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造礁サンゴの骨格が海水温によって変わる ~過去の海水マグネシウム/カルシウム変動を再現~

2017年10月20日

樋口 富彦 (東京大学 大気海洋研究所 特任研究員)
白井厚太朗 (東京大学 大気海洋研究所 助教)

発表のポイント

◆白亜紀を模した環境(海水のカルシウム(Ca)に対するマグネシウム(Mg)の割合(Mg/Ca比)が低い)では、造礁サンゴ(サンゴ礁をつくるサンゴ)の骨格の炭酸カルシウム結晶構造が水温によって変化することを明らかにした。
◆海洋生物の炭酸カルシウム骨格形成が海水のMg/Ca比だけでなく水温にも大きく影響されることを世界で初めて明らかにした。
◆Mg/Ca変動が造礁サンゴの化石減少の一つの要因である可能性を示した。他の造礁生物の 応答を併せて調べることで海洋石灰化生物の変遷要因に迫ることが期待される。

発表概要

過去の海洋ではCaの濃度とMgの濃度の相対的な量比(Mg/Ca比)が大きく変動していたと考えられている。水温とMg/Caをコントロールした環境で無機的な炭酸カルシウムを生成した先行研究では、結晶構造の水温依存性が報告され、石灰化生物で同様な応答を示すのか実験結果が求められていた。

東京大学大気海洋研究所の樋口富彦特任研究員、白井厚太朗助教と黒潮生物研究所、筑波大学の研究者からなる合同チームは、高知県で産卵した現在の代表的な造礁サンゴの一つであるミドリイシ属サンゴ(注1)のプラヌラ幼生(図1)を用いることで、水温とMg/Ca比の両方をコントロールした環境下で生成したサンゴ骨格を得ることに成功した。
骨格を分析した結果、造礁サンゴの骨格生成は、無機的な炭酸カルシウム生成結果と同様、海水のMg/Ca比だけでなく水温の影響を顕著にうけることが明らかになった。さらに、Mg/Ca比が低い環境下(過去の海水組成)で、水温に関わらず骨格の成長が阻害されることがわかった。

本成果に加えて他の石灰化生物(有孔虫や二枚貝など)のMg/Ca比および海水温変動に対する応答を調べることで、造礁生物の変遷要因をより明らかにしていくことが期待される。

発表内容

【研究の背景】
顕生代(注2)を通じて海洋ではMg/Ca比が大きく変動していたと考えられている。現在のMg/Ca比は5.2であるが、約1億年前の白亜紀においてはMg/Ca比が低く、短期的には1.0を下回っていた可能性も報告されている。海洋生物が骨格として作る炭酸カルシウムは主に2種類の結晶構造で、アラゴナイト(注3)とカルサイト(注4)である。同じ水温だと、Mg/Ca比が高いとアラゴナイトが形成されやすく、低いとカルサイトが形成されやすい。現在の海洋環境下ではサンゴはアラゴナイトの炭酸カルシウム骨格を形成する。先行研究において、低Mg/Ca環境下でカルサイトの骨格を形成する例が報告されているが、化学的にカルサイトが生成しやすい条件下にもかかわらず、大部分のサンゴ骨格はアラゴナイトで形成された。しかし、これらの先行研究では、水温は変化させておらず、単一の水温条件におけるMg/Ca変動への応答のみの結果であった。一方で、炭酸カルシウムを無機的に沈殿させる実験により、水温がアラゴナイト、カルサイトの割合を変化させ、同じMg/Ca比で比較した場合は高温ほどアラゴナイトが生成しやすいことが報告された。しかし、石灰化生物を用いて水温とMg/Ca比の両方を変化させる実験結果は世界的にも報告されていなかった。そこで、本研究では、海水温とMg/Ca比の両方を変化させ、造礁サンゴの炭酸カルシウム骨格形成に与える影響について調べた。

【研究内容】
本研究では、高知で産卵したミドリイシ属サンゴのプラヌラ幼生を19, 22, 25, 28℃の恒温器内においてMg/Ca比が5.2, 1.0, 0.5の海水中で着底させ、骨格成長を促した。骨格生成前のプラヌラ幼生の段階から海水条件をコントロールすることで、各条件下のみで形成された純粋なサンゴ骨格を得ることができる(図1)。そして、約4か月成長させたサンゴ骨格の炭酸カルシウムの結晶構造をX線回折法およびマイゲン染色法(注5)により確認し、アラゴナイトとカルサイトの比率を求めた(図2)。また、1マイクログラム(µg)(注6)まで測定できる高性能のはかりを用いて、成長した個体の重量を測定した。
その結果、造礁サンゴの骨格生成は、海水のMg/Ca比だけでなく水温の影響を顕著に受けることが明らかになった。Mg/Ca比が5.2(現在の海水組成)の海水中では100%アラゴナイトが、Mg/Ca比が1.0および0.5(過去の海水組成)の海水中ではアラゴナイトとカルサイトの混合骨格および100%カルサイトの骨格が確認された。そして、低Mg/Ca比環境において、水温に依存してアラゴナイト/カルサイトの割合が変化することがわかった。水温が高くなるにつれ、アラゴナイトの割合が高くなっており、無機的に生成させた炭酸カルシウム沈殿の結果と同じ傾向であった。一方で、無機的沈澱で得られていた結果と比較すると、造礁サンゴのほうがアラゴナイトの炭酸カルシウムを作りやすいことがわかった(図3)。Mg/Ca比が1.0の環境では、25℃以上の水温で、アラゴナイトが骨格の8割以上を占めるということになる。現生では、沖縄など亜熱帯に生息する種、高知など温帯に生息する種に関わらず、サンゴの産卵水温はほぼ25℃以上である。過去にMg/Caが1.0を下回るほどの環境であった期間は短いと考えられており、どの時期においても造礁サンゴが生まれてすぐに生成する骨格は主にアラゴナイトで形成されていたことが推測できる。ただし、成長速度を比較すると、低Mg/Ca環境下では全水温で骨格成長が阻害された(図4)。どの水温でも成長が現生の半分以上遅いことから、低Mg/Ca環境下(過去の海水組成)では年間を通じて成長が阻害されていた可能性が高い。Mg/Ca比が低い白亜紀(約1億年前)の地層からは造礁サンゴの化石はあまり見つかっておらず、当時の低Mg/Ca環境がサンゴの減少を引き起こしていた原因の一つであることが考えられる。

【今後の展望】
現生のサンゴでもカルサイトの骨格を形成し、Mg/Ca変動に対応する能力は持つことがわかったが、白亜紀など低Mg/Ca環境下では年間を通じて成長速度が遅くなるため、主要な造礁生物にはなれなかったことが推測される(1億年前は、厚歯二枚貝(注7)が主要な造礁生物だと考えられている)。サンゴの結果に加えて他の石灰化生物(有孔虫や二枚貝など)のMg/Ca比および海水温変動に対する応答を調べることで、造礁生物の変遷要因をより明らかにしていくことが期待される。

発表雑誌

雑誌名:「Geology」
論文タイトル:
Temperature dependence of aragonite and calcite skeleton formation by a scleractinian coral in low mMg/Ca seawater
著者: Tomihiko Higuchi*, Kotaro Shirai, Takuma Mezaki, Ikuko Yuyama
DOI番号:10.1130/G39516.1
アブストラクトURL:https://doi.org/10.1130/G39516.1このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

東京大学 大気海洋研究所
特任研究員 樋口 富彦(ひぐち とみひこ)
メールアドレス: thiguchiaori.u-tokyo.ac.jp      ※アドレスの「◎」は「@」に変換して下さい。

用語解説

(注1)ミドリイシ属サンゴ
造礁サンゴのなかまで、世界中のサンゴ礁で生息する。造礁サンゴとはサンゴ礁を形成するサンゴで、装飾品としての宝石サンゴとは分類上異なる。
(注2)顕生代
約5億4100万年前から現在までの期間。海水温および海水のMg/Ca比が変動していた。
(注3)アラゴナイト
アラレ石とも呼ばれる。炭酸カルシウム結晶形の一つ。生物では、現生の造礁サンゴや、二枚貝の殻の主成分となる。
(注4)カルサイト
方解石とも呼ばれる。炭酸カルシウム結晶形の一つ。生物では、宝石サンゴや有孔虫の殻の主成分となる。
(注5)マイゲン染色法
炭酸カルシウムのアラゴナイトがピンク色に染まる染色法、カルサイトは染まらないので、アラゴナイト、カルサイトの判別が可能となる。
(注6)マイクログラム(µg)
1 µgは1 mgの1000分の1。
(注7)厚歯二枚貝
約1億年前の白亜紀に栄えた造礁生物で白亜紀の主要な生物礁を形成した。一般に、二枚貝の殻の大部分はアラゴナイトであるが、厚歯二枚貝はカルサイトの殻を厚く発達させた。現在までに絶滅。

添付資料

図1 (A)ミドリイシ属サンゴの、骨格形成を開始する前のプラヌラ幼生、(B)ポリプ着底後2日後、白くなっている部分が初期の骨格、(C)ポリプ着底後約2か月後、徐々に立ち上がってきている様子が確認できる(茶色くなっているのは共生藻類である褐虫藻の色)。骨格生成前のプラヌラ幼生の段階から海水条件をコントロールすることで、各条件下のみで成長した純粋なサンゴ骨格が得られる。白棒が0.5mmを示す。

図2 マイゲン染色後のサンゴ骨格、ピンクに染色された部位がアラゴナイト、白色はカルサイトの結晶構造。(A)Mg/Ca比が5.2(現代の海水)、海水温が28℃、(B)Mg/Caが0.5(過去の海水)、海水温が28℃、(C)Mg/Ca比が0.5、海水温が25℃、(D)Mg/Ca比が0.5、海水温が22℃、(E)Mg/Ca比が0.5、海水温が19℃で成長させた。 Mg/Ca比が5.2では100%アラゴナイト、Mg/Ca比が0.5では、水温が高いほどアラゴナイト骨格の面積が広くなっていることがわかる。白棒が0.5mmを示す。

図3 サンゴが生成した炭酸カルシウム骨格と無機沈殿実験 (破線, Kiessling 2015, Geologyより)におけるアラゴナイト含量の比較。サンゴ骨格、無機沈殿どちらも水温が増加するにつれアラゴナイトが生成しやすい。同じ水温、同じMg/Ca比で比較すると、基本的にはサンゴは無機的な沈殿よりもアラゴナイトの含量が高い。

図4 各水温とMg/Ca比におけるサンゴ1個あたりの骨格成長速度。現代の海水組成(Mg/Ca=5.2)で育てたサンゴと比較して、Mg/Ca比が1.0の海水で平均63%、Mg/Ca比が0.5の海水では約57%骨格成長が抑制された。

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