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「陸ウミウシ」の発見

2015年6月17日

狩野 泰則  東京大学大気海洋研究所 准教授
福森 啓晶  東京大学大気海洋研究所 海洋科学特定共同研究員

 


発表のポイント

◆西太平洋パラオ共和国の熱帯雨林において、新種のナメクジを発見しました。
◆解剖学的・分子生物学的検討により、発見した新種ナメクジがウミウシ類の子孫であることを見出し、殻を失った貝類における陸上進出を初めて明らかにしました。
◆熱帯雨林は未だ生物多様性研究のフロンティアであり、今後も動物の進化史をひも解く上で重要な発見が期待されます。

発表概要

巻き貝(腹足類:注1)は、全動物中でもっとも陸上進出が得意なグループであり、古生代以降の進化史上、10回以上も海から陸に上がったことが判明しています。巻き貝の殻と蓋は、乾燥に耐え、また柔らかな体を空気中で保持するうえで、極めて機能的です。

これは、殻を退化・消失させた腹足類であるウミウシ類にとっては、陸上生活への移行が困難であることを意味します。実際に、陸上の無殻腹足類(ナメクジ類)は、いずれも陸生の巻き貝(カタツムリ)から派生したと考えられています。この場合、上陸後の殻の退化に皮膚構造や粘液の性質変化が伴うことで、最終的に殻に頼らない乾燥耐性を獲得しています。

今回、東京大学大気研究所の狩野泰則准教授と福森啓晶研究員らの研究グループは、西太平洋・パラオ共和国の無人島において、新種のナメクジを発見しました。採集した標本を解剖し、DNA配列を比較したところ、この新種がスナウミウシ目(注2)という海産分類群に属し、殻を失った裸の状態で陸に上がった、初の「陸ウミウシ」であることがわかりました。

熱帯雨林の高湿環境と、天敵や競争相手のいない離島の環境が、このような特異な進化を可能にしたと考えられます。

発表内容

陸上への進出は、動物進化における極めて重要な一歩といえます。例えば、節足動物は陸域のさまざまな環境を利用することで莫大な種数の昆虫類に分化し、また我々人類を含む脊椎動物も、古生代における祖先種の陸上進出をきっかけに、現在の繁栄を成し遂げました。一方、多くの動物の系統にとって、空気中での生活への適応は極めて困難です。陸上進出における最も大きな障害は乾燥および重力であり、骨格などの適応的形質の存在が上陸成功の鍵となります。

巻き貝を含む腹足類は、全動物中でもっとも頻繁に陸上進出してきた分類群のひとつであり、古生代から新生代までに10回以上も陸に上がったと考えられています。巻き貝は殻と蓋を持つため、乾燥に耐え、また柔らかな体を空気中で保持できます。一方、成長率の増大などと引き換えに殻を退化・消失させた広義のウミウシ類にとって、上陸はより困難です。実際に、陸の無殻腹足類(ナメクジ類)は、いずれも有殻の陸生巻き貝(カタツムリ)から派生したといわれています。この場合、殻の退化に伴って皮膚構造や粘液の性質も変化し、殻に頼らない乾燥耐性を獲得しえたと考えられます。

本研究グループは、1999年および2012年の2度にわたり、西太平洋・パラオ共和国のRock Islandsに所属する無人島(図1)の熱帯雨林内で生物調査を行いました。その結果、標高20mから30m地点の石灰岩の下と岩間の落葉下(図2)より、殻を持たない腹足類の1新種、計3個体を発見、採集することに成功しました。この新種は体長約5mm、太く短いナメクジ型で、濃い灰色の背中、薄灰色の頭と足、一対の黒い眼と短い触角を持ちます(図3)。動作はごく緩慢で、1秒に約0.1mmの速度で歩きます。

解剖学的検討の結果、この新種はスナウミウシ目というグループの特徴を示すことがわかりました。スナウミウシ目の種は主に浅い海の砂底に住んでいますが、川の淡水域に住むものもいます。また、2009年にタイ国のマングローブ林で発見され、同年を代表する生物の10新種としてナショナルジオグラフィック誌に紹介されたAiteng aterという昆虫食性のウミウシも、このスナウミウシ目に含まれます。

今回得られた新種についてDNA塩基配列を決定し、スナウミウシ目の他種の配列と比較したところ、新種はこのAiteng aterと近縁であること、これら2種が同じAiteng属に含まれることが確認されました。Aiteng属はスナウミウシ目の系統樹中で派生的な位置を占め、その祖先は海中に住んでいたと考えられます。またスナウミウシ目の種はいずれも殻を欠くので、今回の新種は殻が退化・消失したあとに、陸に上がったといえます(図4)。また、同じ分子系統解析により、Aiteng属内の分岐はいずれも新生代に生じたと推定されました。これはRock Islandsが新第三紀の中新世(2300万年から500万年前)に隆起、形成されたとの知見と整合します。

熱帯雨林の新種とマングローブ域のAiteng aterは、その生息環境だけでなく、腎臓の構造と初期発生の点で異なっています。マングローブの種を含む海産スナウミウシ類は単純な構造の腎臓をもち、その開口部から直接尿を排出しますが、新種の尿は腎臓から複雑に巻いた長い管(腎管)を経て排出されます。この腎管には、陸上で不足する塩類を尿から再吸収する働きがあると考えられます。また、新種はAiteng aterに比べ大きな卵を産みます。海の種類がプランクトン幼生として孵化し、その後、成長・変態してウミウシの姿になるのに対し、陸上では親と同じ姿で産まれる(直達発生する)ため、ひとつひとつの卵に、より多くの栄養を与える必要があるのかもしれません。

一方、歯や消化器の構造に関して、Aiteng属の種は互いに近似しています。陸ウミウシ3個体のうち1個体は、石灰岩の下から、アリの卵・幼虫・さなぎと一緒に見つかりました。また、他の2個体は落ち葉の間でカタツムリの卵と一緒に得られたことから、本新種も昆虫あるいは貝類の卵、幼虫などを食べていると考えられます。

今回の研究は、殻を持たない腹足類における陸上進出を初めて明らかにしました。熱帯の高湿環境が、このような特異な進化を可能にしたと考えられます。また、新種が発見された無人島には他にナメクジ類が分布しておらず、また人為的に移入されたネズミを除き地上性の大型動物が生息しません。競合相手や捕食者の不在も、陸上進出を可能にした要因かもしれません。なお、この新種は真正有肺類Eupulmonataというグループに所属しない初のナメクジであり、分類学的にも重要な発見となりました。

熱帯雨林は生物多様性研究のフロンティアであり、未知の種が多数生息しています。今後も、現地調査や標本の解析を行い、形態や生態、また系統関係に関する基礎的な知見を集積することで、生物進化史をひも解く上での重要な発見が期待されます。

発表雑誌

雑誌名: Biological Journal of the Linnean Society
オンライン掲載日:2015年6月17日
論文タイトル: Sea-slug invasion of the land
著者: Yasunori Kano*, Timea P. Neusser, Hiroaki Fukumori, Katharina M. Jörger, Michael Schrödl(*責任著者)
DOI番号: 10.1111/bij.12578

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 生態系動態部門
准教授 狩野泰則(かのうやすのり)
Email: kanoaori.u-tokyo.ac.jp   *メールアドレスの「◎」は「@」に変換して下さい

用語解説

注1 腹足類
軟体動物門腹足綱に属する動物の総称で、サザエ・タニシ・カタツムリなどの巻き貝、笠貝、ウミウシ、アメフラシ、ナメクジ類などを含みます。貝殻は、腹足類の進化史上で何度も退化・消失しました。
注2 目(もく)
界・門・綱に次ぐ生物の分類階級のひとつ。目より下位の分類階級が、科・属・種となります。

図版

図1.陸生ウミウシが発見されたパラオ共和国の無人島。

図2.無人島の熱帯雨林、標高約30m地点。石灰岩の間(矢印)にたまった落ち葉の下に、新種の陸生ウミウシが生息していた。

図3.歩く陸生ウミウシ(体長約5mm)。濃灰色の背中、一対の短い触角と黒い眼をもつ。

図4.DNA塩基配列の比較に基づくスナウミウシ目の系統樹。横軸は時間に対応する。図右側の四角は現生種の生息環境、円グラフは過去の分岐における生息環境の確率を、それぞれ色で示す。

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