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92歳の長生き貝、津波を生き延びていた! 〜日本最長寿の二枚貝殻が明らかにする地球環境変動〜

2017年11月27日

白井厚太朗(東京大学 大気海洋研究所 助教)
杉原奈央子(東京大学 大気海洋研究所 学術支援職員)
清家 弘治(東京大学 大気海洋研究所 助教)
窪田 薫(海洋研究開発機構 高知コア研究所 学術振興会特別研究員PD)
箱崎 真隆(国立歴史民俗博物館 研究部 特任助教)
棚部 一成(東京大学 地球惑星科学専攻 名誉教授)

発表のポイント

◆岩手県大槌町から採取したビノスガイは、2011年の東北地方太平洋沖地震による津波だけでなく、1960年のチリ津波も含め2度の大津波を生き延びてきた、92歳という長寿命の二枚貝であった。
◆ビノスガイの貝がらの年間成長量は大西洋数十年規模変動(注1)と似た変動パターンを示すなど、日本周辺海域の過去数百年にわたる気候変動を復元できる方法を確立した。
◆今後日本周辺のさまざまな海域のビノスガイを調べることで、長周期の気候変動や水産資源の変動のメカニズムをより深く理解できる。

発表概要

気候変動メカニズムの理解や人為起源の地球温暖化影響を正しく評価するためには、数年から数十年規模の周期的気候変動を評価することが重要である。しかし、高緯度海域における観測記録や高解像度古環境データが著しく不足していることが、長周期気候変動メカニズムの理解の妨げになっていた。

東京大学大気海洋研究所の白井厚太朗助教を中心とした合同チームは、岩手県大槌町の船越湾などから採取した「ビノスガイ」の貝がらの年齢を調べ、ビノスガイが日本最長寿の海産二枚貝であることを明らかにした。また、貝がらの過去75年間の一年ごとの年間成長量が大西洋の長周期気候変動と類似したパターンを示すことを明らかにした。今後、より多くのビノスガイの殻を解析する事で過去数百年にわたる古環境記録を復元できれば、長周期気候変動や水産資源変動のメカニズム解明に大いに役立つと期待できる。また、そうした過去の環境を精度良く復元することで、地球温暖化予測に用いられる気候モデルの精度検証にも役立ち、将来予測の精度向上にも貢献する。

発表内容

地球の気候は様々な周期で変動している。特に、太平洋においては数十年規模の周期で自然変動していることが知られているが(例えば太平洋十年規模変動(注2))、地球温暖化によってどのように変動特性が変化するかを理解することの重要性は大きい。また、北西太平洋は世界でも有数の豊かな漁場であるが、その漁業資源は太平洋十年規模変動などの気候変動に応答して大きく変動することが知られており、水産資源の変動メカニズムの理解と持続的な資源利用という観点からも重要である。しかし、観測機器による気温などの環境記録は古くても1850年代以降に限られており、さらに海洋の観測データは1910年以降存在するものの広域で観測されているのは1950年以降に限られているという問題がある。観測記録の無い時代の環境を調べる方法として、樹木年輪など環境を記録する「古環境指標(注3)」の解析により過去の環境を明らかにする手法がある。しかし、高解像度かつ高緯度海域の古環境指標が無いことが、長周期気候変動のメカニズムの理解が進まない要因の一つとなっていた。

東京大学大気海洋研究所の白井厚太朗助教、清家弘治助教、杉原奈央子学術支援職員と、海洋研究開発機構の窪田薫研究員、国立歴史民俗博物館の箱崎真隆特任助教、東京大学地球惑星科学専攻の棚部一成名誉教授らの研究グループは、日本沿岸に生息する大型二枚貝「ビノスガイ」(図1)に着目し、その貝がらの古環境指標としての有用性を検証した。二枚貝の仲間の中には百年以上の非常に長寿命な種がいることが知られており、過去の環境を復元する研究に用いられている。例えば、貝殻の年間成長量(一年でどれだけ大きくなるか)は「その年の環境が貝の成長にどれだけ適していたか」という指標となり、過去の年間成長量を調べることで過去の環境変動を明らかにできる。このような手法は樹木年輪で最初に発展したが(樹木年輪年代学)、近年はその解析手法を長寿二枚貝に応用する研究例が飛躍的に増加してきている。しかし、日本周辺海域においては長寿命の二枚貝はこれまで知られておらず、そうした研究が進んでいなかった。

本研究グループは2011年の東北地方太平洋沖地震以降、岩手県大槌町の船越湾において津波が生態系に及ぼした影響を調べる調査を継続的に行っており、一連の調査で大型のビノスガイを数個体発見した。北方の貝は長寿命の傾向があることが本研究グループの予備的な調査でわかっていたため、このビノスガイの年齢査定を行い、古環境指標としての有用性を検証する研究を開始した。

貝の年齢や年間成長速度は、貝がらの表面にあるしま模様を観察するだけではわからない。そのため、まず貝がらを切断し、その切断面を光沢が出るまで研磨し、顕微鏡で観察した。すると、貝がらの断面には周期的なしま模様が見られた(図2)。次に、このしま模様が1年に1本形成される「年輪」であることを確かめる必要がある。本研究グループが以前行った研究では、貝がらが形成された時期の水温に依存して量が変化する「酸素同位体比(注4)」を分析し、目に見えるしまは冬の間に成長が遅くなることで生じる成長停滞線であり、1年に1本の「年輪」であることを確認した(Kubota他、2017、参考文献1)。さらに、年輪の数え間違えが無いかを確認するために、年輪計数により1950年以前に形成されたと判断された部位に、1950年代に行われた核実験由来の放射性炭素(注5)が含まれていないことを確認した。このように、年輪計測に間違いが無いよう化学的な手法も併せて入念に調べ上げた上で、大槌から採取したビノスガイの年齢と年間成長量の変遷を復元した。

その結果、2013年に採取したビノスガイの1個体は92歳であり、2011年の東北地方太平洋沖地震による津波だけでなく、1960年のチリ津波も含め2度の大津波を生き延びてきた長寿個体であったことが明らかになった。本研究グループは北海道紋別から採取したビノスガイについても同様の研究を行っており、そこでは99歳の個体を発見した(Tanabe他、 2017、参考文献2)。信頼性の高い手法で日本周辺海域の二枚貝の寿命を調べた例の中では、ビノスガイは日本で一番の長寿命の種であると言える。

また、大槌のビノスガイの年間成長量は1955年頃に低下し、その後1970年から1980年にかけて上昇した後、2000年頃まで低下し、2000年以降は横ばいもしくは微増する、という約40〜50年周期のパターンを示した(図3、成長量の変化パターン)。樹木年輪で用いられる手法を応用して環境変動の影響を抽出して調べたところ、興味深いことに、太平洋で採取した貝にもかかわらず、太平洋十年規模変動よりも、大西洋の長周期気候変動である大西洋数十年規模変動に近いパターンを示した。長周期の気候変動に関しては太平洋と大西洋がリンクしながら変動している可能性を示していると考えられる。

今回の一連の研究は、ビノスガイが日本最長寿の海産二枚貝であり、長期間にわたる環境を記録していることを明らかにした。これまでのところ復元できた環境記録はせいぜい数十年であるが、成長時期の異なる個体(生きた状態で採取した個体の殻と、死んだ個体の殻)について、成長パターンを複数個体で照合し時代を繋ぐことで、環境記録をさらに延伸することが可能となる。この手法をもちいることで、過去数百年にわたる古環境記録の復元できれば、長周期気候変動や水産資源変動のメカニズム解明に大いに役立つと期待できる。

本研究は、文部科学省による科学研究費補助金 新学術領域研究「海洋混合学の創設:物質循環・気候・生態系の維持と長周期変動の解明」、および東北マリンサイエンス拠点形成事業「海洋生態系の調査研究」の助成を受けたものである。

発表雑誌

雑誌名:「Marine Environmental Research」
論文タイトル:Stimpson’s hard clam Mercenaria stimpsoni; a multi-decadal climate recorder for the northwest Pacific coast
著者:Kotaro Shirai*, Kaoru Kubota, Naoko Murakami-Sugihara, Koji Seike, Masataka Hakozaki, Kazushige Tanabe
アブストラクトURL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0141113616301957このリンクは別ウィンドウで開きます

参考文献1
雑誌名:「Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology」
論文タイトル:Annual shell growth pattern of the Stimpson's hard clam Mercenaria stimpsoni as revealed by sclerochronological and oxygen stable isotope measurements.
著者:Kaoru Kubota*, Kotaro Shirai, Naoko Murakami-Sugihara, Koji Seike, Masako Hori, Kazushige Tanabe
DOI番号:10.1016/j.palaeo.2016.05.016
アブストラクトURL:http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0031018216301560このリンクは別ウィンドウで開きます

参考文献2
雑誌名:「Global and Planetary Change」
論文タイトル:Interannual to decadal variability of summer sea surface temperature in the Sea of Okhotsk recorded in the shell growth history of Stimpson's hard clams (Mercenaria stimpsoni).
著者:Kazushige Tanabe*, Toshihiro Mimura, Tsuzumi Miyaji, Kotaro Shirai, Kaoru Kubota, Naoko Murakami-Sugihara, Bernd R Schöne
DOI番号:10.1016/j.gloplacha.2017.08.010
アブストラクトURL:http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0921818117301443このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所
助教 白井 厚太朗(しらい こうたろう)
メールアドレス:kshiraiaori.u-tokyo.ac.jp    ※「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

(注1)大西洋数十年規模変動
北大西洋の表面海水温が数十年の周期で変動する現象。ハリケーン、降水パターン、水産資源量など様々な環境変動との関連性が指摘されている。
(注2)太平洋十年規模変動
太平洋各地で海水温や気圧が約20年の周期で変動する現象。海流や気圧などさまざまな要素が複雑に影響しているが、そのメカニズムは良くわかっていない。水産資源量にも大きな影響を与える可能性が指摘されている。
(注3)古環境指標
過去の環境を記録しているものの総称でさまざまなものがある。よく知られているものとして、樹木の年輪があり、例えば樹木の年輪の幅を調べることで昔の環境変動を明らかにすることができる。一方、海の環境を復元するための古環境指標としては、海洋堆積物(海底に降り積もった泥)や、その中に含まれる有孔虫や珪藻などの微小化石、サンゴ骨格などがある。それらの種類や、その中に含まれる化学組成などを分析することで、過去の様々な環境を明らかにできる。
(注4)酸素同位体比
酸素の中にも、重さが異なるが性質はほとんど変わらない3種類の酸素原子がある。貝がらやサンゴなど炭酸カルシウムができるときには、水温が高いほど重い酸素の量が増えるので、その量を計ることでからができた時の水温がわかる。
(注5)放射性炭素
炭素の中にも同様に、重さが異なるが性質はほとんど変わらない3種類の炭素原子がある。そのうち、一番重い炭素を放射性炭素といい、不安定で放射線を出して窒素に変化し、半分の量に減ってしまう。この放射性炭素は1950年代に行われた核実験により大量に放出されたため、その量を測定することで形成された年代が1950年より前か後かを簡単に判別することが可能である。

添付資料

図1 ビノスガイの写真。写真の貝の横幅は10cmくらい。岩手県大槌町の船越湾で採取されたうちの1つが92歳だとわかった。

図2 ビノスガイの成長線の写真と模式図。10歳頃までは年間成長量が速く、その後急に成長が低下する。1970年以降に年間成長量が増えたのは、環境の変化によるものである。先端部分を顕微鏡でみると、多くの年輪が見られる。

図3 年間成長量とAMO、PDOの変遷。右が採取した2013年で、左に行くほど過去にさかのぼる。一番上のグラフは一年間にどれだけビノスガイの殻が成長するかを対数で表したもの。上に行く程年間成長量が多い、つまり良く成長することを示している。二番目のグラフは、上の年間成長量から、樹木年輪年代学でよく使われる手法を使って、環境の影響だけを抽出したもの。上に行く程、貝の成長に適した環境だったことを示している。三番目のグラフは、太平洋の長周期気候変動である「太平洋十年規模変動」(紫色)と、大西洋の長周期気候変動である「大西洋数十年規模変動」(赤色)を示している。興味深い事に、ビノスガイは太平洋で採取したにもかかわらず、大西洋数十年規模変動の方が太平洋十年規模変動よりも似たパターンを示し、変化のタイミングや周期などがよく一致した。

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