ナビゲーションを飛ばす

教職員募集 所内専用go to english pageJP/EN

facebook_AORI

instaglam_AORI

マントルに至る硫黄のグローバル深部循環が明らかになった

2015年2月10日

鹿児島 渉悟(東京大学大気海洋研究所)
佐野 有司(東京大学大気海洋研究所)

典型的なマントル起源物質である中央海嶺玄武岩の精密分析と海底熱水データの解析から、これまで未知であった硫黄のグローバル深部循環を世界で初めて明らかにした。

概要

硫黄は生物活動だけでなく工業・医療面でも重要性の高い元素であるが、そのマントルー地球表層間での物質循環は十分に定量化されてこなかった。この物質循環を解明するためには希ガス元素であるヘリウムの同位体3Heが有用である。3Heは、そのマントルから大気, 海洋へのフラックスが良く制約されており、他の揮発性物質のフラックスを推定するためのトレーサーとなる。本研究では、MORB(注1), 海底熱水, および火山ガスに含まれるヘリウム, 硫黄, 炭素の組成を基に、硫黄, 炭素の上部マントルから地球表層環境へのフラックスを推定した(注2)。MORBの気泡および海底熱水のS/3He比から推定された中央海嶺における硫黄フラックスは100 Gmol/yであった。また火山ガスのS/3He比を基に火山弧からの硫黄フラックスを計算した(注3)ところ、海嶺からのフラックスよりも大きい値となった。しかしながら火山ガス中の硫黄の起源はマントルだけではない。本研究では世界中の火山ガスのS/3He比およびδ34S値が、上部マントル由来の硫黄, 堆積物やスラブ由来の硫化物, 海水や堆積物由来の硫酸塩の3つの端成分のミキシングによって説明可能であることを示した(図2)。これにより火山ガス中の硫黄に対する上部マントル成分の寄与は2.9%であると計算され、上部マントルからのフラックスは火山弧よりも海嶺の方が大きいことが分かった。炭素についても同様にフラックスの推定を行った。上部マントルから大気, 海洋へのフラックスは炭素の方が硫黄よりも12倍大きく、この比は二つの揮発性元素の表層存在度(注4)の比の13に近い。これは現在地球表層に存在する硫黄と炭素の起源がともに上部マントルであることを示唆している。本研究で結論付けられた深部硫黄循環像(図3a)はこれまでにない精密なもので、表層循環を補完することになり、今後多くの研究者に引用されるだろう。

背景

硫黄は生物を構成する重要な元素であり、合成繊維や医薬品の重要な原料である。炭素や窒素などと共に地球表層における物質循環として重要な地位を占め、良く研究されている。一方、地球深部のマントルまで含めた硫黄循環は十分に定量化されてこなかった。大気, 海洋中に存在する硫黄, 炭素, 窒素などの揮発性元素は、固体地球内部から火山活動を通じて放出されて蓄積したものであることが知られている。それらのフラックスを推定するための素直な方法は、火山からの放出量を測定することである。陸上火山からの硫黄のフラックスは太陽光の吸収スペクトル観測や人工衛星を用いたリモートセンシング(注5)によって良く決まっている。しかしながら海嶺における上部マントルから海洋への硫黄のフラックスは測定が難しいためよく分かっていない。本研究では、このフラックスをMORBと海底熱水の化学組成を基に推定することにした。特に3Heの上部マントルから海洋へのフラックスは海水中のヘリウム同位体分布などから良く決定されており、これを基準にして他の揮発性物質のフラックスを決定することが可能である(注2)。これまでN2, CO2など大気中の主要な揮発性物質のフラックスが、MORB, 海底熱水に含まれるそれらの揮発性物質の3Heに対する濃度比によって決定されてきた。本研究では、MORB中の上部マントル起源の硫黄と3Heの存在比を精密に分析し、高温の海底熱水と陸上の火山ガスのデータを合わせて解析することで、中央海嶺からもたらされる全球硫黄フラックスを推定した。そして、ここで決定した上部マントル起源の硫黄, ヘリウム組成を基にして、陸上火山から放出される火山ガス中の硫黄における上部マントル成分の寄与(注6)を決定し、火山弧におけるくさび型マントルから大気への硫黄フラックスを推定した。また近年、中央海嶺からの3Heフラックスが伝統的に用いられてきた1070 mol/yから530mol/yへと修正された(注7)ので、これまで3Heのフラックスを基に推定されてきたCO2フラックスについても本研究で新たに議論した。

成果

世界各地のMORBの気泡, 海底熱水(図1)の化学組成を基に上部マントル由来のS/3He比を決定し、それと既知の3Heフラックスを基に中央海嶺からの硫黄のフラックスを100 Gmol/yと計算した(図3a)。このフラックスは海洋地殻の硫黄濃度とマグマの生産速度に基づく推定値(注8)よりも小さかった。これは、海洋へと放出される硫黄はマグマの生産に伴って上部マントルから放出される全硫黄の一部であることを示している。また世界各地の陸上火山(図1)で採取された火山ガスのS/3He比と火山弧からの3Heフラックス(注3)を基に、火山弧における硫黄のフラックスを推定した。火山弧における硫黄フラックスは720 Gmol/yで中央海嶺よりも大きかった(図3a)が、火山弧から放出される硫黄の全てがマントルに由来しているわけではない。本研究では世界中の火山ガスのS/3He比およびδ34S値が、上部マントル由来の成分, 堆積物とスラブ由来の硫化物とヘリウム, 海水と堆積物由来の硫酸塩とヘリウムの3つの端成分のミキシングによって説明可能であることを示した(図2)。端成分の寄与を計算したところ、火山ガスに含まれる硫黄の2.9%が上部マントル成分に由来しており、くさび型マントルからのフラックスは21 Gmol/yであることが分かった(図3a)。上部マントルから大気, 海洋への硫黄のフラックスは合計で121 Gmol/yとなった(図3a)。また地球表層環境における硫黄のマスバランスより、沈み込む硫黄のフラックスは820 Gmol/yであり、その17%にあたる量がマントル深部へとリサイクルしていることが分かった(図3a)。

炭素についても同様にフラックスの推定を行うことが可能であった。海嶺におけるCO2/3He比は既知なのでそれを基に炭素の中央海嶺におけるフラックスを1200 Gmol/yと推定した(図3b)。また、すべての火山ガスのCO2/3He比およびδ13C値は上部マントル由来の成分, 有機堆積物由来の成分, 石灰岩とスラブ由来の炭酸塩とヘリウムの三つの端成分で説明可能である(図4注9)。火山ガスのCO2/3He比およびδ13C値から上部マントルの寄与を計算したところ、くさび型マントルからのフラックスは240 Gmol/yとなった(図3b)。これと海嶺のフラックスとの合計値は1440 Gmol/yである(図3b)。以上により得られた上部マントルから大気, 海洋へのフラックスは炭素の方が硫黄よりも12倍大きい。これは二つの揮発性元素の表層存在度(注4)の比の13に近い値である。このことは現在、地球表層に存在する硫黄と炭素の起源がともに上部マントルであることを示唆している。

今後の展望

本研究では、これまでよく分かっていなかった上部マントルから大気, 海洋への硫黄のフラックスを、汎用性の高い地球化学トレーサーである3Heのフラックスに対して規格化することで推定した最初の成果を報告している。この手法はマントル-地球表層環境間における硫黄の挙動を解明する上で有用である。また本研究では硫黄と炭素の物質循環を組み合わせて議論した。この二つの揮発性元素の物質フラックスおよび供給源が制約されたことは、地球表層環境の進化史を紐解く上で大いに役立つだろう。特にマスバランスによって説明される深部硫黄循環像(図3a)はこれまでにない精密なもので、表層循環を補完するために有用であり、今後多くの研究者に引用されるだろう。

発表論文

[論文タイトル] Sulphur geodynamic cycle
[発表雑誌] Scientific Reports
[著者] Takanori Kagoshima*, Yuji Sano, Naoto Takahata, Teruyuki Maruoka, Tobias P. Fischer & Keiko Hattori
(*連絡先:kagoshimaaori.u-tokyo.ac.jp)    *メールアドレスの「◎」は「@」に変換して下さい。
[DOI番号] 10.1038/srep08330  http://dx.doi.org/10.1038/srep08330

注釈

注1:MORB:中央海嶺玄武岩(mid-ocean ridge basalt)の略称。本研究ではマントル由来の揮発性元素組成がよく保存されているMORBの急冷ガラスを分析した。

注2:たとえば火山ガスや火山岩に含まれる、ある揮発性元素の3Heに対する濃度比が分かれば、それに3Heフラックスを掛け合わせることでその揮発性元素のフラックスを計算することができる。これは3Heのフラックスが良く制約されているためである。本研究ではフラックス推定の際にこの手法を利用している。

注3:マグマの生産速度を基に推定される火山弧からの3Heフラックスは中央海嶺の20%である(Torgersen (1989) Chem. Geol. 79, 1-14)ため、110 Gmol/yとなる。これと火山ガスのS/3He比とを掛け算することで硫黄のフラックスを推定した。

注4:表層存在度とは、地球表層のリザーバーにおける物質の総量のこと。ここでの地球表層リザーバーは大気, 海洋, 地殻を指す。Hilton et al. (2002) RiMG 47, 319-370 を参照。

注5:陸上から噴出物質中の二酸化硫黄による特徴的な太陽光の吸収スペクトルを観測したり、宇宙空間からオゾン全量分光計による二酸化硫黄の定量を行うことで、陸上火山からの硫黄のフラックスを推定することが可能である。

注6:寄与:火山ガスに含まれる硫黄の内、どの程度の割合がマントルに由来しているかということ。火山ガスのS/3He比およびδ34S値から計算することが可能である。

注7:海水中のヘリウム同位体分布などを基にマントルから海洋への3Heのフラックスが計算された。Craig et al. (1975) EPSL 26, 125-132. および Bianchi et al. (2010) EPSL 297, 379-386. を参照。

注8:海洋地殻の硫黄濃度を基本的に900ppm(ただし10%の部分では250ppm)として海洋地殻(3 g/cm3)の生産速度(21 km3/y)を掛け合わせると、硫黄のフラックスは1640 Gmol/yとなる。Hansen & Wallmann (2003) Am. J. Sci. 303, 94-148. を参照。

注9:火山ガスのCO2、ヘリウム組成はこれら三成分のミキシングで説明可能であることが知られている。Sano & Marty (1995) Chem. Geol. 119, 265-274. を参照。

図1:本研究で分析したMORBの採取地点(☆)、データを参照した海底熱水の場所(○)、およびデータを参照した陸上火山の場所(△)
RはMORB、熱水および火山ガスのヘリウム同位体比を大気の値Raで規格化した値を示す。

図2:火山ガスのδ34S-S/3Heダイアグラム
○は火山ガスのデータ (#1) Avacha, (#2) Mutonovsky, (#3) Kudryavy, (#4) Usu, (#5) Kuju, (#6) Satsuma-Iwojima, (#7) Lewotolo, (#8) White Island, (#9) Ngauruhoe, (#10) Momotombo, (#11) Galeras, (#12) Colima.(図1を参照)
端成分は上部マントル, 黄鉄鉱などの沈み込む硫化物, 沈み込む硫酸塩であり、それぞれを繋ぐ曲線はミキシングラインを表す。
すべての火山ガスの組成がこれら三成分の混合で説明できる。

図3:(a) 硫黄のフラックス (b) 炭素のフラックス(Gmol/y)
中央海嶺と火山弧における地球内部から海洋, 大気へのフラックスはMORB, 海底熱水, 火山ガス中での硫黄と炭素の3Heに対する濃度比から決定。
くさび型マントルから大気へのフラックスは火山ガスにおける上部マントル成分の寄与から決定。
その他のフラックスは地球表層における硫黄, 炭素存在度の定常状態を仮定した場合の値である。

図4:火山ガスのδ13C-CO2/3Heダイアグラム
○は火山ガスのデータ (#1) Klyuchevskoy, (#2) Koryak, (#3) Avacha, (#4) Mutnovsky, (#5) Kudryavy, (#6) Usu, (#7) Kuju, (#8) Unzen, (#9) Satsuma-Iwojima, (#10) Merapi, (#11) Lewotolo, (#12) Ngawha, (#13) White Island, (#14) Ngauruhoe, (#15) Cerro Negro, (#16) Momotombo, (#17) Pacaya, (#18) Galeras, (#19) Cumbal, (#20) Colima, (#21) La Primavera.(図1を参照)
端成分は上部マントル、沈み込む有機堆積物、沈み込む石灰岩などの炭酸塩であり、それぞれを繋ぐ曲線はミキシングラインを表す。
すべての火山ガスの組成がこれら三成分の混合で説明できる。

研究トピックス