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海洋細菌で見つけた新しい光エネルギー利用機構 -塩化物イオンを輸送するポンプの発見-

2014年4月8日

吉澤 晋・岩崎 渉・木暮一啓(東京大学大気海洋研究所)

東京大学大気海洋研究所の吉澤晋特任研究員、岩崎渉准教授、木暮一啓教授のグループは、宮崎大学の小椋義俊助教, 林哲也教授、マサチューセッツ工科大学のEdward F. DeLong教授らと共に、海洋細菌(Nonlabens marinus S1-08T)から光エネルギーを用いて塩化物イオンを細胞内に運び入れる新しい種類のポンプ(ロドプシン)を発見しました。
これまで太陽の光エネルギーを利用している海洋生物は、クロロフィルを持つ光合成生物、すなわち植物との考えが常識でした。しかし、10年ほど前にプロテオロドプシン(注1)と呼ばれるロドプシンの仲間で、光が当たると細胞内から水素イオン(H)を排出するポンプが発見され、植物以外の海洋生物でも光エネルギーを利用していることが明らかになりました。生物共通のエネルギー物質であるATP(注2)は、細胞の内外におけるイオンの濃度差を利用して合成されているため、ロドプシンはエネルギー合成の観点からも重要です。またロドプシンによる光エネルギーの利用方法は非常にシンプルであるため、これまでにプロテオロドプシン以外のロドプシンが存在することが予想されていましたが、そのすべては明らかではありませんでした。
研究グループは今回新たに発見した塩化物イオンを細胞内に運び入れるロドプシンをClR(Cl- pumping Rhodopsin、Cl-を運ぶロドプシン)と命名しました。また、Nonlabens marinus S1-08Tのゲノム解析から、この海洋細菌はClRの他に水素イオンやナトリウムイオンを細胞の外に運ぶロドプシンを持つことも明らかにしました。つまり、この海洋細菌は海水を構成する主要イオンである水素イオン、ナトリウムイオン、塩化物イオンの三つのイオンを、光を用いて運搬できます。
今後は、この海洋細菌がこれらの3種類のロドプシンをどのように操って生命活動を続けているのか、こうしたロドプシンはどの程度海洋細菌に広く見られるものなのか、ロドプシンはどの程度の光エネルギーを受け取っているのかなどを明らかにすることで、海洋細菌の光エネルギー利用機構に関する理解が深まるものと期待されます。

発表者:

吉澤 晋(東京大学 大気海洋研究所附属地球表層圏変動研究センター 特任研究員)
岩崎 渉(東京大学 大気海洋研究所附属地球表層圏変動研究センター 兼務准教授)
木暮一啓(東京大学 大気海洋研究所附属地球表層圏変動研究センター 教授)

発表のポイント:

◆ 海洋細菌で、光を用いて細胞の内外に海水を構成する主要イオンである水素イオン、ナトリウムイオン、塩化物イオンを運ぶ3種類のポンプを発見しました。
◆ 光を用いて塩化物イオンを細胞内に運び入れるポンプをClR(Cl- pumping Rhodopsin)と命名しました。
◆ 今後、3種類のポンプの細胞内での役割を解明することで、海洋細菌の光エネルギー利用機構に関する理解を深化させることが期待できます。

発表内容:

【研究背景】
ロドプシンはレチナール(注3)を発色団としてもつ、光受容型の膜タンパク質の総称で、微生物から私たち人間まで幅広い生物が持っていることが知られています。人間の場合は目の網膜の中にロドプシンを持ち、光センサーとして利用していますが、目に見えないような小さな微生物(注4)の中にもロドプシンを持つものが知られており、その多くは光が当たるとイオンを細胞の内外に輸送する光駆動型のポンプとして働きます。例えば、微生物に備わっているロドプシンには光が当たるとプロトン(H+)を細胞内からくみ出すものや、光が当たると塩化物イオン(Cl-)を細胞内に取り込むハロロドプシンなどが知られています。しかしながら、これらのロドプシンを持つ微生物は非常に高塩分の環境にのみ生息するため、ロドプシンによる光エネルギー利用は非常に限られた環境に生息する微生物に特有の機能だと考えられてきました(図1)。

ところが、2000年に海洋細菌を対象にしたメタゲノム解析(注5)から光エネルギーを用いてH+を輸送する新しいロドプシンが見つかり、プロテオロドプシンと命名されました。その後の研究から海洋表層に生息する原核生物(注6)の約8割がロドプシン遺伝子を持ち、何らかの形で光エネルギーを利用している可能性が示されています。また、2013年にはナトリウムイオン(Na+)を輸送するロドプシンも海洋細菌から見つかり、海洋細菌のロドプシンを用いた光エネルギー利用機構が明らかになりつつあります(図1)。

これらの発見はこれまで全く光を利用しないと考えられていた膨大な数の海洋細菌が光エネルギーを利用していることを示唆しており、地球規模で利用される光エネルギーの流れを根本から見直す必要性を迫るとともに、海洋細菌が持つ光エネルギー利用機構が従来考えられていたよりも複雑であることを示しました。

一方で、細胞の内外のイオンの濃度差は、生物共通のエネルギー物質であるATPの合成に用いられており、細菌などの単細胞生物や人間、植物で共通の仕組みが利用されています。したがって、光エネルギーを用いてイオンを輸送するロドプシンは、光エネルギーを直接、ATP合成の駆動力に変換する、非常にシンプルな光エネルギー利用機構と言えます(図2)。

【研究成果】
● 海洋細菌の分離およびゲノム配列の決定
 研究グループは海洋地球研究船「みらい」の研究航海において、西部北太平洋の表層海水から分離した海洋細菌Nonlabens marinus S1-08T株の全ゲノムを、次世代シーケンサーを用いて決定しました。その結果、ゲノム上に3つの異なるロドプシンをコードする遺伝子配列が存在することが明らかになりました(図3)。これらの遺伝子は、Nonlabens marinusゲノムから見つかったため、NM-R1、NM-R2、NM-R3と呼称しています。また、NM-R1、NM-R2、NM-R3の分子系統解析(注7)を行い、各ロドプシンの進化系統の推定を行った結果、それぞれのロドプシンが異なる系統に属するロドプシンであることが示され、NM-R1はプロテオロドプシングループ、NM-R2はNa+ポンプ型ロドプシングループに含まれましたが、NM-R3はこれまでに機能が分かっているどのロドプシンとも同じグループを形成せず、未知機能グループに含まれることが示されました。

● NM-R1、NM-R2、NM-R3の機能解析
 人工的に合成したNM-R1、NM-R2、NM-R3の遺伝子を、大腸菌内で発現させることで各ロドプシンの機能を解析しました。機能解析の結果、光が当たるとNM-R1はH+を細胞膜の内側から外側に、NM-R2はNa+を細胞膜の内側から外側に、NM-R3はCl-を細胞膜の外側から内側に輸送するロドプシンであることが明らかになりました。また、各ロドプシンがどのような波長を吸収しているのかを調べた結果、3種類全てのロドプシンが緑色光(極大波長:約530 ナノメートル)を吸収していることが分かりました。

【まとめ】
本研究では、海洋細菌からCl-イオンを輸送する新しいロドプシンを見いだし、このタンパク質をClR (Cl- pumping Rhodopsin、Cl-を運ぶロドプシン)と命名しました。これまでにCl-を輸送するハロロドプシンは高塩環境に生息する特殊な微生物が持つことは知られていましたが、分子系統解析からClRはハロロドプシンとは進化経路が異なり、海洋細菌においてハロロドプシンとは独立に創出された可能性が高いことが示されました。また、ゲノム上に3種類以上のポンプ型ロドプシンを持つ細菌が見つかったのは初めてのことです。

【今後の展開】
細胞膜の内外に形成されるNa+やCl-の濃度差(勾配)を、海洋細菌がどの程度“直接”利用しているのかはほとんど分かっていません(図2)。例えば、ある種の海洋細菌の鞭毛はNa+が細胞内に流れこむエネルギー(Na+濃度勾配の直接利用)を用いて運動することが知られていますし、ATP合成にH+ではなくNa+濃度勾配を利用するATP合成酵素なども知られています。これらのことから、Na+やCl-の濃度勾配が海洋細菌の持つさまざまな機能と直接関係して働いている可能性があります。今後Nonlabens marinus S1-08T株の持つ各ロドプシンの役割を解析することで得られるさまざまな知見は、海洋細菌の光エネルギー利用機構に関する理解を飛躍的に深化させると期待されます。

発表雑誌:

雑誌名:米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)、オンライン版2014年3月31日付け
論文タイトル:Functional characterization of flavobacteria rhodopsins reveals a unique class of light-driven chloride pump in bacteria
著者:Susumu Yoshizawa*, Yohei Kumagai, Hana Kimb, Yoshitoshi Ogura, Tetsuya Hayashi, Wataru Iwasaki, Edward F. DeLong* and Kazuhiro Kogure (*責任著者)
DOI番号:10.1073/pnas.1403051111
アブストラクトURL:http://www.pnas.org/content/early/2014/03/26/1403051111.abstract

問い合わせ:

東京大学 大気海洋研究所附属地球表層圏変動研究センター 特任研究員 吉澤 晋
E-mail: yoshizawa★aori.u-tokyo.ac.jp
東京大学 大気海洋研究所附属地球表層圏変動研究センター 教授 木暮一啓
E-mail: kogure★aori.u-tokyo.ac.jp

E-mailはアドレスの「★」を「@」に変えてお送り下さい

用語解説:

(注1):プロテオロドプシン
プロテオバクテリア門に属するSAR86と呼ばれる細菌グループのゲノム断片から発見され、“プロテオ”ロドプシンと命名された。その後の研究から、プロテオバクテリア門以外の細菌(バクテリア)や古細菌(アーキア)からもプロテオロドプシン遺伝子が見つかっている。
(注2):ATP
アデノシン三リン酸(Adenosine Triphosphate)の略称。生体内で用いられるエネルギー保存および運搬物質である。
(注3):レチナール
ビタミンAの一種で、光を吸収すると化学構造が変化し、その変化によってシグナルを伝える。
(注4):微生物
肉眼で観察できないような微小な生物の総称。一般的に微生物は細菌(バクテリア)、古細菌(アーキア)および微小な真核生物によって構成される。
(注5): メタゲノム解析
環境中(海水、土壌、腸内等)に存在する微生物のDNAを全て抽出し、その塩基配列を網羅的に決定することで、その環境にどのような微生物種がいたのか等を解析する手法。環境中に存在する微生物のほとんどが分離培養できないことと、遺伝子解析技術の進歩が相まって近年では微生物生態学の研究によく用いられる解析手法である。
(注6): 原核生物
細胞核を持たない生物の総称。群体を作るものも知られているが一般的には単細胞生物である。原核生物は細菌と古細菌によって構成される。
(注7):分子系統解析
生物の持つタンパク質のアミノ酸配列や遺伝子の塩基配列を用いて、生物やタンパク質の進化の道筋を推定する手法。

添付資料:

図のダウンロード:
 図1(157KB)
 図2(268KB)
 図3(298KB)

図1. これまでに知られているロドプシンの比較
海洋細菌由来のPR(H+ポンプ)およびNaR(Na+ポンプ)。高度好塩菌由来のBR(H+ポンプ)およびHR(Cl-ポンプ)。

図2. ロドプシンを用いた光エネルギー利用のイメージ図
プロテオロドプシン(PR)はH+を輸送することで、細胞の内外でプロトン濃度差を作る。この濃度差を利用して、ATPが合成される(左)。ロドプシンを3種類持つNonlabens marinus S1-08T(右)。光エネルギーを用いて輸送されたNa+やCl- の利用法はよく分かっていない。緑色の矢印は太陽光を示す。

図3. Nonlabens marinus S1-08Tの環状ゲノム地図
矢印は3種類のロドプシンをコードする遺伝子のゲノム上での位置を示している。

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