ナビゲーションを飛ばす

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横風を相殺して飛ぶ海鳥 ~バイオロギングにおける逆問題アプローチ~

2017年9月28日

後藤佑介・佐藤克文(東京大学大気海洋研究所)

発表のポイント

◆海鳥の経路データを用いて、直接計測が難しかった海上の風と鳥の体軸方向の推定に成功した。
◆海鳥は目印のない海上でも、横風によって移動方向がずれないよう体軸方向を調整していたことが、推定された風と体軸方向から明らかになった。
◆これまで物理学や工学で馴染み深かった、結果から原因を推定する逆問題型アプローチを、バイオロギングデータの解析に用いることで、動物行動学的に有用な情報が推定できることを示した。

発表者

後藤 佑介(東京大学大学院農学生命科学研究科水圏生物科学専攻/東京大学大気海洋研究所行動生態計測分野 博士課程3年)
佐藤 克文(東京大学大気海洋研究所 教授)

発表概要

飛行機や船は、横からくる風や海流によって進路が目的の方向からずれないよう、機体の方向を、流れが来る方向へわずかにずらして移動しています(図1)。一方で、飛んだり泳いだりする動物も絶えず風や海流の影響を受けて移動しています。彼らが遠く離れた目的地へ辿りつく際に、好ましくない横からの風や海流に対してどのように対処しているか(あるいは対処していないか)は動物が自分や目的地の位置を把握する能力(ナビゲーション能力)を知る重要な手掛かりを与えてくれますが、未だに多くの謎に包まれています。その原因のひとつとして、動物の体軸方向と風や海流を、広範囲にわたって測ることが難しいことが挙げられます。

近年、動物のトラッキング技術の発展により様々な動物の移動経路が記録できるようになりました。東京大学大気海洋研究所の後藤佑介大学院生、佐藤克文教授と名古屋大学の依田憲教授は、鳥の経路データから計算できる対地速度ベクトル(地面から見た移動速度と向き)が、風の影響で平均ベクトルの方向に対し左右非対称に分布することを発見しました(図3C)。そしてこの非対称性を利用して、オオミズナギドリという海鳥の飛行経路のデータから、鳥の体軸方向と経路上の風を推定することに成功しました(図3B)。

推定結果から、帰巣中のオオミズナギドリが横風に対してどのように対処しているかを調べたところ、鳥は横風に流されないように、風が左(右)から吹くときは左(右)に体軸方向を調整していることがわかりました(図4)。注目すべきは、オオミズナギドリが目印がほとんど無い海の上でこの調整を実現していた点です。これは、あたかもGPSとコンパスを持っているかのように、オオミズナギドリが自分の位置と目的地の方向を把握していたことを意味します。

本研究は、これまで検証が難しかった海上での鳥のナビゲーション能力を明らかにすると同時に、動物を取り巻く環境とそれに対する動物の応答という動物行動学的に重要な情報が、経路データという計測が簡単なデータの中に隠されており、それらを推定する逆問題型アプローチの有効性を示しました(図2)。

発表内容

【背景】
横風が吹く状況で、機体を目的方向に向けて飛ぶ飛行機の移動方向は、目的方向から結果的に逸れてしまいます。そこで目的地の方向へ飛ぶには機体の向きを目的地の方向からずらし横風を相殺する必要があります(図1)。この横風の相殺を実現するには、地球上での自分の位置と目的地の方向を知っていなくてはいけません。 飛行機のパイロットはGPSやコンパスを使ってこういった情報を知ることができますが、空を飛ぶ鳥も同じように横風を相殺できるのかは、古くから関心を集めていました。その中でも、海上で鳥が横風を相殺できるかは特に重要な問題です。陸上での横風の相殺は、地上の目印を使って自分の位置や目的地の方角を知ることができるため容易と考えられますが、海の上にはそのような目印がありません。そのため鳥が海上で横風を相殺していた場合、鳥が(何かしらの方法で)自分の位置と目的地の方向を知る能力を持つことを示す強力な証拠になるのです。しかし、横風の相殺の検証に必要な、鳥の体軸方向と風を長時間、広範囲にわたり高い解像度で直接計測することは技術的に困難でした。

【研究内容】
例えば人が目的地へ歩いているとき、一歩ごとに進む方向と歩幅には、ある程度のばらつきがあるはずです。このとき、進む方向が目的方向に対し左や右にずれても移動速度に差はありません。つまり対地速度ベクトルが平均ベクトルのまわりに左右対称に分布すると予想されます。次に流氷のような動く地面の上を人が歩いている状況を考えます。このとき、同じように氷の上に乗っている人から見ると、氷に対する速度ベクトルは先ほどと同様に平均ベクトに対し左右対称になります。しかし、動かない地面の上にいる人から見た、歩いている人の地面に対する速度ベクトル(対地速度ベクトル)の分布は、流氷が移動する影響で、平均対地速度ベクトルの方向に対し左右非対称になります。このロジックは風にのって飛ぶ鳥でも成り立ちます(図3A)。私たちは対地速度ベクトルの非対称性の度合いは、風ベクトルと空気に対する鳥の速度ベクトルによって決まっており、非対称性を利用してこの2つのベクトルが推定できることを発見しました。我々は岩手県の無人島で繁殖するオオミズナギリにGPSを装着し、海上での移動経路を1分ごとに記録しました(図3B)。そして、この推定方法を利用して31羽分の経路データについて風と鳥の体軸方向を推定しました(図3BC)。

推定した風は気象モデルによって計算された時間解像度の粗い風情報と比較すると正の相関があり、鳥の経路データから風が推定できていることが確認できました。また、推定された体軸方向と風の情報をもとに、帰巣中のオオミズナギドリの横風に対する応答を調べたところ、岸からの距離によらず鳥が横風を相殺していることがわかりました(図4)。これは目印の乏しい海上であっても、鳥が自分の位置と目的地の方角を把握していたことを意味します。また、より詳しく調べると(1)岸近くの海上を飛ぶ時の方が、沖を飛ぶ場合よりも風の相殺の度合いが強いこと、(2)岩手沿岸に近づくほど目的方向がゴールの巣から海岸線へずれることがわかりました(図4)。これらは鳥が自分の位置と目的方向を把握できる一方で、海岸線のような目印を利用できる場合はそれらを積極的に利用することを示唆しています。

【社会的意義・今後の課題】
観測された結果(経路データ)から逆にその原因(風と鳥の体軸方向)を推定する方法は逆問題アプローチと呼ばれ、物理学や工学では馴染み深い考え方です。本研究は、この逆問題アプローチをバイオロギングデータの解析に適用することで、動物行動学において重要でありながらこれまで計測が難しかった変数が推定可能であることを示すものです(図2)。本研究の手法が推定に必要とする経路データは、バイオロギングデータの中でも特に多くの種で計測されており、更に近年はその質と量が急速に向上しています。今後本研究のアプローチは風や海流の影響をうけて動く動物達のナビゲーション戦略を明らかにするとともに、その適応進化の解明に貢献すると期待されます。

発表雑誌

雑誌名:Science Advances
論文タイトル:Asymmetry hidden in birds' tracks reveals wind, heading, and orientation ability over the ocean.
著者: Yusuke Goto*, Ken Yoda, Katsufumi Sato
DOI番号:10.1126/sciadv.1700097

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所
大学院生 後藤 佑介(ごとう ゆうすけ)
E-mail:gotoooaori.u-tokyo.ac.jp

東京大学大気海洋研究所
教授 佐藤 克文(さとう かつふみ)
E-mail:katsuaori.u-tokyo.ac.jp      ※アドレスの「◎」は「@」に変換して下さい。

添付資料

図1.飛行機の機内に表示された、飛行機の移動経路と機体の向き。機体の向きが移動経路(黄緑線)の方向からずれていることがわかります。

図2. 本研究の概念図。動物の移動は環境要因とそれに対する動物の応答(内的要因)の産物です(黒矢印)。我々は記録された経路データからこれらの要素を逆に推定しました(赤線)。このように結果から原因を推定する問題を逆問題と呼びます。特に今回我々は、鳥が海上で風に流されているのか(A)、それとも風を相殺しているのか、またその相殺の度合いはどの程度か(B,C)といった、これまで知見の乏しかった海上での鳥のナビゲーション戦略を調べました。

図3. (A)理論的に予測された鳥の対地速度ベクトルの分布の例。黒矢印が平均の対地速度ベクトル。分布が平均対地速度ベクトルに対し左右非対称です。この非対称性は風の影響によってもたらされます。赤矢印は平均の対気速度ベクトル。青矢印は風ベクトルです。(B)鳥の帰巣経路(黒線)と推定された対気速度ベクトル(赤矢印)と風ベクトル(青矢印)。オレンジの点は鳥が繁殖している島を表します。(C)実際の50分の経路(Bの緑点線)から計算した対地速度ベクトル(緑点)。(A)の理論予測と同様に対地速度ベクトルがその平均ベクトル(黒矢印)に対し非対称に分布していることがわかります。赤矢印と青矢印は理論モデルを実データに当てはめて推定した対気速度ベクトルと風ベクトルです。水色の点線矢印は気象モデルの風の推定値で、鳥の経路から推定した風とよく一致していることがわかります。

図4. 帰巣中のオオミズナギドリ(灰色点線)が風に対してどのように応答しているかを、岸からの距離に応じた海上の3区間(EのNC、OS、WC)に分けて調べました。その結果いずれの区間でも鳥が横風を相殺していることがわかりました。より詳しくみると3区間のうち岸から最も離れたOS区間でもっとも相殺の度合いが低くなりました。また、最終的なゴールの島からもっとも離れたNC領域では鳥の目的方向(緑矢印)は鳥からみた島の方向に一致していたのに対し、より島に近づいたOS、WC領域では、目的方向は岩手県の岸方向にずれていました。

プレスリリース