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“海の砂漠”と考えられてきた東部インド洋における植物プランクトンブルーム形成機構の解明

2022年4月18日

江 思宇 (東京大学 大気海洋研究所)
橋濱史典 (東京海洋大学)
升本順夫 (東京大学 大学院理学系研究科)
Hongbin Liu (香港科学技術大学)
小川浩史 (東京大学 大気海洋研究所)
齊藤宏明 (東京大学 大気海洋研究所)

1. 研究背景

東部インド洋の海洋生態系は、沿岸国に食料等多様なサービスを供給する重要な役割を果たしています。しかし、現場観測があまり行われてこなかったため、大西洋や太平洋に比べてその生態系構造や動態は十分明らかになっていません。東インド洋は、今まで植物プランクトンが定常的に少ない“海の砂漠”ともいえる海域であると考えられてきましたが、近年の人工衛星等リモートセンシング機器により、時に植物プランクトンが増加し(植物プランクトンブルーム)、生物生産が高まることが明らかになってきました。これは、海洋物理学的な擾乱によって引き起こされると推定されていますが、現場観測によるこの現象の把握は未だなされていません。本研究では、ブルームがどのような条件で形成されるのかを、調査船による観測と現場培養実験に加え、人工衛星リモートセンシングを活用して明らかにしました。

2. 研究内容

本研究では、調査船による観測(図1)と人工衛星リモートセンシングの双方により、東部インド洋の異なる海域で、植物プランクトンブルームを把握することに成功しました(アニメーション1)。興味深いことに、海洋表層の窒素栄養塩濃度は、観測域を通じて枯渇しており、観測された高いクロロフィルを生産するには不十分でした。植物プランクトンの増殖速度と動物プランクトンの捕食による死亡率を同時に把握できる培養実験を行ったところ、ブルーム観測点(Stns 4, 5, 7)においては、植物プランクトンの正味の成長率(成長率から死亡率を引いた値)は、ゼロまたは負の値を示しました(図2)。このことは、観測されたブルームは減衰期にあり、やがて終焉することを示しています。人工衛星リモートセンシングによっても、植物プランクトンがやがて減少したことが確認されました(アニメーション1)。次に、窒素栄養塩の添加実験を行ったところ、ブルーム観測点では植物プランクトンの成長率が最大4.9倍増加しました。このことは、ブルーム中の植物プランクトンの成長は、窒素栄養塩が低濃度であるために制限されていたことを示しています。これらの結果から、観測された植物プランクトンブルームは、何らかの要因で窒素栄養塩が供給されたことにより発生し、しかし、栄養塩が枯渇することにより終焉することが示唆されました。次いで、人工衛星リモートセンシングにより得られる、海上風、流動場および海面高度のデータを解析し、栄養塩が海洋物理機構により供給されたかどうかの確認を行いました。この結果、南インド洋(Stn. 7)では低気圧性渦により、赤道域(Stns.4, 5)では、Wyrtkiジェットと呼ばれる赤道上の強い東向きの海流により、亜表層の栄養塩が供給されたことが示唆されました。後者の場合、このジェットがまず、観測域西方のモルジブ諸島にぶつかることで湧昇が生じ、栄養塩が供給されてブルームが形成されます。我々の観測したブルームは、ジェットによりこの植物プランクトンが増加した海水が調査域まで輸送されたものだったのです。この輸送過程も、人工衛星により捉えられています(アニメーション1)。

3. 社会的意義・今後の展望

本研究は、植物プランクトンの増殖と死亡率を東部インド洋で測定した最初の研究です。現場観測と培養実験に、人工衛星リモートセンシングを合わせて解析することにより、植物プランクトンブルームの形成機構を明らかにすることができました。東インド洋は、今まで信じられていたような常に植物プランクトンの少ない“海の砂漠”ではなく、様々な物理機構によって栄養塩が供給され植物プランクトンが増殖しては減少する極めてダイナミックな海なのです。今後、植物プランクトンブルームが魚類等高次捕食者およびその魚類生産を通じて私たちの社会に影響するかを明らかにすることが期待されます。

図1. 調査海域図。直線矢印は流れを(SEC:南赤道海流、ITF:インドネシア通過流)、円矢印は渦を示す。数字と点は観測点名を示す。

図2. 植物プランクトンの増殖率(Growth)、死亡率(Mortality)および正味の成長率(Net growth)。

アニメーション1 人工衛星リモートセンシングによる表層クロロフィル濃度の経時変化。高いクロロフィル濃度海域(水色から緑の海域 >0.2mg m-3)が、観測海域の赤道域(Stns.4, 5)および南インド洋のStn.7付近に見られる。数字と点は観測点名を示す。

発表雑誌

雑誌名:「Progress in Oceanography」Volume 203, April–May 2022(2022年3月21日付)
論文タイトル:Phytoplankton dynamics as a response to physical events in the oligotrophic Eastern Indian Ocean
著者:Siyu Jiang*, Fuminori Hashihama, Yukio Masumoto, Hongbin Liu, Hiroshi Ogawa, Hiroaki Saito
DOI番号:10.1016/j.pocean.2022.102784
論文URL:https://doi.org/10.1016/j.pocean.2022.102784このリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

Siyu Jiang jiangsiyuaori.u-tokyo.ac.jp   ※「◎」は「@」に変換してください

研究トピックス