato, Noritaka Hirohashi, Takashi Kasugai, Yoshiro Watanabe, and Eiji Fujiwara
DOI番号:https://doi.org/10.1016/j.cub.2018.12.010このリンクは別ウィンドウで開きます
アブストラクトURL:https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(18)31611-7このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋生物資源部門
准教授 岩田 容子(いわた ようこ)
E-mail:iwayou◎aori.u-tokyo.ac.jp     ※「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

注1:精子間競争
雌が複数の雄と交尾することによって生じる、交尾後に卵の受精をめぐる精子同士の競争のこと。
注2:雌の隠れた選択
雌が交尾前に雄を選ぶ配偶者選択に対し、複数の雄との交尾後にどの雄の精子で子孫を残すかを、直接的・間接的に選択すること。
注3:交接
イカ類の繁殖行動は交尾ではなく交接と呼ばれ、雄が交接腕という精莢(精子が詰まったカプセル)の受け渡しのために特殊化した腕を使って、雌の体表面に精莢を付着させることによって行われる。ヒメイカの場合、雄は雌の頭部周辺に精莢を付着させる。

添付資料

図1. アマモに産んだ卵を付着させるヒメイカの雌

図2. ヒメイカの卵。(A)横から見ると、何層ものゼリーが卵を包んだ玉ねぎのような構造をしており、中央が通り道のように抜けている(黄色矢印)。(B)同じ卵をヘキストという細胞の核を染める試薬で染色したもの。ほとんどの精子が、卵ゼリー層の上部の、ゼリー中央の通り道周辺に分布している。

図3. 手前ガラス面に卵を産みつける際のヒメイカ雌の腕の中の様子。腕の付け根にある貯精器官(青矢印)を卵の中央に当たるように押し付ける。

プレスリリース