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サンゴや二枚貝の炭酸カルシウム骨格を用いた古海洋環境復元

2009年6月

海洋底科学部門 海洋底テクトニクス分野1


 

サンゴをはじめとする、炭酸カルシウムの骨格や殻を作りながら成長する生物は、成長する際の周囲の水温や水の化学成分などといった環境情報を骨格に記録しながら成長します。このような生物の多くは、季節ごとの成長の違いによって骨格に明瞭な年輪を作るので、この年輪に沿って骨格の化学成分を分析することで、過去の環境に関する情報を詳細に知ることができます。一度作られたサンゴの骨格や貝殻は、その死後も化石として長い間その情報を持ち続けるので、現生の試料や様々な年代の化石試料を分析することで、過去の気候変動から海洋への人間活動の影響まで、幅広い海洋環境の変動についての情報を得ることができます。サンゴ骨格などを用いた過去の気候復元に関する研究は、将来の気候変動予測にも応用できるため、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)への貢献も期待されています。今回は、サンゴを用いた2つの研究と、淡水二枚貝を用いた研究の成果を紹介します。

サンゴ骨格を用いた西太平洋表層における鉛の空間分布と時系列変化に関する研究
 

人為起源の鉛は、有鉛ガソリンの使用、石炭燃焼や鉛などの鉱山の採掘など主に工業化に伴って放出されることが知られていますが、近年アジアにおいて工業起源の鉛の放出量が増加していることが指摘されています。そこで本研究では、小笠原から採取された、過去約100年の記録をもつハマサンゴ骨格を用いて、西太平洋表層に影響を与える人為起源鉛の放出起源の時系列変動を明らかにしました。また、骨格中の鉛の同位体比を測定することで、鉛の起源について推定を行いました。

分析の結果、1800年代後半の鉛は既に人為起源と考えられるものの、比較的中国のレスに近い値を示していました。その後1930年代初めまで連続的に鉛の同位体比206Pb/207Pb、208Pb/207Pbの低下が認められ、この傾向は、当時日本で低い同位体の値を示すオーストラリア産の鉛鉱石が多く使用されていたことと整合的です。一方、1950年から1970年代後半にかけてのサンゴ骨格中の鉛の起源を特定することは難しいですが、同位体比の変動とこれまでの報告から、ガソリンの添加剤として使われたアルキル鉛の影響を受けていたと考えられます。そして、有鉛ガソリンが日本で規制されて以降、特に1990年以降は顕著な208Pb/207Pbの上昇が見られました。これまでに中国起源の鉛は208Pbに富んでいることが報告されていることから、1990年以降、中国における鉛放出の影響が西太平洋域表層域にまで強く及んでいることが示唆されます。

ハマサンゴ骨格の柱状試料切削の様子

図1:(左図)ハマサンゴ骨格の柱状試料切削の様子。ハマサンゴは通常水深2~7mの浅い海に棲息し、直径1~3mにまで成長する。一般的にハマサンゴの骨格成長は1年間に1~2cm程度なので、大きなサンゴ群体は100年間以上の記録を骨格に持っている。(右図)サンゴ骨格のX線写真。季節による明暗の年輪をはっきりと見ることができる。

図2:小笠原とバミューダから採取されたハマサンゴ骨格中の鉛濃度と、小笠原のサンゴ骨格中の鉛同位体比。日本や中国での鉛の放出に伴ってサンゴ骨格中の鉛濃度が増加している様子が見られる。

 

キクメイシ科化石サンゴを用いた16,000年前の氷期古海洋環境復元
 

琉球列島宮古島沖で採取された、16,000 年前のキクメイシ科化石サンゴの骨格について、酸素同位体比やストロンチウムカルシウム比(Sr/Ca)の分析を行い現生のサンゴ試料と比較することで、当時の海水温と塩分の復元を試みるとともに、最終氷期のアジアモンスーンと呼応した海洋環境について考察しました。

16,000年前は、現在よりも寒冷な最終氷期と呼ばれる時代です。発達した氷床の影響で海水面が現在より約 100m 低かったと考えられており、この時期のサンゴ化石の採取は一般に難しく、この試料は当時の海洋環境を研究する上でとても貴重なものです。また、東シナ海は中国大陸の河川と黒潮の両方の影響を受ける場所であるため、過去の海洋環境を復元する上で重要な海域と考えられてきました。

本研究によって、16,000年前この海域では現在と比べて約5℃水温が低く、また塩分が高かったことが明らかとなりました。当時は海水準の低下によって黄河や長江といった中国大陸の河川が現在より東まで張り出していたと考えられますが、その影響は宮古島付近までは及んでいなかったようです。また、夏に弱く冬に強い最終氷期のモンスーン活動によって、この海域の高い塩分が形成されたのではないかと考えられます。

現生と化石キクメイシの比較による過去の水温・塩分復元の模式図

図3:現生と化石キクメイシの比較による過去の水温・塩分復元の模式図。水温と塩分双方の影響を受ける酸素同位体比(δ18O)と水温のみを反映するSr/Ca比を組み合わせることで、過去の水温と塩分を推定することができる。

 

淡水産真珠貝イケチョウガイの古環境研究への応用
 

二枚貝は、低緯度から高緯度まで、海域・淡水域の様々な環境に生息している生物で、成長と共に付加される炭酸カルシウムの殻を持っているため、幅広い古環境の復元に利用できるのではないかと期待されています。イケチョウガイは世界最大級の淡水産二枚貝で、その成長速度の速さから殻に保存された古環境記録と環境データとの高解像度の対比が可能です。本研究では、イケチョウガイの殻の酸素同位体比と骨格構造から、その古環境指標としての有用性を検証しました。

殻の成長方向に沿った分析の結果、殻の酸素同位体比には明瞭な年変動のパターンが見られ、湖水の水温変動をよく記録していることが明らかとなりました。このことは、二枚貝の殻が有効な古環境指標として利用できることを示しています。ただし、殻の形成は通年にわたって起こっていたわけではなく、冬季や夏季の一部に成長障害輪と呼ばれる殻の形成が停滞していた部分が認められました。これらは冬季に関しては低温や生殖活動、夏季に関しては極端な高温や降雨イベントの影響などが考えられ、古環境復元への応用の際にはこのような成長障害輪の影響を考慮する必要があります。

また、本研究では真珠についても酸素同位体比の測定を行い、アコヤガイなどの海成真珠と比較して真珠の形成がより低い水温で行われていることを明らかにしました。

図4:(上)殻の断面写真。イケチョウガイの殻は外・中・内層の三層構造から成る。(左下)内・中層は有機物と炭酸カルシウムの互層からなる真珠構造であるため、殻の内部は独特の真珠光沢をもつ。(右下)真珠の断面写真。真珠の内部には年輪状の縞が見られる。酸素同位体比分析の結果、淡水真珠の形成水温が明らかとなった。

イケチョウガイの殻の酸素同位体比から求めた水温と湖水温実測値の対比

図5:イケチョウガイの殻の酸素同位体比から求めた水温と湖水温実測値の対比。冬季の低温な時期に殻の成長が止まっている様子が見られる。

 

【参考文献】

Inoue, M., and Tanimizu, M.(2008), Anthropogenic lead inputs to the western Pacific during the 20th century, Science of the Total Environment, 406, 123-130.
Mishima, M., Kawahata, H., Suzuki, A., Inoue, M., Okai, T., and Omura A. (in press), Reconstruction of the East China Sea palaeoenvironment at 16 ka by comparison of fossil and modern Faviidae corals from the Ryukyus, southwestern Japan, Journal of Quaternary Science. 
Yoshimura, T., Nakashima, R., Suzuki, A., Tomioka, N., and Kawahata, H. (in press), Oxygen and carbon isotope records of cultured freshwater pearl mussel Hyriopsis sp. shell from Lake Kasumigaura, Japan, Journal of Paleolimnology.

研究トピックス