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同じ砂浜で産卵するアカウミガメでも、 餌場が違うと母ガメが産む子ガメの数は2.4倍違う ~ウミガメの代替生活史~

2013年12月13日

畑瀬英男(東京大学大気海洋研究所)
大牟田一美(NPO法人屋久島うみがめ館)
塚本勝巳(日本大学生物資源科学部)

同じ砂浜で産卵するアカウミガメには、浅海(200m以浅)で主に底生動物(用語1)を食べている個体(浅海で摂餌するウミガメ)(浅海摂餌者)と、未成熟期のように外洋(200m以深)で主に浮遊生物を食べている個体(外洋で摂餌するウミガメ)(外洋摂餌者)が共存している。これまで、このようなアカウミガメの行動の違いが遺伝によるものか環境によるものかは明らかではなかった。
東京大学大気海洋研究所の畑瀬英男元研究員らは、NPO法人屋久島うみがめ館(大牟田一美代表)による27年間に亘るアカウミガメ産卵個体の識別調査から得られた繁殖履歴を用いて、浅海と外洋で摂餌する母ガメが産む子ガメの数を調べた。両海域で摂餌するウミガメが共存するようになった要因が遺伝によるのであれば海域間で母ガメが産む子ガメの数に差はないと予想されたが、浅海で摂餌するウミガメの方が外洋で摂餌するウミガメよりも2.4倍多く子ガメを産んでいた。両群の遺伝子を分析したところ、群間には差異がみられなかったことと併せて、アカウミガメには環境に応じて生活を大きく変える能力があることが強く示唆された。
本研究により、なぜウミガメ類が1億年以上も生き残ってこられたのかなど、生物多様性の理解を深める上で重要な知見が得られた。

発表者:

畑瀬英男(東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門 技術補佐員/論文執筆時:海洋科学特定共同研究員)
大牟田一美(NPO法人屋久島うみがめ館 代表)
塚本勝巳(日本大学生物資源科学部 海洋生物資源科学科 教授/論文執筆時:東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門 教授)

発表のポイント:

27年間に亘るアカウミガメ産卵個体の識別調査から、同じ砂浜で産卵するアカウミガメでも、餌場が違うと母ガメが産む子ガメの数は2.4倍違うことを明らかにした。
同じ砂浜で産卵する一方で、餌場が異なるウミガメが共存するようになった要因が遺伝によるものではなく、環境によるものであることが強く示唆された。
アカウミガメには環境に応じて生活を大きく変える能力があることが強く示唆され、ウミガメ類が1億年以上も生き残ってきた理由など、生物多様性の理解が深まった。

発表内容

【背景】
個体の行動などを調べるために電波や超音波を発信する機器を装着して追跡する方法(テレメトリー、用語2)や、個体の食性を調べる方法(安定同位体分析、用語3)の急速な普及に伴って、同じ個体群に属していても行動や生活史が大きく異なる個体が存在するという現象、すなわち個体群内変異が、かつては追跡不可能だった種において近年さかんに報告されるようになった。一例を挙げると、同じ砂浜で産卵するウミガメ個体群内に、浅海(200m以浅)で主に底生生物を食べている個体(浅海で摂餌するウミガメ)と、未成熟期のように外洋(200m以深)で主に浮遊生物を食べている個体(外洋で摂餌するウミガメ)が共存している現象が、世界各地で発見されつつある。しかしながら、この行動の違いが遺伝によるものか環境によるものか、明らかではなかった。

【本研究の特色】
上述の行動の違いに遺伝が関与しており、この行動の違いによって子ガメを産む数(生産性)に差があれば、自然淘汰を通じて生産性の高い行動をとる個体が個体群中に残るため、両行動は共存しえない。ゆえに餌に関する行動の差異が遺伝的に維持されているのであれば浅海で摂餌するウミガメと外洋で摂餌するウミガメの間で生産性に差はなく、環境により維持されているのであれば差があると予想される。

東京大学大気海洋研究所の畑瀬英男元研究員らは、NPO法人屋久島うみがめ館(大牟田一美代表)が屋久島の永田浜において1985年から2011年までの27年間に亘って実施してきたウミガメ産卵個体の識別調査のデータを基に、アカウミガメの生活史特性(一腹卵数、巣からの脱出成功率、一産卵期内の産卵頻度、繁殖頻度、回帰間隔など)を調べた(図1)。それらを安定同位体比に基づいて判別した浅海で摂餌するウミガメと外洋で摂餌するウミガメの間で比較することで、各々の生活史の生産性を評価した。安定同位体分析には、1999年、2008年、及び2011年に計362個体が産出した卵黄を用いた。

【得られた知見】
屋久島の永田浜で産卵するアカウミガメのうち、8割が主に浅海で底生動物を、2割が主に外洋で浮遊生物を食べていると推定された。巣からの脱出成功率と繁殖寿命を除く全ての生活史特性において、浅海で摂餌するウミガメと外洋で摂餌するウミガメの間に有意な違いがみられた。浅海のウミガメに比べ、外洋のウミガメの一腹卵数、一産卵期内の産卵頻度、及び繁殖頻度は少なく、回帰間隔は長かった(図2)。巣からの脱出幼体総数で定義される累積繁殖出力を計算したところ、浅海のウミガメの方が外洋のウミガメよりも2.4倍高かった。この生産性の違いを相殺するには、外洋のウミガメの巣からの脱出から最初の繁殖までの生残率が、浅海のウミガメのそれよりも2.4倍高くなければならない。先行研究よると、どちらのウミガメも同じような年齢で繁殖加入してくるため、この相殺は起こりにくく、したがって、浅海のウミガメの方が外洋のウミガメよりも高い適応度(用語4)をもつと推察された。この結果に加えて、浅海と外洋のウミガメの間ではミトコンドリアDNAやマイクロサテライトDNAレベルにおいて遺伝的差異が見出せないことに基づき、アカウミガメ個体群内の代替生活史は条件戦略(用語5)で維持されていることが強く示唆された。表現型可塑性(用語6)により、ウミガメ類は1億年を超える進化史を生き残ってこられた可能性が示唆される。

【今後の課題】
浅海で摂餌するウミガメと外洋で摂餌するウミガメにおける2.4倍の生産性の違いの相殺は真に起こりえないのかを、より精度の高い年齢指標を用いた初産齢の差の把握や、親ガメの微少スケールでの産卵場所選択とそれが子ガメの体サイズや生残に及ぼす影響の評価などを通じて、考察する必要がある。また本研究のような大型で長寿命な野生動物の生活史を明らかにしようとする研究は、長い年月に亘るデータの蓄積によって初めて可能となる。このような研究を今後も続けていくためには、安定した活動資金や人的資源が欠かせない(図3)。

発表雑誌

雑誌名:Ecology. 94, 2013, 2583­­­–2594.
論文タイトル:A mechanism that maintains alternative life histories in a loggerhead sea turtle population.
著者:Hideo Hatase*, Kazuyoshi Omuta, Katsumi Tsukamoto.
DOI番号:http://dx.doi.org/10.1890/12-1588.1
アブストラクトURL:http://www.esajournals.org/doi/abs/10.1890/12-1588.1

問い合わせ先

東京大学大気海洋研究所 海洋生命科学部門 畑瀬英男
Tel: 04-7136-6228; Fax: 04-7136-6227; E-mail: hataseaori.u-tokyo.ac.jp

E-mailはアドレスの「★」を「@」に変えてお送り下さい

用語解説

(用語1)底生生物:
海洋・湖沼・河川などの水底に生息する生物のこと。甲殻類(エビ・カニ・ヤドカリ)、多毛類(ゴカイ)、軟体動物(二枚貝、巻貝)など。ベントスともいう。
(用語2)テレメトリー:
個体に電波や超音波を発信する機器を装着し、行動や生理を調べる手法。ウミガメには人工衛星を用いた追跡が頻繁に行われている。
(用語3)安定同位体分析:
生物試料中の安定同位体比を測定し、食性を推察する手法。捕食者の同位体比は餌のそれを一定の割合で濃縮し反映するという前提に基づいている。炭素と窒素の安定同位体比がよく用いられる。
(用語4)適応度:
産み出した子供のうち、性成熟に達するまで生き残った子供の数。
(用語5)条件戦略:
遺伝的には同じでも、個体群内における相対的地位などの条件に応じて採る戦術を変える方策。この場合、戦術間で適応度は釣り合わない。
(用語6)表現型可塑性:
同じ遺伝子型をもっていても、環境に応じて形態や行動などの表現型を変化させる能力。

添付資料

図1 屋久島の永田浜に上陸してきたアカウミガメ (Caretta caretta) 産卵個体。環境省編レッドデータブックでは、絶滅危惧II類に指定されている。永田浜は本種の北太平洋最大の産卵場となっており、近年は年間約4000巣を記録している(屋久島うみがめ館のウェブサイト http://www.umigame-kan.org/ に詳しい)。

図2 人工衛星で追跡されたアカウミガメの産卵期以後の回遊経路(上段)。浅海で摂餌するウミガメと外洋で摂餌するウミガメの間での生活史特性の比較(下段)。累積繁殖出力 = 一腹卵数 × 巣からの脱出成功率 × 一産卵期内の産卵頻度 × 繁殖頻度。
 

図3 屋久島うみがめ館調査ボランティアの出陣風景。老若男女、一晩中砂浜を歩いて、上陸してきた産卵雌を調べる。前後肢に標識を装着して個体識別し、ノギスで甲長を測る。“洋上のアルプス”屋久島には、一ヶ月に35日雨が降るといわれる。加えてウミガメの産卵期は梅雨と重なるため、雨の中の調査が多い。大型連休や夏休みを除いて、慢性的に人手が不足している。

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