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地球表層の環境/生物動態を追跡する放射性炭素 ~「生物履歴学」の創成をめざして~

2013年5月20日

横山 祐典(海洋底科学部門海洋底テクトニクス分野 准教授)

地球に降りそそぐ高エネルギー宇宙線と大気との相互作用で作られる放射性炭素(14C)。生成後すぐに酸化され、二酸化炭素として大気や海洋そして生命を含む物質循環のながれに乗って地球表層環境中に分散します。その後、長い年月を経て窒素へと崩壊していく放射性元素であるため、いわばそれは「時計をもった炭素」として環境中に広がります。この分析を微量かつ高精度で行える装置が「加速器質量分析装置(Accelerator Mass Spectrometry: AMS)」です。2013年春、大気海洋研究所に導入、稼働開始しました。

シングルステージ加速器質量分析装置(YS-AMS)

最先端次世代研究開発支援プログラム(NEXT GR031:横山祐典)にてAMSを導入、当初は本郷キャンパスの大型AMS施設に間借りして運用開始する予定でした。この装置は一般のAMSの特徴である2段階加速を行わない、日本初のシングルステージAMSです。そのこともあり、大気海洋研究所の分析装置の目玉の一つとして広く将来的に利用が可能ということから、観測機器棟と大気海洋研究所の間に実験棟の建設が叶い、柏キャンパスでの運用開始となりました。

新しく建設された加速器実験棟

1兆分の1

地球表層に分布する放射性核種は、過去の地球表層環境現象のタイミングを決める際に広く用いられています。その中でも放射性炭素同位体を用いた年代測定法(14C法)は、考古学などの分野において最もポピュラーな年代測定法として知られています。生物は、活動中は食物等を介して14Cを取り込みますが、死後は新たな14Cの取り込みがストップし、体内にあった14Cは半減期5,730年で窒素に崩壊していきます。これを使うことで年代決定が可能です。大気中の炭素のほとんどは質量数が12の炭素です。しかし宇宙線により生成される放射性炭素14Cは質量数が14であり、質量数12の炭素の1兆分の1しか存在していません。この僅かな量の14Cを分析するには、一般の質量分析とは異なる方法で目的核種を分析・検出する方法が取られます。その際に用いられるのがAMSです。

進み具合が変わる「時計」

この14C法、分析する装置と方法もユニークながら、時計としての「機能」もユニークです。私たちが普段使用している時計は、通常、進んだり遅れたりすることなく一定の速度で動いています。ところが14C法は、「時計」として一定の速度で動いているわけではなく、大気中でどれだけ毎年作られるか(生成率)、それがどのように地球表層の生物/環境に分配されるか(炭素の「貯蔵庫」間での分布)などによって違った「速度」で動いていることがわかってきました。となると「ほかの時計に替えよう」と一蹴したいところです。しかし14Cは、炭素を含む物質にあまねく広がっていて、近年では僅か1mgあれば正確に存在量を測定できるというメリットがあります。

したがって、それらの特徴は受け入れて、過去の時計の進み具合や遅れ具合を校正する「物差し」を作れば良いという考え方が国際的な流れになり、これまで取り組まれてきました。例えばウラン系列核種は、14Cと違って生成率とは関係なく正確に時を刻むと考えられているため、ウランと14Cのどちらも測定可能なサンゴ試料を使って過去の校正曲線を作成したり、木の年輪の1年1年の試料を分析し、校正曲線を作成するという国際的なプロジェクトが進んでいます。おおよそ11,000年前までは木の年輪で比較的容易に校正曲線を作成できます。けれども、さらに古くなると分析に提供できる試料の少なさから困難さが増してしまいます。14C法は年代ツールとしては5万年前まで適用可能なので、その手法の1/5の期間しか信頼度の高い校正曲線が得られていなかったのは大きな問題でした。

台風で倒れた室生寺の大木。この年輪の放射性炭素の分析結果も、過去の大気14Cの記録復元に使用された。

パプアニューギニアの海底に広がるサンゴ。ウラン系列核種と組み合わせると、校正曲線が作成できる。

春になると花が咲くように、湖や海洋でもプランクトンのブルーミング(大増殖)は、1年のうちのある時期におこります。これが湖底や海底に堆積します。また、秋から冬にかけては粘土鉱物が堆積し、暗色層を作り出します。この2層を組み合わせることで、1年ごとに年輪ならぬ「年縞」というしましまができます。するとこれを1年1年数えていき、堆積物に含まれる木の葉などの有機物の14Cを測定することで校正曲線を得ることが可能です。福井県の水月湖はこの条件を持った湖で、私たちがオックスフォード大学などイギリスのグループと一緒に行った研究の成果は、昨年SCIENCE誌に掲載されました。この水月湖の校正曲線を用いると5万年前ちかくのデータでもわずか170年の誤差で測定が可能です。いうなれば世界一高精度な校正曲線を発表したということになります。またさらに国際深海掘削計画(IODP)で掘削したタヒチのサンゴを使ったウラン系列核種年代測定と組み合わせた14Cの結果を、フランスのグループと一緒に2013年に発表しました。この結果は水月湖の校正曲線とともに、新たに発表される国際標準校正曲線にくみこまれることになっています。

コア採取風景(上)と水月湖のコア(下)

表層のものの動きをとらえる14C

まるで炭酸飲料のように、海洋には多く二酸化炭素が混じっています。そのなかに「時計を持った」炭素である14Cが存在しており、大気からどれくらい隔離されたかがわかります。また、海洋に溶け込む二酸化炭素は膨大で、これにより、先に述べたように大気中の存在度が変化してしまうほどです。このため、時計の速度の変化が起きるのですが、時計としてのデメリットは一方で表層循環をとらえることができるメリットにかえられるのです。

たとえば海洋大循環の速度は一周およそ1,000年くらいと言われていますが、そのゆっくりとした流れをとらえるのに有効な「化学指紋」が14Cです。

最近の50年間についてはさらに詳しくとらえることができます。米ソの冷戦時大気核実験によって人為起源の14Cが大気中にひろく拡散し、その後、1963年の国連の部分的核実験禁止条約が発効する前までに、自然のレベルの2倍にまで達しました。その減衰を調べることで、物質や生物それに有機物がどのくらいの速度で循環しているかを調べることができます。

大気中の14C存在量の変化。1963年をピークに現在にかけて減衰している様子がわかる。

魚の回遊履歴を「化学指紋」によって明らかにしようというのが生物履歴学である。

これまで述べてきたように14Cは「時計を持った炭素」であるため、物質や生物の移動について詳しく調べることが可能です。つまり前述の「ものの動き」をとらえるという研究範疇に区分できます。大気海洋研究所では2014年度の事業開始を目指し、「生物履歴学の創成」というタイトルの概算要求を提案しました。これは14Cのほかにナノシムスを使った安定同位体分析も組み合わせます。ナノシムスは高空間分解能で化学分析を行うことが可能な装置です。これを組み合わせることで、生物がどこで生まれてどのような経路でどう成長してきたかについて詳しく分析することで、生物動態や環境動態を詳細に解明し、生物多様性や食の安全などの重要なテーマにも貢献していこうとするものです。

大気海洋研究所には環境や生物の動態をモデルや観測を使って行っている研究者が多く、幅広い応用範囲が期待されます。今年度導入されたYS-AMSにより、環境および生物の研究者のハブとなり触媒となるような、新たな学問分野の展開に寄与する大きな可能性を秘めています。

国際規制の声があがるなか、日本の食卓を「持続可能」にするためにも、
水産資源を含めた生物履歴の正しい評価が必要。


* Ocean Breeze 第12号(2013春)より転載いたしました。

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