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動物プランクトンの多様性を探る - 全海洋動物プランクトンセンサス(Census of Marine Zooplankton: CMarZ)-

2009年2月

海洋生態系動態部門 浮遊生物分野

CMarZとは?

地球上の生命圏の95%以上を占める広大な海。そこには多種多様な生物の営みがありますが、わたしたちが知っているのはそのほんの一部に過ぎません。Census of Marine Life(CoML)は,この海にどれだけの種が,いつ,どこに,どれくらい住んでいるのか,その過去から現在にわたる変化を調査・解析し,海洋生物と地球環境の将来予測に役立てることを目指した国際共同プロジェクトで、2000-2010年の期間に,世界80カ国,2000人以上の研究者が参加しています。この中で動物プランクトン(図1)を対象としているプロジェクトが全海洋動物プランクトンセンサス(Census of Marine Zooplankton: CMarZ)です。動物プランクトンは岸辺から遙か沖合の外洋まで、また海面から超深海まで、海のあらゆる場所に生息しています。その中の一部のグループは海の食物連鎖や物質輸送の担い手として生態系のなかで大事な役割を果たすことが知られていますが、分布や生態がほとんど未知の種もたくさんいます。CMarZはこのような動物プランクトンを対象として、どういう種が(分類)どこに(分布)どのくらい(生物量)どのような種と(群集構造)暮らしているのか、またそれらはどのような遺伝学的特徴をもっているのか(遺伝学的多様性)について、情報を整備・拡充することを目指しています。CMarZには現在世界14ヵ国から23人が実行委員として、また138人がネットワークを通じた協力者として参加していますが、海洋研究所(東京大学)はアジア地域の拠点として、アメリカ地域(コネチカット大学)、ヨーロッパ地域の拠点(アルフレッド・ウェーゲナー極地海洋研究所)とともにこの活動を推進しています。

約7,000種が知られている動物プランクトンのごく一部の面々

図1:約7,000種が知られている動物プランクトンのごく一部の面々。 (1)(2)はカイアシ類。ボートのオール(かい)のような脚(あし)をもつためこの名がある。 動物プランクトンの中では数・量・種数ともに圧倒的に大きい。「海のお米」とも呼ばれ、ほとんどの魚はカイアシ類を食べて大きくなる。大きさは普通数mm以下。 (3)は「海の妖精」とも呼ばれるクリオネ。実は貝の仲間。 (4)も泳ぐ巻き貝のカメガイ。 (5)は肉食性のヤムシ類。カイアシ類をおもな餌とする。 (6)はクラゲノミ類、その名のとおりクラゲなどに寄生する。 (7)はオキアミ類。
「動物プランクトン」は水の中に棲み、泳ぐ力があまり大きくない動物を全てひっくるめた呼び名であり、きわめて多様な動物群を含むため、形や生活も実に多様性に富んでいる。カイアシ類、ヤムシ類、オキアミ類など数量の多いグループでは生活史や生態系の中での役割が良く知られている種もあるが、分布や生態がほとんど分かっていない種も多い。さらには、未だ発見されていない膨大な数の種がいると思われる。

 

どこで、何を、どうやって調べる?
 

CMarZは参加各国のメンバーの協力により、全世界の海域を調べています(図2)。個々の航海の研究目的はいろいろですが、航海機会の有効活用という方針に基づき、広範な海域から試料が収集されています。また、過去に採集され、大学や博物館の収蔵されている試料も必要に応じて分析しています。航海で採集された試料の一部は船上でただちに分類・同定し、映像を記録し、遺伝子を解析しますが、その他の試料は分類の専門家や遺伝子解析グループに送られます(図3)。

図2:CMarZの主な調査海域。これまでにメンバーの参加した研究航海は76回。極域から熱帯、河口域から外洋、表層から超深海と、世界の海域をほぼ網羅している。

図3:サルガッソ海での共同研究航海。日本を含む8ヵ国からの研究者・学生28名が参加した。
(1)SCUBAダイビングによる外洋での潜水観察。 (2)大型プランクトンネットによる5000 mの深海での採集など、様々な方法で全水柱から動物プランクトンを採集した。 (3)試料は船上でただちに専門家により同定され、映像として記録された。 (4)、(5)船上には遺伝子解析機器を持ち込み、同定した試料は遺伝子解析チームにより分析された。

 

ホットスポット-未知種の宝庫
 

過去に調査の乏しい海域や技術的に調査が困難であった領域は「ホットスポット」としてとくに集中した調査を行っています。これまでに東南アジアの河口、サンゴ礁、縁辺海域、熱帯・亜熱帯大西洋の深層、北極海等から100種をこえる未知の種が発見され、このうち約50種が新種として公表されました(図4,5)。標本を詳しく調べ新種として記載するには専門的な知識と多くの時間が必要ですが、CMarZではネットワークを通じた分類専門家による協力が大きく貢献しています。

サルガッソ海で採集された動物プランクトンのほんの一部

図4:サルガッソ海で採集された動物プランクトンのほんの一部。すべて船上で活きた状態で撮影された。
(1)は深海のカイアシ類。 (2)はSCUBAで採集されたクシクラゲ類。 (3)は泳ぐ巻き貝の仲間ウキヅツ。 (4)は眼の突き出た甲殻類ユメエビ。実はサクラエビの仲間。 (5)はオヨギゴカイ。その名の通り、ゴカイの仲間で一生をプランクトンとして過ごす。この航海では20種ほどの未知の種が採集され、現在専門家が研究中。

図5:(1)複雑な地形と地史的変遷の歴史をもつ東南アジアの内湾・沿岸・縁辺海では、注目すべきホットスポットとして、日本学術振興会(JSPS)の拠点プロジェクトとの連携と関係6ヵ国の研究者の協力により広範な調査が行われた。

図5:(2)はマレーシアのマラッカ海峡、 (3)、(4)はベトナム、ハロン湾でのプランクトン採集。これまでに60種をこえる未知種が発見され、48種が新種として公表されている。 (5)はその中の一種、中部ベトナムのサンゴ礁での夜間採集で発見されたカイアシ類Tortanus vietnamicus。昼間にはサンゴの影に隠れているため、これまで採集されなかったものと思われる。

 

遺伝子情報の活用
 

遺伝子は形態と共に、動物プランクトンの種多様性を記述し理解するための重要な情報を提供します。遺伝子情報は種間の類縁関係や系統の解析はもとより、形態では識別の難しい近似種や採集によって原形が失われてしまった種の同定など、実際の分類・同定にも活用されています。CMarZでは、全種に関する遺伝子(おもにmtCOI領域)配列情報の収集を目指し、世界から送られた試料について、アメリカ、日本、中国の研究グループが手分けして分析を進めています。これまでに現在知られている動物プランクトン約7,000種のうち約2,000種について解析を終えています。この結果、カイアシ類、ヤムシ類、オキアミ類などで多くの隠蔽種(遺伝子配列からは別種と考えられるが、形態では明確に識別できない種)が存在することが明らかになりました(図6)。これと並行して、丸ごとのプランクトン試料からメッセンジャーRNAを抽出・分析し、そこに含まれる全種の遺伝子配列を決定する試みも進行中です(図7)。

オキアミ類Euphausia属の遺伝子解析(mtCOI領域)により見いだされた隠蔽種

図6:オキアミ類Euphausia属の遺伝子解析(mtCOI領域)により見いだされた隠蔽種。黄色い四角で囲った3種は種内の変異が1-3%で、形態と遺伝子配列による分類が一致する。赤い四角で示した種は太平洋と大西洋の個体群が遺伝子で大きく異なるが、形態では識別できない。これら2群は隠蔽種と考えられる(Bucklin et al. 2007)。

図7:多くの種が混然一体となっている動物プランクトン試料を丸ごと分析することにより、そこに含まれる全種の遺伝子配列を網羅的に解析することができる。図は太平洋熱帯域の試料から得られた1,336のミトコンドリア(mtCOI)遺伝子配列の系統図。丸の色は遺伝子データベースの検索により推定された高次分類群を示す。この試料には少なくとも189種の動物プランクトンが、また親の形態だけが知られている仔稚魚やベントスの幼生が含まれていることが明らかになった。同定された種は11種だが、今後遺伝子データベースの拡充により、さらに多種の同定が可能になると期待される。

 

人材を育てる
 

動物プランクトンの分類には専門的知識を必要とします。CMarZでは活動の一環として動物プランクトンの研究法、とくに分類・同定法の実際についてのトレーニングコースを開催しています。東南アジアではJSPS事業との連携によりこれまでに5ヵ国で開催し、研究者、大学院生、環境関連技術者等、延べ約120人が講習を受けました。

図8:東南アジアで開かれている「動物プランクトンの生態研究・分類法トレーニングコース」の風景。期間は講義2日、野外実習1日、ラボ実習4日の約1週間。
(1)インドネシアでの採集法の講義。 (2)、(3)、(5)はマレーシア、ポートディクソンでのラボ実習。(2)プラクトン観察用の器具の説明の後で、(3)実体顕微鏡を使ってプランクトンの選別をしているところ。皆大変熱心である。 (4)、(5)はさらに細かい種の同定法の実習。(4)大きさ数mmのカイアシ類の同定には微小な付属肢の解剖が必要。そこで、解剖法を実演・伝授しているところ。 (5)必要に応じてマンツーマンで懇切に指導する。 (6)フィリピン、マニラ湾でのアウトリガー・ボートによる採集実習。

 

集まった情報は
 

プロジェクトメンバーにより収集・分析された個々の動物群と海域における生態情報(分布、豊度、生物量、多様度など)は採集のメタデータ(日時、装置、深度、分析者、環境情報など)とともにCMarZのデータベース(http://www.cmarz.org/jg/dir/CMarZ)から公開されています。また、アジア海域についてはCMarZ-Asia Database(https://www.godac.jamstec.go.jp/bismal/j/dataset/cmarz_asia)において分類、形態、遺伝子情報、および個々の研究者からの生態情報を提供していますが、現在プロジェクト全体での情報統合に向けて作業を進めています。

図9:CMarZ-Asia Databaseはアジア海域を中心とした動物プランクトン情報の総合的データベース。

 


【参考文献】

 

Bucklin A, Nishida S and Schiel S (2005) Census of Marine Zooplankton: a new global survey of marine biodiversity. IGBP Newsletter No. 60: 4.

Nishida S., Cho N (2005) A new species of Tortanus (Atortus) (Copepoda: Calanoida: Tortanidae) from the coastal waters of Nha Trang, Vietnam. Crustaceana 78: 223-235.

Ohtsuka S, Nishida S, Machida RJ (2005) Systematics and zoogeography of the deep-sea hyperbenthic family Arietellidae (Copepoda: Calanoida) collected from the Sulu Sea. Journal of Natural History 39: 2483-2514.

Bucklin A, Wiebe PH, Smolenack SB, et al. (2007) DNA barcodes for species identification of euphausiids (Euphausiacea, Crustacea) Journal of Plankton Research 29: 483-493.

Nishikawa J, Matsuura H, Castillo LV, Campos WL, Nishida S (2007) Biomass, vertical distribution and community structure of mesozooplankton in the Sulu Sea and its adjacent waters. Deep-Sea Research Part II 54: 114-130.

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