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南極海に広く分布する珪藻の新たな光利用戦略

2023年11月6日

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研究成果

発表者

藤原 敬允 海洋生態系科学部門/大学院新領域創成科学研究科 博士課程
吉澤 晋 海洋生態系科学部門 准教授

成果概要

生態系は光エネルギーを化学エネルギーに変換できる生物によって支えられています。代表例はクロロフィルを用いる光合成生物ですが、海洋にはロドプシンを用いて太陽光を化学エネルギーに変換する微生物も存在します。ロドプシンは植物プランクトンからも見つかっていますが、植物プランクトンが持つロドプシンの生理的役割はよく分かっていません。

本研究では、南極海に生息する植物プランクトンの珪藻が、低水温でも活性が維持されるロドプシンを液胞に局在させることを発見しました。本研究は珪藻が低水温、低い鉄濃度という光合成活性が制限される南極海において、ロドプシンを用いた巧みな生存戦略を持つ可能性を示す重要な知見となります。

発表内容

【研究の背景】
ほとんどの生物は太陽に由来する光エネルギーを用いて生命活動を行うため「生態系は光エネルギーを化学エネルギーに変換できる生物により駆動されている」と言えます。海洋環境は陸上生態系とは異なり、植物プランクトンやシアノバクテリアなどの微生物が主要な基礎生産者であり、これらの光合成微生物が太陽から光エネルギーを受容する唯一の生物である、と考えられていました。

ところが2000年、海洋細菌から光合成とは全く異なる、微生物型ロドプシン(注1)と呼ばれる光エネルギー受容機構の存在が報告されました。ロドプシンはレチナール色素を結合した膜タンパク質で、レチナール色素が光エネルギーを受容すると水素イオン(H+)を細胞の内側から外側へ輸送し、生物が利用可能な電気化学的ポテンシャルを生産します。その後の研究から、海洋表層に生息する細菌の過半数がロドプシン遺伝子を保有し、特定の海域ではロドプシンは光合成に匹敵するほどの光エネルギーを受容すると試算されています。さらに近年、植物プランクトンなどの光合成生物からもロドプシン遺伝子が見つかっていますが、なぜ光合成を行える植物プランクトンがロドプシンを持つのか?ロドプシンを持つことでどのようなメリットがあるのか?という生理的な役割はほとんど分かっていませんでした。

【研究内容】
本研究では、ロドプシン遺伝子を保有する珪藻(注2)が数多く分布する南極海に着目しました。南極海は低水温、低鉄濃度により、植物プランクトンの光合成活性が制限される海域です。ロドプシンは光合成と同様に、低水温では活性が下がる一方、光合成とは異なり鉄を利用しないため、低い鉄濃度でも活性が維持されると予想されました。ここから、“珪藻が持つロドプシンは、光合成が十分行えない環境での代替光エネルギー受容機構として機能する”という仮説を立て、その実証を目的としました。そこで、南極海から分離した珪藻(Pseudonitzschia subcurvata)を対象とし、P. subcurvata の持つロドプシン (P. subcurvata proton pumping rhodopsin : PsPPR)が低水温環境でイオンを輸送するか調べました。PsPPR遺伝子を人工的に合成し、大腸菌に異種発現(注3)させ、細胞懸濁液の温度を変えながらH+輸送効率を測定しました。その結果、予想と反し、PsPPRは5、15 ℃という低水温環境で効率よくH+を輸送することが分かりました(図1)。さらにPsPPRの生理的機能を詳細に分析するため、P. subcurvata細胞内におけるPsPPRの局在を免疫蛍光染色法(注4)により調べたところ、PsPPRが細胞内の液胞(注5)の膜上に局在することを見出しました(図2)。一連の解析結果から、光合成活性が制限される南極海において、PsPPRは生存に必要なエネルギー消費を抑える役割を担う可能性が示されました(図3)。

次に、鉄濃度が珪藻のロドプシンに与える影響を調べるため、属レベルで異なる3種の珪藻を用いて培養実験を実施しました。鉄濃度が異なる培地で珪藻を培養し、培養後の細胞内のロドプシンの量を測定した結果、3種全ての珪藻において、低い鉄濃度培地でロドプシンの産生量が増加しました。また、南極海の海水を採取し、海水中に生息する微生物の遺伝子発現量を調べた結果、鉄欠乏状態で発現が増加する遺伝子とロドプシン遺伝子の発現量には正の相関が観察されました。これらの結果は、南極海に生息する広範な珪藻が、光合成に加えてロドプシンを併用することで、低い鉄濃度という光合成活性が制限される環境で巧みに生存していることを示唆しています。

【社会的意義・今後の展望】
本研究から、光合成活性が制限される南極海において、珪藻はロドプシンによる光受容を活用することで適応してきた可能性が示されました。植物プランクトンは海洋全体の一次生産を担う主要な生産者であり、海洋生態系を流れる様々な元素の地球化学的循環に大きな影響を与えます。本研究成果は、植物プランクトンの新たな生存戦略を示しただけでなく、極域、さらには全球規模での生態系の理解深化に繋がることが期待されます。

図1 PsPPRのH+輸送速度測定

PsPPRを異種発現させた大腸菌の細胞懸濁液に光を照射し、懸濁液のpH変化を測定した。5 ℃での測定時もpHが低下、つまり細胞内から細胞外へH+を輸送したことが分かる。

図2 珪藻Pseudonitzschia subcurvataの顕微鏡写真

南極海から分離した珪藻P. subcurvataを染色・非染色状態で撮影した。PC:非染色のサンプルを微分環礁顕微鏡で撮影した画像、Mito : ミトコンドリア、Red : 葉緑体、DAPI : DNA、PR : PsPPRを染色し、撮影した画像である。これらを合成した画像をMergeとして示した。白いエラーバーは5μmを示す。

図3 液胞の膜上に局在するロドプシンの生理的役割

液胞は二次代謝産物やアミノ酸など様々な物質の貯蔵庫であり、貯蔵物は膜上のトランスポーターを介して液胞外から運び込まれる。この輸送のエネルギー源は膜を挟んだ水素イオンの濃度勾配であり、主に光合成によって産生されたATPを用いて形成される。ロドプシン(PPR)は光エネルギーにより、ATPを使わずに水素イオンを輸送して水素イオンの濃度勾配を形成するため、ATPの消費量を抑えることができる。

発表雑誌

雑誌名: 『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』(2023年9月18日付)120 (39) e2307638120
論文タイトル:Widespread use of proton-pumping rhodopsin in Antarctic phytoplankton
著者:Sarah M. Andrew, Carly M. Moreno, Kaylie Plumb, Babak Hassanzadeh, Laura Gomez-Consarnau, Stephanie N. Smith, Oscar Schofield, Susumu Yoshizawa, Takayoshi Fujiwara, William G. Sunda, Brian M. Hopkinson, Alecia N. Septer, and Adrian Marchetti*
DOI番号:10.1073/pnas.2307638120
アブストラクトURL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2307638120このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

吉澤 晋(よしざわ すすむ)
yoshizawaaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください。

用語解説

注1 微生物型ロドプシン
7回膜貫通型の光受容タンパク質であり、発色団としてレチナール色素と結合する。ロドプシン遺伝子は細菌、古細菌、真核微生物に広く分布することが知られている。
注2 珪藻
海洋・湖沼に広く分布する単細胞植物の一種。地球上の総光合成生産の1/4を占めるとも試算されており、生態系の炭素、物質循環やエネルギーフローにおいて極めて大きな役割を担う。
注3 異種発現
目的遺伝子のDNAを人工的に他の生物に組み込んで、特定のタンパク質を作らせる実験手法。
注4 免疫蛍光染色法
蛍光色素を連結させた抗体を用い、抗原の細胞内局在を顕微鏡下で観察する方法。
注5 液胞
細胞内にある構造の一つで、アミノ酸や無機塩類、二次代謝産物などを貯蔵する。また、分解酵素により不要物を分解する役割を担う。

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