生命史:海に起源した生命はどのように進化してきたか? 

 地球上の生命は海に起源し,その多様化の過程の大部分は海で進行した.本研究班では,海に起源し多様化した生命の進化の過程を,主に分子生物学的手法により明らかにすることを目指している.とくに主要な生物グループの系統関係をDNA解析によって高い精度で推定することを基礎にして,微生物,藻類,無脊椎動物,脊椎動物それぞれの進化・多様化の過程を探求する.また,現在の種の集団構造を遺伝的に解析することにより,多様化の基礎過程である種分化が海洋でどのように起こるのかに関する理解を深めることにも務めている.さらに,将来の海洋生命系の変化を予測することを展望しながら,生物多様性の変動過程と維持機構を明らかにする試みを進めている.


 微生物の系統進化

 和田 実・塚本久美子(東京大学海洋研究所)

ー海洋生態系における細菌の進化,放散プロセスの解明ー

 このチームでは海洋生態系における細菌の進化プロセスの分子系統学的解明をめざしている.主にビブリオ属およびその近縁の細菌について調べたところ,ナトリウム依存性のエネルギー代謝系遺伝子 (nqrなど) に関しては16S rRNA遺伝子に基づく系統とほぼ一致することが明らかになった.一方,発光遺伝子 (lux) の系統はそれとは著しく異なる可能性が示された.これらの結果はナトリウム依存性のエネルギー生成系がビブリオ属および近縁の細菌の出現よりも前に完成していたことを示唆する.

 藻類の系統進化

 原 慶明(山形大学理学部)

 海洋生命系において種類数・量とも最も多いグループの一つである真核光合成生物の成立過程と多様化の機構を,光合成器官の獲得に関与した細胞内共生に着目して,形態学的,分子系統学的に解析している.研究は,1次共生生物 (灰色植物,紅色植物,緑色植物),2次共生生物 (不等毛植物,クロララクニオン植物),および3次共生生物 (渦鞭植物) のそれぞれに焦点を当てて進めている.

 無脊椎動物の系統進化

 小島茂明(東京大学海洋研究所)

深海における生物進化の実態を明らかにすることを目的に,化学合成生物群集の主要な動物群であるProvannidae科巻貝類,ハオリムシ類,シンカイヒバリガイ類の系統や種内の集団構造をミトコンドリアDNAの塩基配列やタンパク質二次元泳動を用いて解析した.比較のため,浅海域の海産無脊椎動物について同様の解析を進めている.また腕足動物門や棘皮動物門を中心として,高次分類群間の系統関係をミトコンドリアDNA上の遺伝子配列やホメオボックス遺伝子群の組成を指標として解析した.

 脊椎動物の系統進化

 西田 睦(東京大学海洋研究所)

 現在の海洋生態系において高位消費者の位置を占めているのは脊椎動物である魚類であり,その系統的構造と進化史を明らかにすることは,海洋生命系を理解する上で不可欠である.そこで本チームでは,DNA分析を通じて,魚類全体の系統構造を明らかにすることを目指して研究を進めており,既に100種を超える種のミトコンドリアDNAの全塩基配列を決定し終えた.得られたDNAデータは系統学的に解析するとともに,適切に時間較正を行ない,彼らの進化史をできるだけ正確な時間軸に沿って再構成することを試みている.さらに,いくつかの重要で興味深い魚類グループを取り上げ,それらに関してより詳細に分子集団遺伝学的,歴史生物地理学的分析を行い,海における種分化の過程や現在の魚類相の成立過程の探求も行っている.

 多様性の創出機構

 白山義久(京都大学白浜臨海実験所)

ー深海メイオベントスの多様性の創出機構ー

 深海のベントス群集の種多様性は,上に凸の二次曲線を描き,水深2000〜3000 mが最も高い.その理由として,攪乱による優占種の除去の役割が重視されているが,それを支持する具体的なデータはまだ無い.そこで,マンガン団塊の採鉱に伴った深海環境の攪乱を模擬した実験の前後の試料をもとに,攪乱が深海ベントス群集の多様性に与える影響を調べた.特にもっとも個体数密度が高い線虫類を主な研究対象とした.現在攪乱直前と攪乱2年後の試料の解析を終え,後者では優占種がいなくなり種の均等度が高まっていることが明らかとなった.今後攪乱直後および攪乱1年後の試料を分析し,時間的変化を明らかにする予定である.


 

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