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ホモ・サピエンスのアフリカ進出時の陸域環境復元 〜植生の増加が進出を後押し〜

2015年5月1日

伊左治雄太・川幡穂高(東大大海研)・ほか

発表の概要: ホモ・サピエンスのアフリカ出発時の環境を明らかにすべく、アデン湾で学術研究船「白鳳丸」を用いて採取された海底堆積物コア中の長鎖n-アルカンフラックスの変動を復元した。出発時に周辺陸域の植生量が増加し、食糧の増加などホモ・サピエンスの進出に適した環境が形成されていた可能性が示唆された。

 

発表者

伊左治雄太(東京大学大気海洋研究所)
川幡穂高(東京大学大気海洋研究所)
大河内直彦(海洋研究開発機構)
村山雅史(高知大学海洋コア総合研究センター)
玉木賢策(東京大学大学院工学系研究科エネルギー・資源フロンティアセンター)

発表内容

[背景]
アフリカからのホモ・サピエンスの進出は、ホモ・サピエンスの持つ重要な特徴である技術力、経済性、社会性、認識力の発達を伴ったと考えられており、人類史上最も重要なイベントと位置付けられている。そのため人類学、考古学、遺伝子学、地質学など多岐にわたる分野から注目されており、最新の研究では、進出がおよそ8-6万年前頃にアフリカ大陸北東部からアラビア半島南部沿岸を通じてユーラシア大陸へと繋がるルートで起こったことが裏付けられ始めている。この進出イベントでは、環境変動が強い影響を及ぼした可能性が高く、特に、極度な高温・乾燥環境が形成されているアラビア半島南部沿岸およびアフリカの角北部の環境は大きな障害となっただろう。ホモ・サピエンスの進出が起こった8-6万年前も、これらの地域は現代と同じように非常に乾燥した、ホモ・サピエンスにとって住みにくい環境だったのだろうか。

本研究では、白鳳丸KH00-05次航海において、アラビア半島北西部に位置するアデン湾で採取された海底堆積物コア(図1)の有機化学分析に基づいて、ホモ・サピエンスの進出が起こった8-6万年前のアラビア半島南部沿岸およびアフリカの角北部の古環境復元を試みた。人類史に関わる極めて重要な情報を保持している可能性の高いアデン湾の海底堆積物は多くの研究者の注目を集めているが、周辺域における近年の情勢の悪化が原因で、今後数十年は研究船の立ち入りが困難である。そのため、本研究は古環境学・人類学を中心に諸分野に大きなインパクトを与えることが期待される。

[研究内容]
アデン湾で採取された海底堆積物コアGOA4を一辺2cmのキューブでサンプリングし、試料から有機化合物を抽出した後、GC-MS/FID(ガスクロマトグラフ-質量分析計/水素炎イオン化型検出器)を用いて、抽出した有機化合物の同定・定量を行った。

本研究では、検出された有機化合物のうち、長鎖n-アルカンという陸上植物を主な起源とするバイオマーカーに着目し、そのフラックスの変動を過去20万年間にわたり復元した。その結果、長鎖n-アルカンのフラックスが20-18.5、12-9.5万年前、そしてホモ・サピエンスの進出が起こったとされる時期にほど近い7-5万年前に増加していたことが明らかになった(図2)。

長鎖n-アルカン量の変動をコントロールしている原因の一つとして、長鎖n-アルカンの起源地域であるアラビア半島南部沿岸およびアフリカの角北部の植生量の変化が挙げられる。これらの地域は非常に乾燥しているため、降水量の増加に伴って植生量が増加したと考えられる。実際、長鎖n-アルカンフラックスが高い時期は、アラビア半島南部沿岸で行われている鍾乳石の分析に基づく湿潤期と一致しているか、もしくは直後にあたっている(図2)。一部鍾乳石の湿潤期と一致しない時期があるのは、植生量の増加の方が鍾乳石よりも降水量の変化に敏感に応答しているか、長鎖n-アルカンが陸上で生成されてから運搬されるまでにタイムラグが存在することが原因として考えられる。

本研究結果から示唆された7-5万年前の植生量の増加は、この時期にホモ・サピエンスにとってより好ましい環境が進出ルートにおいて形成されていた可能性を示唆する。アフリカ東部ではおよそ7万年前に湿潤化が起こったことが明らかになっており、それに伴う人口増加がホモ・サピエンスのアフリカからの進出のトリガーとなった可能性が指摘されている。本研究から示唆された7-5万年前におけるアラビア半島南部沿岸の植生量の増加は、この指摘と整合的である。

発表論文

Isaji, Y., H. Kawahata, N. Ohkouchi, M. Murayama, and K. Tamaki (2015),
Terrestrial environmental changes around the Gulf of Aden over the last 210 kyr deduced from the sediment n-alkane record: Implications for the dispersal of Homo sapiens.
Geophys. Res. Lett., 42, 1880–1887.
doi: 10.1002/2015GL063196.

図1 GOA4は、12°49.29ʹN, 46°55.94ʹEにおいて水深1474mから学術研究船「白鳳丸」を用いて採取された。赤い三角形はFleitmann et al. (2003, 2011)、Brook et al. (1990)による鍾乳石の採取地点を示す。この地域は、夏季には南西モンスーンおよび北西風が吹いている(実線矢印)。破線の矢印は、ホモ・サピエンスの進出ルートを示す。

図2 GOA4から復元された、長鎖n-アルカンフラックスの変動を表すグラフ。青いバーで示した時期は、Fleitmann et al. (2003, 2011)において鍾乳石により復元された湿潤期である。

研究トピックス