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エルニーニョ・南方振動が潮汐18.6年周期振動と連動している証拠を発見

2018年10月12日

安田 一郎(東京大学大気海洋研究所 教授)

プレスリリース

発表のポイント

◆不規則に数年の間隔で生じ、1年以上先の予測が困難であったエルニーニョ・南方振動(ENSO:注1)の発生が、月の公転軌道の18.6年周期で生じる潮汐(注2注3)の変動と連動しており、日周潮汐が極大となる年を0年目として、1、10、13年目にエルニーニョ、3、12、16年目にラ・ニーニャが起きやすい傾向があることを発見しました。
◆ENSOと18.6年周期潮汐振動との関係を世界で初めて明らかにしました。これまでENSOと18.6年潮汐振動の間には、日周潮汐振幅が極小となる時期に強いエルニーニョが起きる、という研究がありましたが、統計的に有意な結果ではありませんでした。
◆ENSOはテレコネクションを通じて全球規模の気候変動に大きな影響を与え、人間社会への影響も大きい現象です。本研究は、ENSOと18.6年潮汐振動の間の関係を明らかにしたことにより、長期のENSOの予測に寄与することが期待されます。

発表概要

エルニーニョ・南方振動(El-Niño and Southern Oscillation: 今後ENSOと略)は、太平洋赤道・熱帯域で発生する現象ですが、その影響は全球に及び、社会に対する影響も大きいため、これまで多くの研究がなされてきました。一方、1年を超える長期予測は難しいのが現状です。本研究では、月の公転軌道面が18.6年周期で変動することに起因する1日・半日周期の海洋潮汐の振幅が18.6年周期で変動することに対応して、エルニーニョやラニーニャが起きやすい潮汐年があることを発見し、潮汐18.6年振動とENSOの関係を初めて示しました。1日周期の潮汐振幅が極大となる年を0年としたとき、エルニーニョは1、10、13年目、ラニーニャが3、12、16年目に起きやすい傾向が見られました。原因については今後の課題ですが、潮汐が強いインドネシア海域における8月の海面水温が18.6年周期で長周期変動しており、インドネシアでの潮汐変動から発生する18.6年の1/5周期である3.7年周期変動が関係している可能性が推測されました。

発表内容

エルニーニョ・南方振動(El-Niño and Southern Oscillation: 今後ENSOと略)は、太平洋赤道・熱帯域において、東風が弱まり東部赤道太平洋の水温が上昇するエルニーニョ(図1A)と、その反対に東風が強まり東部太平洋の水温が低下するラニーニャ(図1C)が、数年の間隔で発生する現象です。エルニーニョやラニーニャが発生するとその影響は全球に及ぶため、正確かつ長期の予測が望まれています。エルニーニョやラニーニャは、北半球の秋から冬にかけて発達し、12-2月に成熟期を迎えるという季節性があり、この季節性を利用した予測は現在でもなされています。一方、ENSOは4-5月に切り替えが起き、4月を超えると2月までとの関係がほとんど無くなるという性質が知られています。このため1年を超える長期予測は現在でも難しく、これまでENSOは不規則な現象で長期予測は不可能であると考えられていました。

本研究では、月の公転軌道の地球赤道面に対する角度が18.6年周期で変動することに伴う潮汐変動(図2)と、エルニーニョやラニーニャの発生の間に、ある規則的な関係があることを発見し、その関係が統計的に有意であることを示しました。まず、ENSOの指標として利用されているエルニーニョ監視海域の12-2月の水温偏差(NINO3.4: 5ºS-5ºN 170ºW-120ºW, NINO1+2: 0-10ºS 90ºW-80ºW)やダーウインとタヒチの海面気圧差を指標とする南方振動指数(Southern Oscillation Index: SOI)の1867-2015年のデータを、潮汐18.6年周期における日周潮汐極大年を基準(0年目)とした各潮汐年で平均したところ、平均値がその信頼区間を超えて、潮汐年が1、10、13年目にエルニーニョ傾向、3、12、16年目にラニーニャ傾向を示すことが明らかになりました(図3ABC:用いた3指標では、これら6潮汐年から3-4潮汐年での平均が有意となりました)。これらの潮汐年で平均的にエルニーニョやラニーニャが発生していることは、水温や気圧の水平分布パターン(図14)からも確認できました。

一方、これら148年のデータから得られた3-4潮汐年でのENSOと18.6年潮汐振動との関係は、ENSOがランダムに生じていると仮定した場合でも10%以上の確率で出現するため、ENSOが潮汐と関係しているとは断定できません。そこで本研究では、木の年輪幅などから1706年まで遡って得られた約300年のSOIのデータを用いることにより、これらの6潮汐年にエルニーニョやラニーニャが発生する傾向があることを明らかにしました(図3D)。この長期のデータにおいて6潮汐年でENSOと18.6年振動に関係があることは、ランダムなデータからは1%以下の確率でしか出現しません。このことから、ENSOは完全には不規則(ランダム)に発生するのではなく、潮汐18.6年周期と関係があることが証明されました。

18.6年周期という長い周期とENSOの数年スケールがどのように結びつくのか、その物理機構の解明は今後の課題ですが、18.6年周期の1/5周期である3.7年周期が関与していることが推測されます(図3Dの青線が5つの極大と極小を示す)。また、18.6年周期がどのようにENSOに影響するかについては、潮汐が大きな振幅を持つインドネシア海域の8月の海面水温に18.6年周期が現れている(図5)ことから、インドネシア海域での18.6年潮汐振動が海洋鉛直混合(注4)の変動を通じて水温を変え、それが大気に影響することでENSOに影響している、という過程が関与している可能性が考えられます。

1997/1998年や2015/2016年の強いエルニーニョは10潮汐年に当たっています。本研究で使ったデータ範囲外の、2015/2016年のエルニーニョ、12潮汐年にあたる2017/2018年のラニーニャは、本研究の予測にあっています。ENSOはテレコネクションを通じて全球規模の気候変動に大きな影響を与えます。降水量や気温の変動を通した農作物や疫病など人間社会への影響も大きく、これまでも多くの研究がなされてきました。表1に示されるように、本研究のENSOと18.6年潮汐振動の間の関係では予測できない場合もありますが、本研究は長期のENSOの予測に寄与することが期待されます。

本研究は、現在進行中の科学研究費補助金・新学術領域研究「海洋混合学の創設:物質循環・気候・生態系の維持と長周期変動の解明(H27-31年度、研究代表者:安田一郎)(http://omix.aori.u-tokyo.ac.jpこのリンクは別ウィンドウで開きます)」の一環として行われました。

発表雑誌

雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Impact of the astronomical lunar 18.6-yr tidal cycle on El-Niño and Southern Oscillation
著者:*Ichiro Yasuda
DOI番号:10.1038/s41598-018-33526-4
アブストラクトURL:http://www.nature.com/articles/s41598-018-33526-4このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所
教授 安田 一郎(やすだ いちろう)
E-mail:ichiro◎aori.u-tokyo.ac.jp   ※アドレスの「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

注1:エルニーニョ・南方振動ENSO(El-Niño and Southern Oscillation)
太平洋熱帯赤道域において、海と大気が連動して生じる変動現象。東風が弱まり東部赤道太平洋の水温が上昇するエルニーニョと、その反対に東風が強まり東部太平洋の水温が低下するラニーニャが、数年の間隔で発生する。
注2:潮汐
月や太陽などの天体が、地球表面の天体側と反対側で地球の表面を引っ張り、海面が上昇する現象。地球の自転により1日2回満ち引きが起きるのが半日周潮、月の公転軌道面が地球の赤道面に対して平均23.4度傾いていることで、1日に1回潮の満ち引きが起きるのが日周潮。
注3:潮汐18.6年振動
月の公転軌道面と地球の赤道面のなす角度が振幅5度で18.6年周期で変動することで、月の軌道が地球の極側になった時日周潮が強く半日周潮が弱くなり、赤道側になった時日周潮が弱く半日周潮が強くなる現象。日周潮振幅は19%、半日周潮振幅は4%変動する。
注4:海洋鉛直混合
海水が上下に混ざる過程。潮流等の海流が海底の凹凸にぶつかることで発生した波が砕け、渦となることで生じる。熱や栄養塩などの上下の輸送に寄与する。鉛直混合(上下混合)は下層にある低温の海水を上に持ち上げるため、表層水温を下げる効果がある。

添付資料

図1 12-2月(ENSO成熟期)における(右)海面水温偏差(単位ºC)と海面気圧偏差(単位hPa)の潮汐年で平均した水平分布。上段:日周潮汐極大年(0年)から10年目(エルニーニョ傾向)、中段:3年目(ラニーニャ傾向)、下段:16年目(ラニーニャ傾向)。黒等値線は95%信頼区間を表し、囲われた領域の平均値は統計的に有意な領域とみなされる。

図2 潮汐18.6年振動の模式図。月の地球に対する公転軌道は、地球の赤道面に対して平均23.4度傾いているが、18.6年周期振幅5度で、18.4から28.4度の間で変動する。この変動に対応して、1日周期の潮汐振幅が最大約20%、半日周期の振幅が約4%変動する。

図3 日周潮汐極大年を0年目とした時の各潮汐年での、12-2月におけるENSO指標の平均値(太黒線)とその信頼区間(破線)。赤丸は有意なエルニーニョ傾向、青丸[東京大学1] は有意なラニーニャ傾向を示す。(A)エルニーニョ監視海域NINO3.4海面水温偏差(単位ºC)、(B)南方振動指数SOI、(C)エルニーニョ監視海域ペルー沖NINO1+2海面水温偏差(単位ºC)、(D)1706年まで木の年輪などのデータで遡ったSOI、(D)における青線は1706-1977での木の年輪からのデータを用いた場合の平均。

図4 12-2月(ENSO成熟期)における(右)海面水温偏差(単位ºC)と海面気圧偏差(単位hPa)の潮汐年で平均した水平分布。上段:日周潮汐極大年(0年)から1年目(エルニーニョ傾向)、中段:12年目(ラニーニャ傾向)、下段:13年目(エルニーニョ傾向)。黒等値線は95%信頼区間を表し、囲われた領域の平均値は統計的に有意な領域とみなされる。

図5 8月インドネシア海域(110-130ºE,16ºS-0º)において1910-2015年の期間の水温トレンドを除いた海面水温偏差(黒線、単位ºC)の変動。赤線は5年移動平均、青線は日周潮汐18.6年周期変動を+5年ずらしたもの。日周潮汐極大は、インドネシア海域で卓越する半日周期極小にあたり、潮汐による混合が弱まり、水温を高めると推測される。

表1 潮汐年とエルニーニョ、ラニーニャが起きた年(1-2月の西暦年)の対応表。1706-2015年での12-2月南方振動指標SOIに基づく。SOI<-0.79 (SOI>0.79)である明確なエルニーニョ(明確なラニーニャ)年を濃い橙色(青色)で示し、-0.79<SOI<-0.16 (0.16<SOI<0.79)である弱いエルニーニョ(弱いラニーニャ)年を薄い橙色(青色)で示した。補足資料(Supplementary Information)における資料から。

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