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深海温泉から表層へ旅する貝の幼生

2017年7月25日

矢萩拓也(東京大学大気海洋研究所)
渡部裕美(海洋研究開発機構)
小島茂明(東京大学大気海洋研究所)
狩野泰則(東京大学大気海洋研究所)

発表のポイント

◆深海の熱水噴出域にすむ貝類の1種が、浮遊幼生期に太陽光の届く水深帯まで上昇遊泳し、表層海流にのって長距離分散することを明らかにしました。
◆熱水域の動物相を規定する一要因として、表層水温が重要である可能性を示しました。
◆深海化学合成生態系の成立、熱水噴出域と光合成環境間の物質循環に関する新たな視点をもたらすものと考えられます。

発表者

矢萩拓也(東京大学大気海洋研究所 海洋生態系動態部門 底生生物分野 特任研究員)
渡部裕美(海洋研究開発機構 海洋生物多様性研究分野 技術主任)
小島茂明(東京大学大気海洋研究所 海洋生態系動態部門 底生生物分野 教授)
狩野泰則(東京大学大気海洋研究所 海洋生態系動態部門 底生生物分野 准教授)

発表概要

深海の熱水噴出孔周辺には、バクテリアによる化学合成生産に支えられた、貝類・甲殻類・ゴカイ類などからなる特異な動物群集が存在します。熱水域は互いに離れて分布し、また比較的短命で不安定な環境です。よって、熱水固有の動物種が個体群を維持するためには、何らかの方法による熱水域間の長距離移動が必須と考えられます。

今回、東京大学大気海洋研究所の矢萩拓也研究員と狩野泰則准教授らの研究グループは、沖縄と伊豆・小笠原の熱水噴出域(水深442–1227m)に生息するミョウジンシンカイフネアマガイを対象に、幼生の飼育実験を行うとともに、地理的分布と集団間における遺伝子交流の程度を調べ、海洋での分散機構を検討しました。

その結果、同種の幼生は、太陽光が届く水深帯(200m以浅)まで泳いで浮上、植物プランクトンを食べて成長し、表層海流にのって長距離を分散することが明らかになりました。また、表層水温が、はるか深くに生息する熱水域動物の地理的分布を規定している可能性が示されました。これは、化学合成群集の生態・進化に関わる新たな仮説であり、熱水噴出域と光合成環境の物質循環にも新たな視点を加えるものと考えられます。

発表内容

暗黒・高圧の深海熱水噴出域環境には、化学合成細菌が作り出す基礎生産に支えられた特異な動物群集が存在します。熱水噴出域は、海底の火山帯や沈み込み帯周辺、拡大軸に沿って数十から数千キロメートルに渡り断続的に分布し、噴火活動の盛衰に伴う環境撹乱が頻繁に生じる不安定な環境です。熱水域に生息する無脊椎動物の多くは成体の移動能力に乏しく、従って浮遊幼生期(注1)における海洋分散が種の地理的分布を決定し、個体群の維持に重要な役割を果たします。熱水性動物の幼生の発達様式は、卵黄栄養型(注2)とプランクトン栄養型(注3)に二分でき、前者は底層流により分散すると考えられています。一方、後者は孵化後に上方へ移動し、摂餌・成長すると考えられていますが、幼生の実際の行動、特にその分散水深についてはほとんど解明されていません。

本研究グループは、沖縄トラフおよび伊豆・小笠原の熱水噴出域(水深442–1227m)から、プランクトン栄養型の腹足類であるミョウジンシンカイフネアマガイの成体と卵嚢を採集し、幼生飼育および集団遺伝学的解析により同種の分散機構を検討しました(図1–3)。シンカイフネアマガイ属の貝類は、三大洋の熱水域に広く分布する点、大気圧下での成体・幼生飼育が可能であり、卵嚢が透明で内部の胚発生を追える点、貝殻形態から発生様式および幼生着底サイズを推定できる点で、生態情報に基づいた幼生分散の研究対象として優れた分類群です。試料の採集は、海洋研究開発機構の海洋調査船「なつしま」と無人探査機「ハイパードルフィン」により実施しました。

卵嚢から孵化した幼生を実験室で観察したところ、すべての個体が継続的な上昇遊泳を行い、その速度は5°C・25°Cの条件下で毎分16.6–44.2mmに及ぶことがわかりました。また、これらの個体は、飢餓条件下でも5°C, 15°C, 25°Cで各平均156・84・30日間を生きながらえました。以上の値は、水深1000m超の深海環境から、幼生が餌なしで表層まで到達可能であることを示唆します。

植物プランクトンである珪藻を給餌した180日間の幼生飼育実験(図4)では、成体の生息環境に近い10°Cないし15°Cにおいてほぼ無成長のまま死亡する一方、同種地理的分布域の表層水温に近い25°Cで最高の生残・成長率を示すという、驚くべき結果が得られました。ただし、孵化幼生が同種の着底サイズ(殻径720µm)に至るには、この25°C条件の成長率でも1年以上の期間を要すると推定されます。そこで、地理的分布を網羅するよう採集した親個体を用いてミトコンドリアDNA配列を比較したところ、最大1300kmほども離れた全集団間に頻繁な交流が認められ(図5)、長期にわたる浮遊幼生期の存在が支持されました。

以上の結果は、ミョウジンシンカイフネアマガイ幼生が有光層(注4)において摂餌・成長し、表層流にのって長距離分散することを強く示唆します。なお、本種の成体は、伊豆・小笠原と沖縄トラフ北部の熱水域のみから報告され、その南に位置するマリアナ海域や沖縄トラフ南部の熱水環境からは知られていません。これら南方の海域では、夏季の平均表層水温が29°Cを超えるため、幼生は長期間生存できず死亡する(図4参照)と考えられます。つまり、表層水温が、はるか深くに生息する熱水域動物の地理的分布を規定している可能性があります。

興味深いことに、北極や南極の熱水噴出域では、すべての動物種が卵黄栄養型の発生様式をもちます。これら極域の熱水生物群集は、直上の表層水温が年間を通して−1°Cから2°Cしかなく、また餌となる植物プランクトンが僅かな時季にしか得られないため、長期の浮遊期を経て着底するプランクトン栄養型発生に不適であると考えられます。このことからも、表層環境が深海熱水動物の地理的分布を規定している可能性を推察できます。

今回の研究は、深海熱水噴出域に生息する固有種の一部が、幼生として表層まで遊泳し、長距離分散することを明らかにしました。分散機構に関する知見は、浮遊幼生期をもつ無脊椎動物における分布規定要因や個体群動態の理解に必須です。将来の海洋環境変動や人為開発が深海熱水生態系に与える影響を評価する際にも、重要な役割を果たすと期待されます。

用語解説

注1 浮遊幼生期
卵から孵化した幼生(子ども)が海中を漂う期間。
注2 卵黄栄養型
母親から受け取った卵黄を栄養源として成長する発達様式。
注3 プランクトン栄養型
浮遊生活中に他のプランクトンを食べて成長する発達様式。
注4 有光層
太陽光の届く水深帯、または水面から補償深度(植物の光合成量と呼吸量が一致する水深)までの層を指す。

発表雑誌

雑誌名:Ecology 98: 1524–1534
論文タイトル:Do larvae from deep-sea hydrothermal vents disperse in surface waters?
著者:Takuya Yahagi*, Hiromi Kayama Watanabe, Shigeaki Kojima, Yasunori Kano*
      (*責任著者)
DOI番号:10.1002/ecy.1800
アブストラクトURL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ecy.1800/fullこのリンクは別ウィンドウで開きます

雑誌名:The Bulletin of the Ecological Society of America 98: 231–235
論文タイトル:Larval connectivity between deep-sea hydrothermal vents via surface waters
著者:Takuya Yahagi*, Hiromi Kayama Watanabe, Shigeaki Kojima, Yasunori Kano*
      (*責任著者)
DOI番号:10.1002/bes2.1324
アブストラクトURL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/bes2.1324/fullこのリンクは別ウィンドウで開きます

問い合わせ先

矢萩拓也 yahagiaori.u-tokyo.ac.jp
狩野泰則 kanoaori.u-tokyo.ac.jp          ※メールアドレスの「◎」は「@」に変換して下さい

図版

図1. 北西太平洋熱水噴出域の分布。黒塗りはミョウジンシンカイフネアマガイ成体の生息地点で、地点間は最大1300 km離れている。

図2. 伊豆・小笠原海域の明神礁カルデラ熱水噴出孔(水深795 m)。堆積物表面には白色のバクテリアマット(正面下方)、ミョウジンシンカイフネアマガイ(中央部)とフジツボ類の一種Neoverruca intermedia(右上部)の群集がみられる。海洋研究開発機構の海洋調査船「なつしま」ならびに無人探査機「ハイパードルフィン」により撮影(NT14-06航海、第1652潜航)。©JAMSTEC

図3. 左上:明神礁カルデラ熱水噴出域から採集されたミョウジンシンカイフネアマガイ(殻長約6 mm)。右:同種孵化幼生の飼育実験。5°, 10°, 15°, 20°, 25°, 30°C条件において各10個体を1個体ずつ6か月間飼育し、成長と生残の至適水温を評価した。左下:25°C給餌条件の孵化後112日幼生(殻長260 µm)。

図4. ミョウジンシンカイフネアマガイ幼生の生残(左)および成長(右)。実線が給餌、点線は無給餌条件を示す。同種地理的分布域の表層水温に近似する25°Cの給餌条件で、最も良い成長・生残がみられた。成体の生息環境水温(11°C前後)では、ほとんど成長せず死亡する。30°Cの高温でも長期間生存できない。

図5. ミョウジンシンカイフネアマガイ成体77個体のミトコンドリアCOI遺伝子1218塩基対に基づく遺伝子型ネットワーク。色は採集地点、数字は各遺伝子型をもつ個体数に対応。小さな白丸は未発見の遺伝子型を、円を結ぶ線は一塩基の違いを表す。熱水域間には遺伝的な分化が検出されず、幼生分散による頻繁な交流が示唆される。

研究トピックス