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ホルモンが鍵を握る海水への適応機構 -なぜ魚は海で体液バランスを保てるのか-

2008年10月

海洋生命科学部門 生理学分野


 

1.高い浸透圧環境での体液調節

 私たちは、淡水と海水を往来する回遊魚であるウナギを用いて研究をしています。淡水と海水双方によく適応できるため、2つの異なる浸透圧環境における調節機構を比べることにより、海水に適応するための仕組みを解析することができるからです。また、ウナギは手術に極めて強いため、さまざまな血管にカニューレを挿入してホルモンを注射したり、さまざまな部位で血圧を測定できるだけではなく、頭蓋に細いステンレス管を装着して脳内にも微量のホルモンを注射してその中枢作用を調べることができます(図1)。また、重要な浸透圧調節器官である鰓、消化管、腎臓(膀胱)などにカニューレを挿入して、水やイオンの出入りを測定することもできます。このように、ウナギは血圧調節や体液調節の研究に大いに役立っています。

図1

ウナギの血漿浸透圧はヒトと同様に海水の約3分の1しかないため、海水に移すと皮膚面積の20倍もある鰓上皮から主に脱水されます(図2)。そのため、海水を飲まないと血漿浸透圧の上昇と血液量の減少のため死んでしまいます。実際にウナギを海水に移すと1分以内に盛んな飲水が惹起されます。しかし、ウナギはなぜ海水を飲んでも大丈夫なのでしょうか?私たちが海水を飲むと食道や胃で水が管腔内に移動して体内から水を失います。しかし、ウナギの食道はほとんど水を通さずNaとClのみを通すため、そこで脱塩されて飲んだ海水の浸透圧が半分以下に減少します。さらに下部消化管に移動すると血漿と等張となり、Na-K-2Cl共輸送体によりイオンが吸収されると、それに並行して水も吸収されます。いっぽう、海水中に含まれるCa(10 mM), Mg (50 mM)などの2価イオンはほとんど吸収されませんが、HCO3イオンを消化管内に分泌することによりCaCO3やMgCO3の結晶として沈殿させ、消化管内の浸透圧を下げて水をさらに吸収しやすくしています(図2)。鰓から濃度勾配に従って侵入するNaやCl、および食道や腸で吸収される過剰なNaやClは、鰓の塩類細胞から外界に排出されます。塩類細胞は、NaとClを排出するために特殊化した細胞で、豊富に存在するミトコンドリアで作るATPのエネルギーを利用して、NaやClなどの1価イオンを海水以上に濃縮することができます。いっぽう、海水魚の腎臓は、海水との濃度勾配のため多少体内に入ってくるMgやSO4などの2価イオンを排出する場です(図2)。古生代に一度淡水環境に入った魚類のうち、条鰭類は塩類細胞を得たことにより再び海へと進出することができるようになりました。海には競争相手が少なかったため大きく多様化して、今では脊椎動物の半分以上の種を占めるグループになっています。

図2

 

2.海水適応とホルモン

 体液調節、あるいは浸透圧調節といったホメオスタシスをともなう調節には、ホルモンが重要な役割を担っています。体液のホメオスタシスに関与するホルモンは、その作用様式から大きく2つのグループに分類することができます。一つは短期作用型ホルモンで、環境変化に反応してすぐに分泌され、緊急対応的にすばやく水やイオンの収支を調節します。もう一つは長期作用型ホルモンで、新しくイオンや水の輸送に関与するタンパク質の合成を促進して、長期にわたって新しい環境に適応できる体づくりをします。陸上動物では体液調節に重要な短期作用型ホルモンが同定されています。それが抗利尿ホルモン(バソプレシン)で、そのホルモンや受容体が変異すると尿崩症とよばれる病気になり、常に水分を補わないと脱水してしまいます。しかし、脱水という点では陸上よりもさらに過酷である海水環境への適応には、長期作用型ホルモンとして成長ホルモンやコルチゾルが同定されていますが、陸上動物の抗利尿ホルモンに匹敵する重要な短期作用型ホルモンはまだ見つかっていませんでした。そこで、私たちは海水適応に無くてはならない短期作用型ホルモンを探索しています。これまでに、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)というホルモンをウナギで同定して、これが海水適応に極めて重要な短期作用型ホルモンであることを明らかにしました。ANPはウナギを海水に移すと血漿浸透圧の上昇に反応して心臓から分泌され、NaClの取り込みを抑制して過剰な浸透圧の上昇を抑え、海水適応を促進していることがわかりました(図3)。実際に、海水に適応したウナギにANPを投与すると血漿浸透圧が減少し、ANPの抗体を投与して血漿中のANPを無くすと血漿浸透圧が上昇します。このように、ANPは海水適応に極めて重要なホルモンであることがわかりました。また、私たちはナトリウム利尿ペプチドの分子進化にも興味をもち、これまで3種の分子からなると考えられていたナトリウム利尿ペプチドファミリーが真骨類では7種に多様化していること、また7種のうちCNP-4と名付けた分子が祖先分子であることを明らかにしました。そして、その祖先分子からどのように真骨類で多様化してきたかという道筋を示すことができました。詳しくは文献4と5を参照してください。

図3

 

3.今後の展望

 ANP以外にも、私たちはいくつかの新しい海水適応ホルモンの候補を見つけています。私たちは、まず個体レベルの生理学的な手法を用いてそれらホルモンの海水適応に対する作用を調べ、その作用が強力である場合には、その遺伝子を改変して海水適応能力の変化を調べようと試みています。その目的には、メダカ(Oryzias)属の魚類が最適です。メダカには塩分耐性が大きく異なる近縁種が存在するため、淡水種にANPを過剰に発現させると海水適応能力をもつようになるか、あるいは海水種のANP遺伝子を破壊すると海水に適応できなくなるかなど、遺伝子工学的な実験を行うことができます(図4)。いま大学院生がその実験に取り組んでいるので、もうすぐ面白い結果を報告できると期待しています。

図4

 


参考文献

1.竹井祥郎、兵藤晋、井上広滋、長谷川早苗、李遠友、宮崎裕明、川越暁、塚田岳大、弓削進弥(2002)高浸透圧環境への適応機構。月刊海洋29: 92-103.

2.Takei, Y., and Hirose, S. (2002). The natriuretic peptide system in eel: a key endocrine system for euryhalinity? Am. J. Physiol. 282: R940-R951.

3.Inoue, K., and Takei, Y. (2002). Diverse adaptability of Oryzias species to high environmental salinity. Zool. Sci. 19: 727-734.

4.Inoue, K., Naruse, K., Yamagami, S., Mitani, H., Suzuki, N., and Takei, Y. (2003). Four functionally distinct C-type natriuretic peptides found in fish reveal new evolutionary history of the natriuretic system. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 100: 10079-10084.

5.川越暁、兵藤晋、井上広滋、竹井祥郎(2004).ナトリウム利尿ペプチドファミリーの分子進化。化学と生物42: 273-279.

6.竹井祥郎(2005)。海は不思議の玉手箱。「16歳からの東大冒険講座1 記号と分化/生命編」培風館、東京。pp. 141-163.

7.Tsukada, T., and Takei, Y. (2006). Integrative approach to osmoregulatory action of atrial natriuretic peptide in seawater eels. Gen. Comp. Endocrinol. 147: 31-38.

8.竹井祥郎。(2007)。 恒常性(ホメオスタシス)とホルモン。「内分泌現象と生命活動」シリーズ21世紀の動物科学10巻、日本動物学会監修、長濱嘉孝・井口泰泉編、培風館、東京。176-209。

9.Takei, Y. (2008). Exploring novel hormones essential for seawater adaptation in teleost fish. Gen. Comp. Endocrinol. 157: 3-13.

10.竹井祥郎。(2008)。生命と水。「海と生命-海の生命観を求めて」海洋生命系のダイナミクス5巻、塚本勝巳編、東海大学出版会、秦野、印刷中。

研究トピックス