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深海に隔離されたマイワシのDNA

2025年12月11日

東京大学

研究成果

要約版PDFPDFファイル

発表のポイント

◆表層で生活するマイワシのDNAが北西太平洋の深海にも広く分布することを発見した。
◆表層で生産される植物プランクトンの死骸などと一緒にDNAが深海に運ばれ、低水温下で長期保存されることが示された。
◆海水中に放出されたDNA(環境DNA)を用いた魚類の分布モニタリングの精度向上につながると期待される。

マイワシの環境DNAが深海に隔離されるメカニズム

概要

東京大学大気海洋研究所の余泽庶特任研究員、伊藤進一教授らを中心とする研究チームは、マイワシが海水中に放出した環境DNA(注1)の観測を海面から深層にかけて実施し、マイワシの環境DNAが北西太平洋の深海に広く存在することを明らかにしました。

マイワシの主分布水深は100m以浅ですが、生息していない水深1000mでも環境DNAが検出されました。そして、低水温環境かつ表層での植物プランクトン生産が盛んな海域で環境DNAの表層に対する深層での割合が増えることがわかりました。マイワシの環境DNAが植物プランクトンの死骸などで構成されるマリンスノーなどに吸着し、深層へと沈降し、低水温環境で分解が抑制されることで、深海に広く分布することが推定されました。

これまで、環境DNAは放出された水深にとどまりながら比較的速やかに分解されると考えられていましたが、今回の発見により環境DNAモニタリングの精度向上が期待されます。

発表内容

近年、魚類から海水中に放出された環境DNAを分析することによって魚類の分布を調べる環境DNAモニタリング手法が開発され、魚類を殺傷せず、比較的低コストで魚類の分布を把握することが可能になりました。この手法は世界中で広く利用されています。しかし、これまでの研究では、環境DNAは海水と同じ密度を持ち、海水中を漂いながら数日以内に分解されると考えられてきました。このような性質をもとに、環境DNAが存在していた魚類の分布を反映していると仮定してきました。しかし、一方で、海底に堆積した堆積土の中からも魚類のDNAが検出され、環境DNAの鉛直的な挙動の解明が求められていました。

本研究では、北西太平洋において実施した東北海洋生態系調査研究船「新青丸」(2018年5月および2023年7月)と学術研究船「白鳳丸(2023年6月)」による研究航海(図1)で、海面から水深1000mまで採取した海水サンプル中に含まれるマイワシおよびカタクチイワシの環境DNAを調べました。その結果、北西太平洋の深層からマイワシおよびカタクチイワシの環境DNAが広域に検出され、特にマイワシの環境DNAが多く存在することが明らかになりました(図2)。

図1:本研究の海水サンプル採集および環境データ観測点(丸印)

(A) 2023年6月、(B) 2018年5月、(C)2023年7月 の観測点。○印の色はそれぞれの航海を表す。背景の色は観測期間中の海面水温を表す。海面水温はGHRSST Level 4 OSTIA Global Foundation Sea Surface Temperature Analysis data(https://doi.org/10.5067/GHOST-4FK02このリンクは別ウィンドウで開きます)よりデータを取得。Yu et al.(2025, Progress in Oceanography)より。

図2:マイワシ環境DNAの鉛直分布の例

2023年6月の白鳳丸航海にて、44°N,155°Eの測点で採水した海水から検出されたマイワシの環境DNAの分布(DNAコピー数濃度)。水温分布からこの地点でのマイワシの生息限界は、成魚で30m以浅、幼魚で5m以浅と判断された(点線)。生息できない深層で環境DNAが大量に検出された。Yu et al.(2025, Progress in Oceanography)より。

同時に観測した海洋表層の水温、植物プランクトン量の指標となるクロロフィル量、深海における海水中の溶存酸素濃度との比較も行ったところ、低水温かつクロロフィル量が多いとマイワシ環境DNA量の表層に対する深層での存在比が増加し、低酸素かつクロロフィル量が多いとカタクチイワシ環境DNA量の表層に対する深層での存在比が増加することが判明しました。

加えて、異なる水深における環境DNA濃度から環境DNAの沈降速度を推定したところ、環境DNAの沈降速度は、既往の研究で観測されているマリンスノーなどに相当する粒子状有機物(注2)の沈降速度と同程度であることがわかりました(図3)。これらのことからマイワシなどの環境DNAが、粒子状有機物などに吸着し、深海へと沈降し、低水温下で分解が抑制されることで長期間保存されていることが推測されました。 

図3:推定された各測点の環境DNA粒子沈降速度に対応した環境DNAの表層に対する残存比率

線の色はそれぞれの測点を表す。「eDNA remaining ratio」とは、0m(放出点)の環境DNA濃度を1にして、沈降と同時に分解した後に残ったDNA濃度の比率。Yu et al.(2025, Progress in Oceanography)より。

環境DNAを用いた生物分布調査は、近年急速に利用が拡大していますが、本研究により、マイワシから海水中に放出された環境DNAは同じ水深を漂うのではなく、深層へと沈降する性質を持っていることを初めて明示しました。この結果は、環境DNAが検出された水深に対象とする生物がいない危険性を示しています。本研究で推定された沈降速度をもとに、観測された環境DNAから実際に分布していた魚類の分布を復元する方法の開発が可能となり、環境DNAを用いてより精度の高い魚類分布推定が可能になることが期待されます。

〇関連情報:
「環境DNAを使用した海洋表層の高解像度魚類モニタリングの可能性」(2025/09/16)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/topics/2025/20250801.html

「黒潮の環境DNAから青魚の分布特性を探る」(2023/06/01)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2023/20230601.html 

「海水に含まれるDNAから外洋の小型浮魚類の分布を探る」(2022/09/08)
https://www.aori.u-tokyo.ac.jp/research/news/2022/20220908.html

発表者・研究者等情報

東京大学 大気海洋研究所
 海洋生物資源部門 環境動態グループ
  余 泽庶 特任研究員
  伊藤 進一 教授

論文情報

雑誌名:Progress in Oceanography
題 名:Environmental DNA of small pelagic fish in the deep ocean
著者名:Yu Z.*, Wong M.K., Inoue J., Lin Y., Yabe I., Higuchi T., Hyodo S., Itoh S., Nishibe Y., Obata H., Ito S.
DOI: 10.1016/j.pocean.2025.103625
URL: https://doi.org/10.1016/j.pocean.2025.103625このリンクは別ウィンドウで開きます

研究助成

本研究は、科研費「サンマ初期生活史の回遊経路の非連続性と分布沖合化維持機構の解明(課題番号:JP21H04735)」、科研費 学術変革領域研究 (B)「生物地球化学タグによる回遊履歴復元学の創成」計画研究「地球化学的生態指標とモデル解析を融合した高時間・高空間解像度回遊履歴復元(課題番号:JP22H05030)」、科研費 学術変革領域研究 (A) 「ハビタブル日本 - 島嶼国日本の生存基盤をなす大気・海洋環境の持続可能性」公募研究「A01-K106魚類成長-回遊モデルを用いた2010年代における魚類の体重減少原因の解明(課題番号:JP25H02072)」の支援により実施されました。

用語解説

(注1)環境DNA
生物から環境中に放出されたDNAを環境DNAと呼びます。海洋では、海洋生物から海水中に放出された生物片(魚類の場合、鱗や粘液など)に含まれるDNAを調べることによって、その海域に存在した海洋生物を特定できます。
(注2)粒子状有機物
海水中に含まれるミクロン単位以上の粒子状の生物に由来する有機物質(炭素化合物)を粒子状有機物と呼びます。

問合せ先

東京大学大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生物資源部門
教授 伊藤 進一(いとう しんいち)
E-mail:goitoaori.u-tokyo.ac.jp   ※アドレスの「◎」は「@」に変換してください

プレスリリース

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