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海洋鉛直混合の観測を大きく増やせる高速水温計を用いた乱流観測手法の開発

2018年2月2日

後藤恭敬(東京大学大気海洋研究所・大学院理学系研究科博士課程3年生)
安田一郎(東京大学大気海洋研究所教授)
長澤真樹(東京大学大気海洋研究所技術専門職員)

発表のポイント

◆特殊な装置でしか観測ができなかった海洋の乱流鉛直混合強度を、通常の海洋観測で使われている水温塩分深度(CTD・注1)観測システムに取り付けた高速水温計(注2)によって求める手法を開発した。
◆数cmスケールの微小な変動から求める乱流鉛直混合強度を測定するには、自由落下する特殊な観測が必要とされてきたが、ワイヤー吊下型水温計観測で実施可能であることを示した。
◆日本が誇る海洋観測網に本手法を適用し、鉛直混合の観測が広く行われることで、混合の実態が明らかとなり、海洋循環や栄養塩供給過程の解明に寄与することが期待される。

発表概要

海水を上下に混ぜる海洋鉛直混合(注3)は、海洋で上下方向の輸送を担う重要な過程です。熱を下方へ運び海洋循環や気候へ影響し、栄養塩を表層に運んで生物生産や炭酸ガス吸収に貢献します。一方、鉛直混合はこれまで観測が難しかったために、その分布や変動の実態はわかっておらず、気候や海洋生態系等地球科学の大きな課題となっています。鉛直混合強度は数cmという微小な海中の流速変動の測定から求めるため、観測機器自身の振動を最小限に抑えた自由降下する機器を用いて観測することが必要でした。この観測には特殊な装置・技術と時間が必要なため、現在でも観測は数えるばかりです。

本研究は、これまでの観測手法の常識を覆し、普通の海洋観測で使われるCTD観測のフレームに、振動の影響を受けにくい高速で水温を測定する機器を取り付け、水温の微小変動を測定することで、鉛直混合強度を求めることに成功しました。CTDは船上のウインチと鉄製のケーブルでつながれ、船の揺れが直接CTDに伝わります。船の揺れが大きい場合には、CTDフレームから発生する擾乱が測定されてしまい観測を乱すことが、CTD取り付け型の観測では生じます。本研究では、このような擾乱によって発生する悪質なデータを、CTDの深度データから求めることができる降下速度Wを用い、Wsd>0.02W-0.06(Wの標準偏差Wsd)という基準を用いて、除去できることを明らかにしました。

本観測手法は多様な海洋観測に併せた実施が可能なため、今後さまざまな観測機会で多数のデータが収集され、その結果鉛直混合の実態の解明が進み、海洋の鉛直循環や海洋生態系への栄養塩供給、物質循環の研究に貢献することが期待されます。

発表内容

研究の背景
海洋の鉛直混合は熱や物質の上下方向の輸送に関わる重要な過程であり、海洋循環や物質循環を司る重要な過程です。しかし、鉛直混合の実態は現在でも謎であり、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)などの地球温暖化予測に用いられている気候モデルにも反映されていません。一方、鉛直混合は、海洋中で4桁もの時空間変化があることが数少ない観測から知られており、鉛直混合の分布や変動の実態を知ることが喫緊の課題となっています。鉛直混合強度は、数cmという微小な海中の流速変動の測定で求められています。このような微小な流速変動の観測は、観測機器の微小な揺れによって乱されるため、自由降下型の振動を最小限に抑えた観測が必要でした。このような自由降下型観測は、特殊な機器を用いて熟練者が行う必要があるため、観測は限られ、特に深海に至る観測は現在でも数えるほどしか行われていません。

研究内容
本研究は、これまでの鉛直混合観測の常識を覆し、普通の海洋観測で使われるCTD(水温塩分深度)観測装置のフレーム(図1左)に、高速で水温を測定する機器(図1中右)を取り付け、水温の微小変動を測定することで、鉛直混合強度を求めることに成功しました。CTDは船上のウインチと鉄製のケーブルでつながれ、船の揺れが直接CTDに伝わります。CTD取り付け型の観測では、船の揺れが大きい場合、CTDフレームから発生する擾乱が測定され、観測が乱されてしまいます。本研究では、このような擾乱によって発生する悪質なデータの除去方法を、CTD取り付け型観測と同地点で、ほぼ同時(2時間以内)に測定した従来から行われている信頼できる自由降下型の観測との、100点に及ぶ多数の観測点での比較によって明らかにしました。CTDの深度データから求めることができる降下速度Wを用い、CTDフレームの降下速度Wが遅く、変動(Wの標準偏差Wsd)が大きいデータを、Wsd>0.02W-0.06という基準で除去します。この手法により、鉛直混合強度の指標の一つである乱流エネルギー散逸率(注4)εで10-10<ε<10-8W/kg、別な指標である乱流水温消散率(注5)χで10-10<χ<10-7°C2/sの範囲で、鉛直混合強度を求めることが可能であることを明らかにしました(図2)。

社会的意義
本観測手法は、多様な目的で行われる海洋観測で、複数の観測項目と同時に実施できるため、様々な観測機会を活かして、多数の鉛直混合の観測データを得ることが可能になります。実際、気象庁や海洋研究開発機構の調査船のCTDに取り付けた高速水温計(注2)によって海底に至る太平洋を横切る鉛直混合の観測データが得られつつあります。これらの観測データを用いることで、鉛直混合の実態の解明が大きく進み、海洋の鉛直循環や海洋生態系への栄養塩供給・物質循環の研究が進むことが期待されます。現在進行中の科学研究費補助金・新学術領域研究「海洋混合学の創設:物質循環・気候・生態系の維持と長周期変動の解明(H27-31年度、研究代表者:安田一郎)(http://omix.aori.u-tokyo.ac.jpこのリンクは別ウィンドウで開きます)」では、日本が誇るCTD観測網に高速水温計を取り付け、鉛直混合の観測データ収集とそれらを用いた海洋循環・物質循環の研究が進められています。

発表雑誌

雑誌名:「Journal of Atmospheric and Oceanic Technology」
論文タイトル:Comparison of turbulence intensity from CTD-attached and free-fall microstructure profilers
著者:*Yasutaka Goto, Ichiro Yasuda, and Maki Nagasawa
DOI番号:10.1175/JTECH-D-17-0069.1
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1175/JTECH-D-17-0069.1このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所
教授 安田 一郎(やすだ いちろう)
メールアドレス:ichiroaori.u-tokyo.ac.jp     ※「◎」は「@」に変換してください

用語解説

(注1)CTD
海水の水温・塩分・深度を測定する観測する装置。図1左に示されるように、フレームに取り付け、採水ボトルでの海水の採集などと同時に、水温塩分深度を測定する。
(注2)高速水温計
7ミリ秒という応答時間で水温を測定する高速サーミスタセンサ(図1右の筒の先端部)。海水中の水温の微小変動を捉えることで、鉛直混合強度を測定する。
(注3)海洋鉛直混合
海水が上下に混ざる過程。潮流等の海流が海底の凹凸にぶつかることで発生した波が砕け、渦となることで生じる。熱や栄養塩などの上下の輸送に寄与する。
(注4)乱流エネルギー散逸率
海中での微小な渦に伴う運動エネルギーが分子粘性によって失われる量を表す。
(注5)乱流水温消散率
海中での微小な渦に伴い水温変動が、水温分子拡散によって消失する量を表す。

添付資料

図1 左:観測船から吊り下げられるCTD(水温塩分深度)観測フレーム、中:CTDフレームに取り付けられた先端に高速水温計を装備した観測機器、右:フレーム底付近に取り付けられた高速水温計

図2 乱流エネルギー散逸率ε(対数表示)を乱流観測専用の自由落下型VMP観測(横軸)とCTD取り付け型MR観測(縦軸:本研究成果)で比較した散布図。点の色は、降下速度を表す。左図は降下速度Wでの制限をしない場合、右図は、降下速度の標準偏差Wsd>0.02W-0.06のデータを除去した場合の比較。

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