連鎖系：巨大な海の生命システムはどのようなしくみで動いているのか？

　海洋は無数の連鎖系から成り立っている．異なる生物の相互認識に基づく連鎖系，食物網としての連鎖系，あるいは溶存有機物からマリンスノーに連なる非生物・生物混合した連鎖系，さらには沿岸と外洋，表層と底層などの隣接する生態系の間にも物質とエネルギーの流れを介した連鎖系がある．研究船による詳細なフィールドワークと最新の生物粒子計測システム，分子生物学的手法，安定同位体の手法を用い，ウイルスから動物プランクトンまでの生物群集が溶存有機物からマリンスノーまでの海洋での有機物・エネルギーの流れをどのように支配しているかを探るのが本研究班の目的である．具体的には，まず沿岸生態系を１つのモデル海域として表層から底層までの生物連鎖および非生物有機物連鎖の相互作用に注目してそれを支配しているダイナミックな要因を明らかにすることにチャレンジしている．

　小池勲夫（東京大学海洋研究所）

海洋中の非生物コロイド・懸濁・大型沈降粒子の動態に及ぼす生物活動の役割を解析するために次のような研究を進めている．

1. 数ミクロンからミリメーターサイズまでの海洋粒子のサイズスペクトラムが海域によってどうなっているかを評価するため，現場型の粒度分布計測計とマリンスノーカメラを開発あるいは導入中である．2つの測器は後半年位で実用の段階までもって行く予定である．
2. ナノメーターから1ミクロンまでのコロイド粒子のサイズ分布とその特性を走査型プローブ顕微鏡により解析することを試みているが，現在手法の検討がほぼ終了し東京湾，相模湾，黒潮域の異なる環境場でのサンプルについて解析を始める段階である．

　永田　俊（京都大学生態学研究センター）

海洋生態系における溶存有機物―微生物連鎖系の構造と機能に関する研究を進めている．

　微生物ループの起点連鎖系である溶存有機物と細菌群集の相互作用を明らかにするために，微生物群集解析の有効な手法であるFISH法と放射トレーサー手法を組み合わせた新規実験系の開発・検討を行った．これまでの研究の結果，高分子ヘテロポリマーであるペプチドグリカンの放射標識体をモデル化合物として用いることにより，沿岸海域の微生物群集による，複雑な有機ポリマーの分解・変質プロセスの詳細を解析することが可能になった．

　木暮一啓（東京大学海洋研究所）

海水中の微生物群集および微小粒子の検出，定量のため，2つの機器のテストを行っている．

1. 走査型プローブ顕微鏡を用い，細菌の形態，サイズ，体積の定量的データを取得中である．今後，微生物の表面構造解析，非生物体微小粒子の定量的解析の検討を行う予定である．
2. フローサイトメトリの利用性を確認するため，淡青丸に機器を積み込んで外洋の海水中の粒子の解析を行った．結果は解析中であるが，単細胞藻類，細菌群集が検出できるめどがついた．

　古谷　研（東京大学大学院農学生命科学研究科）

植物プランクトン群集組成について分類群固有の色素組成をもとに解析を進めている．

1. HPLCによる脂溶性指標色素の定量から我が国周辺海域における綱レベルでの各分類群のクロロフィルa現存量を得た．その結果，珪藻以外の植物プランクトンでは現存量に上限が存在することを認め，上限の成因について解析を進めている．
2. 水溶性色素であるフィコエリスリンの簡易定量法を開発し，黒潮域および赤道域で実用に供することを確認した．

　上　真一（広島大学生物生産学部）

動物プランクトンの沿岸・陸棚域での機能をその摂餌生態を中心に解析を進めている．

　カイアシ類Calanus sinicusは，北西太平洋陸棚域における代表的メソ−マクロ動物プランクトンの一種で，主としてミクロサイズの動植物プランクトンを摂食し，プランクトン食性魚類の餌となっている．瀬戸内海とその隣接海域における本種個体群の季節的動態，地理的分布の調査結果から，陸棚域における本種個体群の生物ポンプ機能の役割を推定した．

　西田周平（東京大学海洋研究所）

海洋の中・深層食物網の構造と機能を明らかにする目的で以下の研究を行っている．

1. 免疫組織化学と共焦点レーザー顕微鏡の併用による消化管内容物の同定・定量手法について検討を開始した．
2. 相模湾をフィールドとして(今年度淡青丸航海)，デトリタス食および肉食性中・深層カイアシ類の鉛直分布，食性，および餌料探索・摂食・消化・吸収に関与する器官の機能形態に関する試料を解析中．
3. 中・深層における有機物フラックスの主体をなすマリンスノーの個別・多数採取を目的とする吸引式採集装置の設計に着手した．