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三内丸山遺跡の盛衰と環境変化 -過去の温暖期から将来の温暖化を考える-

2009年12月24日

海洋底科学部門 海洋底テクトニクス分野 川幡穂高

陸奥湾で過去の環境復元を行った.三内丸山遺跡が栄えた約5000年前は,現在より2.0℃ほど温暖化してクリなども沢山実っていた.しかし,4200年前に突然寒冷化(2.0℃)したため,人々は遺跡を放棄し,散逸した.同時期東アジアの文明も乾燥や寒冷化のため衰退した.今世紀末までに気温は2.0℃位上昇すると,農林水産業には大きな影響がでるかもしれない.

<三内丸山遺跡の特徴>

三内丸山遺跡は青森市に位置する日本最大級の縄文集落跡で,巨木を用いた高層建築,広い交易範囲など高い文化が特徴で,狩猟採集を糧に移動生活をするという従来の縄文人の生活観を大きく変えたという点で注目されている.発掘調査によると,集落は約5,900年前に成立し,その後規模は拡大し,約4,200年前に人々は遺跡を放棄したが,その理由はわかっていない.

<日本全国とのトレンドの一致>

日本全体の人口は縄文時代最初期(12,000年前)で約2万人,遺跡が存在した縄文時代中期に最大(約26万人)に達し,晩期には人口は減少(約8万人)した(小山・杉藤,1984; 小山,1984).三内丸山遺跡の盛衰のトレンドは,全国のトレンドと一致するので,何らかの共通の環境的な要因が関係していると言われてきたが,連続的で定量的な環境記録の復元はほとんどなされていない.

<遺跡に近い海での環境復元の大きな利点>

三内丸山遺跡から20kmに位置する青森県・陸奥湾の堆積物(北緯41度,東経140度46分,水深61m)を採取し,環境復元を行った.陸と違い,海の試料は連続的に環境を記録しており,正確な年代や水温決定ができるという利点がある.

<遺跡の成立原因>

約5,900年前陸の気温が急に上昇して暮らしやすくなった.特に,ドングリやクリなどが繁茂し,その実りを享受できるようなったことが大きい.海産物の生産も増加した.

<遺跡の衰退原因>

4,200年前には急激に寒冷化した.特に,海水は2.0℃の下降を示した.2.0℃という気温・水温差は緯度方向の距離で約230kmに相当する(青森-仙台あるいは酒田).大きな実のなる(商業目的の)クリ林は,現在山形県あるいは宮城県南部以南なので,縄文中期には,青森でもりっぱな実のなる栗林が存在し,三内丸山遺跡の人々も食料も潤沢であった.しかし,突然の寒冷化により,クリなどの陸上の食料生産は激減した.陸上動物も同様に減少し,遺跡の人々の食料確保に深刻な影響を与え,遺跡の衰退をもたらした.この気候の寒冷化は日本全国でおこり,縄文人の人口減少の重要な原因であった可能性が高い.

<世界の文明盛衰とのリンク>

中国の長江周辺,西アジアのメソポタミアなど世界の文明においても,ほぼ同じ時期(4,000-4,300年前)に衰退が報告されている.このようにアジアの中緯度域でほぼ同時に文明が衰退していく原因は,アジアモンス-ンの寒冷化あるいは乾燥化などのさまざまな影響と言えるかもしれない.

<世界の文明盛衰とのリンク>

現代の地球温暖化では,今世紀中に世界の平均気温が約2.0℃上昇すると推定されている.年平均気温での2.0℃という気温変化,しかも速いスピードでの変化は,一次産業などが主体の共同体では大きな衝撃をもたらすものと危惧される.

〈用語説明〉

環境復元:水温の場合植物プランクトンが作る有機化合物より0.2℃位の精度で求めることができます.気温は陸上植生を花粉より,生物生産は有機炭素含有量から推定できます.

【発表雑誌】

(Kawahata, H., Yamamoto, H., Ohkuchi, K., Yokoyama, Y., Kimoto, K., Ohshima, H. and Matsuzaki, H. (2009) Changes of environments and human activity at the Sannai-Maruyama ruins in Japan during the mid-Holocene Hypsithermal climatic interval. Quaternary Science Reviews., 28, 964-974.)2009年5月 および 東京大学海洋研究所古海洋シンポジウム(2010年1月)にて研究成果を一部発表の予定.

三内丸山遺跡における水温,気温(花粉分布)の変遷

図1:三内丸山遺跡における水温,気温(花粉分布)の変遷.4200年前に水温が急激に下がったことがわかる.

2.0℃という水温,気温差は緯度方向で230kmに相当する.縄文中期には青森県でもりっぱな実のなる栗林があったと考えられる.

 

【問い合わせ先】

東京大学大学院新領域創成科学研究科 自然環境学専攻/東京大学海洋研究所 教授 川幡穂高(かわはた ほだか)

Tel:03-5351-6443 (秘書 幸田今日子:03-5351-6444)

Fax:03-5351-6445,E-mail:kawahata[atmark]ori.u-tokyo.ac.jp

住所:〒164-8639 東京都中野区南台1-15-1 A413号室

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