機能系:多様な海洋環境に生命はどのように適応しているか? 


 爆発と崩壊の遺伝子

 渡部終五(東京大学大学院農学生命科学研究科)

研究目的

 個体数が大変動する現象は,タビネズミ,トビバッタ,マイワシなど様々な生物で知られている.しかし,天然で起こる変動には様々な要因が複雑に関わっているため,その機構の解明はきわめて困難である.そこで変動機構の解明にあたっては,まず実験環境で要因を単純化して,さらに適切なモデル生物を扱うことが必要となる.本課題は,個体数の爆発的な増加と崩壊を引き起こす遺伝子の存在を仮定し,シオミズツボワムシをモデル生物として個体数変動の分子機構を明らかにすることを目的とした.

研究成果

  1. 指数増殖期と定常期のワムシの遺伝子発現パターンを比較したところ,それぞれのフェーズに特異的と考えられる遺伝子がいくつか検出された.現在は,これらの遺伝子のクローニングを進めている.
  2. インスリン様シグナル伝達経路が生活史特性を制御していることが,線虫やマウスで報告されている.そこで,既知のインスリン様シグナル伝達遺伝子群の情報を基に,ワムシ相同遺伝子の探索を行った.現在までのところ相同遺伝子は得られていないものの,PCRの条件設定を変えながら探索を続行している.

 海洋生物の生体防御

 鈴木 譲(東京大学農学部)

 水生生物が海水,淡水という外部環境と直接接触する体表における機能性タンパク質を検索し,その役割を明らかにすることを目標に,今年度はウナギ体表粘液中に見られる2種類のレクチン(AJL-1,AJL-2)について全アミノ酸配列を決定した.AJL-2はCタイプレクチンでありながらCaイオンがなくてもウサギ赤血球凝集反応を起こす,他に例のない分子である.AJL-1はマアナゴのレクチンと高い相同性を示した.AJL-2は,他のウナギ目魚類にはない,淡水にも生息するウナギ体表に特有のものと考えられる.また,免疫グロブリン等の体表への分泌に関わる分子としてSCをゼブラフィッシュで解析し,その配列決定に取り組んでいるところである.

 バイオミネラリゼーション

 長澤寛道(東京大学大学院農学生命科学研究科)

本年度はバイオミネラルに含まれる有機基質の役割を明らかにするためのアッセイ系についてin vitro法とin vivo法の両方を検討している.

in vitro

  1. pH drop法:過飽和の炭酸カルシウム溶液からの炭酸カルシウム結晶化阻害能の検定を反応の進行にともなうpHの低下をpHメータで追跡する方法で,すでに確立されていた方法である.
  2. 濁度測定法:1)と同じ反応を行うが,この場合は結晶化する炭酸カルシウムによる溶液の濁度を可視光を用いて測定する.1)に比べて溶液量が約40分の1で検定できるという特徴がある.基本的に1)と同じ現象を別の測定法を用いているだけで,これもすでに他の研究者によって報告された方法である.
  3. カルシウム結合能の検定:ゲル電気泳動を行った後,stains-all染色あるいは45Caを用いて放射能が取り込まれるかどうかを調べる方法である.
  4. 炭酸カルシウム結晶化の際の結晶系(phase)に対する有機基質の効果を析出した結晶を電子線回折を用いて検定する方法である.これまで,ほとんどこのような方法は用いられておらず,有機基質の役割を特定する上で今後貴重な方法になると考えられる.

in vivo

 代表的な海洋における石灰化動物であるフジツボの幼生を用いて石灰化組織を顕微鏡的に観察する方法で,もともとは付着阻害のアッセイとして用いられてきた方法である.石灰化に炭酸脱水酵素が関与しているといわれてきたが,直接的証拠はこれまで得られていなかったが,炭酸脱水酵素阻害剤を与えると石灰化に異常が起こることがわかったので,石灰化阻害の応用的方法になると考えられる.現在,以上のような方法のほかに不溶性の有機基質の役割を明らかにするための方法を開発しつつある.また,これらの方法を用いて,いくつかの硬組織から有機基質を精製しており,新規化合物を同定しつつある.

 石灰化の分子機構

 渡邉俊樹(東京大学海洋研究所)

 造礁サンゴ類は,炭酸カルシウムを主要成分とする強固な骨格を形成する.造礁サンゴにおけるこうした炭酸カルシウム結晶形成(石灰化)は,共生藻の行う光合成とともに,海洋における炭素循環に大きな影響を持っている.こうした重要性にもかかわらず,サンゴ類の骨格形成の分子機構の研究は,現在まで殆どなされてこなかった.我々のグループは,2種の造礁サンゴ(アザミサンゴ,およびヒメマツミドリイシ)を研究対象に選び,骨格有機基質中に含まれるタンパク質の構造と石灰化における機能を調べることにした.現在までに,これらサンゴからのタンパク質の抽出方法を確立し,分子量の推定や糖鎖の付加の有無等の解析を行なった.現在これらのタンパク質の一次構造の解明を進めており,さらに遺伝子クローニングおよび機能の研究を目指している.

 あわせて,アザミサンゴのミトコンドリア全DNA配列の決定を進めている.この配列情報をもとに,地理的に離れたサンゴ集団間の遺伝的距離の解析を行い,サンゴ浮遊幼生の移動に関する基礎的知見を得たいと考えている.

 高浸透圧環境への適応機構

 竹井祥郎(東京大学海洋研究所)

  1. ウナギのナトリウム利尿ペプチド(NP)系のうち,ANPが海水適応に,CNPが淡水適応に重要なホルモンであることを明らかにした.従って,NP系が広塩性という優れた適応能力を発揮する上で重要な内分泌系であることを示唆した.
  2. 脊椎動物のNP系の進化を明らかにする目的で,現存する最も原始的な円口類に属するメクラウナギの心臓から新規のNPをクローン化した.
  3. ティラピアの腎臓から,淡水のみで発現しているクロライドチャンネルをクローン化して,クロライドの再吸収に重要な輸送体であることを示唆した.
  4. 尿素を血液中に蓄えるというユニークな海水への適応戦略をとるドチザメから,尿素輸送体と,その調節ホルモンと予想される3種の脳下垂体後葉ホルモンをクローン化して,今後の生理学的研究に材料を提供した.

 極限環境下の適応戦略

 太田 秀(東京大学海洋研究所)

  1. 日本周辺産深海性ウナギ類の採集と系統学的研究への材料の提供:水深300〜2500 mの日本産深海性ウナギのほとんどの種類を採集し,共同研究者の塚本教授・井上 潤氏らに提供した
  2. 遠州灘海域におけるシロウリガイの深度分帯と分布の研究:銭洲海嶺の太平洋側に新たなるサブダクションが生起していることを実証する新種のシロウリガイを発見,記載中.その他の冷湧水性化学合成群集の系統進化学は小島茂明氏と共同研究中
  3. 熱水性化学合成生物群集の探索と生物群集の採集:インド洋中央海嶺において,熱水噴出孔と生物群集を発見,採集(8月).現在鋭意解析中であり,これまで渇望されていた熱水性化学合成生物群集のグローバルな分布と系統進化学的研究に決定的な試料を提供することになった(Scienceに投稿中).
  4. 深海性魚類の浮力調節機構:深海性魚類の鰾内ガスの分析を行い,はたして浮力調節機能を果たしうるかの研究を開始した.鰾内ガスの組成(酸素/窒素比)は魚の種類により著しく異なり,赤腺で酸素ガスを分泌・吸収して鰾体積を調節するとは必ずしもいえないこと,また組成が著しく異なる種が異なるmigrationをすることを示唆した(10月学会発表済み).


 

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