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黒潮とオホーツク海の遭遇 ~渦に運ばれる暖水と冷水の結合~

2013年9月20日

伊藤 幸彦(地球表層圏変動センター)
安田 一郎(海洋物理学部門)

東北・北海道沖の太平洋に出現する時計回り渦(高気圧渦)は、プランクトンの増殖や漁場形成に大きな影響を及ぼしているが、どのような性質の渦がどこに存在するか、これまでよくわかっていなかった。本研究は、人工衛星や船舶等による観測結果から、黒潮に起源を持つ暖かい高気圧渦(暖水渦)と、オホーツク海に起源を持つ冷たい高気圧渦(冷水渦)の分布を明らかにし、また海水の分析から、上層に暖水核を持つ渦の多くが中層には冷水を保持しているということを発見した。冷水の存在する密度帯の共通性や渦の力学的な性質から、暖水渦・冷水渦が東北・北海道沖で遭遇、相互作用し、結合することにより、このような特異な二重核構造が生じていると示唆された。

著者

伊藤 幸彦 東京大学大気海洋研究所附属地球表層圏変動センター海洋生態系変動分野 准教授
安田 一郎 東京大学大気海洋研究所海洋物理学部門海洋大循環分野 教授

1. 海の高気圧

鳴門の渦潮から太平洋規模の循環流まで、海にはさまざまな大きさの渦がある。このうち、大気の高気圧・低気圧に相当するのが半径数十~百km程度のいわゆる中規模渦である。中規模渦は日本の近海にも多く見られるが、中でも東北・北海道沖に出現する時計回りの渦(高気圧渦;図1左)は出現頻度が高く、プランクトンの増殖やサンマ・カツオ等の漁場形成にも大きな影響があることで知られている。高気圧渦(注1)は、中心部の海面が盛り上がって内部の圧力が高くなっている。また、内部には周辺よりも密度の低い(水温が高いほど、また塩分が低いほど密度は低くなる)海水があり、等密度面(注2)が下に押し下げられている(図1右)。

図1 (左): 地球観測衛星Aqua搭載のMODISセンサーによる画像。高気圧渦が北海道の南東に薄い緑色の時計回り渦として確認できる。
(右): 高気圧渦の断面模式図。

2. 暖かいか? 冷たいか?

渦がプランクトン増殖や漁場形成等に与える影響は、保持している海水の性質によって異なる。高気圧渦は世界各地に出現し、多くは亜熱帯系の高温・高塩分・低密度・低栄養塩の海水を核に持っている。

では、東北・北海道沖を含む黒潮・親潮続流域(注3)において、どのような高気圧渦がどこに存在し、またそれらはどのような性質の海水を保持しているのだろうか? 我々はこれらを明らかにするため、人工衛星で観測された海面高度(海面の盛り上がった場所がわかる)と研究船やプロファイリングフロート(自動的に浮き沈みして水温・塩分等を測定することができる観測機器)により実際に観測された水温・塩分の鉛直(深さ方向の)分布を調べた。

3. 常磐~北海道沖は高気圧渦のホットスポット

海 面高度から推定した高気圧渦(16年間の資料からのべ約12,000個の渦を検出)の位置を用い、約15,000個の水温・塩分鉛直分布資料から、渦の中心に十分近い位置で観測された227個の資料を絞り込んだ。これらの資料の解析の結果、高気圧渦は日本の東方沖合を走る日本海溝と千島・カムチャツカ海溝付近、特に常磐〜釧路沖の海域に高い頻度で検出された。上層に暖かい海水を保持する暖水性の高気圧渦(以下暖水渦)は、この海域で観測された高気圧渦全体の約85%を占め、北海道以南の海溝最深部付近に多く存在していた(図2)。一方、残りの15%は冷水性の高気圧渦(以下冷水渦)であった。冷水渦は、千島列島沖や、海溝の斜面域、黒潮続流域においても観測された。

図2 暖水性高気圧渦()と、冷水性高気圧渦()高気圧渦の分布。記号のサイズが大きいほど暖かい。

4. 暖水渦と冷水渦の遭遇

暖水渦内の海水は南に行くほど高温・高塩分で黒潮続流の性質に近く、北に行くにつれて低温・低塩分化していた。一方、冷水渦は千島沖で最も低温・低塩分で、南に向けて高温・高塩分化していた。

こ の南北分布は、暖水渦が黒潮続流、冷水渦がオホーツク海にそれぞれ起源を持つと考えれば説明することができる。ところが、このような単純な移動だけでは説明できない構造が暖水渦の中層に見つかった。これらの渦の上層には高温・高塩分の海水があるにもかかわらず、中層では等密度面(注2)で見て海域平均より低温・低塩分となっていたのである(図3)。そして、この低温・低塩分水は各海域の暖水渦、冷水渦のすべてにおいて、共通の密度面26.7σθを中心に存在していた。

我々は、この暖水渦中層の低温・低塩分水は、千島沖で形成される冷水渦に起源を持つと考えた。これは、黒潮起源の暖水を上層に持つ暖水渦が、その中層と同じ密度帯に冷水を持つオホーツク海系冷水渦を取り込めば実現するからである(図3)。理論的には、同じ方向に回る渦(この場合は時計回り)同士は一定の条件を満たせば結合するが、渦が異なる層に存在する場合は特に「上下整列」(アライメントと呼ばれる)することが知られている。 黒潮とオホーツク海という離れた海域の水が、高気圧渦によって運ばれ、遭遇、相互作用し、暖水と冷水が上下に整列する、というのが我々の描くシナリオである。亜熱帯系の暖水と海氷の影響を受けた冷水が結合した渦は、他海域ではいまだ発見されていない希有な存在である。このような渦が、東北・北海道沖の豊かさや多様性とどのように結びついているのか、今後のさらなる調査・研究が待たれる。

図3 暖水性高気圧渦(左)と・冷水性高気圧渦(右)が上下整列する相互作用の模式図。

掲載論文

Itoh, S., and I. Yasuda (2010), Characteristics of Mesoscale Eddies in the Kuroshio-Oyashio Extension Region Detected from the Distribution of the Sea Surface Height Anomaly, J. Phys. Oceanogr., 40, 1018-1034.
Itoh, S., and I. Yasuda (2010), Water Mass Structure of Warm and Cold Anticyclonic Eddies in the Western Boundary Region of the Subarctic North Pacific, J. Phys. Oceanogr., 40, 2624-2642.

用語解説

高気圧渦
海洋の高気圧渦、低気圧渦は大気の高気圧、低気圧と同様に、地球自転の影響を受け、北半球では高圧部を右に見るように、すなわち高気圧渦は時計回り、低気圧渦は反時計回りに回転する。南半球では地球自転の作用が逆になるので、高気圧渦は反時計回り、低気圧渦は時計回りになる。
等密度面
海洋は上が軽く(低密度)、下が重い(高密度)層状構造をしている。同じ層の上にある海水は密度が等しいので、層の境界面は等密度面と呼ばれている。海水の密度はおおむね1000~1070 kg m-3 (1リットルあたり1~1.07kg)と比較的変化が小さいので、特定の密度面を表記する時は、1000kg m-3を基準に水温と塩分による変化分(σθ;シグマシータ;1026.7kg m-3なら26.7σθ)を用いる。
黒潮続流/親潮続流
日本の南を流れる黒潮は房総半島付近で岸から離れ、東へ向かって流れる。この黒潮が離岸してからの海流は、日本南岸の黒潮と区別して黒潮続流と呼ばれている。同様に、北海道沖を南西に流れてくる親潮が離岸して東~東北に向かう部分は、親潮続流と呼ばれることがある。

研究内容についての問い合わせ先

伊藤 幸彦(東京大学大気海洋研究所 准教授) itohsachaori.u-tokyo.ac.jp  04-7136-6326

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*本記事は「東京大学大気海洋研究所 リサーチハイライト No. 3」より転載いたしました。

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