私たちの研究室は遡河回遊魚の回遊機構を、主に湖沼型サケ科魚類をモデルとして多角的に研究しています。特に、「サケの母川回帰(図1)」を1.神経・内分泌機能、2.嗅覚の母川識別能、3.母川回帰行動を生理学的手法により、「洞爺湖の湖水環境とヒメマス資源」を生態学的手法により解析しています。そして、サケを材料に用いて人間が自然と共生していくために人間環境共生系の創造を目指すフィールドバイオサイエンスを実践していくことを目指しています。

サケの生活史

(実線:ベニザケ・サクラマス ; 破線:シロザケ・カラフトマス)

図2. サケの遡上行動を制御するホルモン
図3. サケ科魚類の嗅神経応答測定方法

「サケの母川回帰」

1. 神経・内分泌機能:サケの母川遡上には、視索前野から分泌されるサケ型生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(sGnRH)、下垂体から分泌されるII型生殖腺刺激ホルモン(GTHII)、生殖腺から分泌されるステロイドホルモン(テストステロンと17α,20β-デヒドロキシ-4-プレグネン-3-オン)が関与していることが明らかになりました(図2)。しかし、大海原から母川沿岸までどのような神経・内分泌機能が関与しているかは今後の課題です。

2. 嗅覚の母川識別能:サケは母川を嗅覚で識別していると考えられおり、各河川水のアミノ酸組成を定量したところ、河川毎にアミノ酸組成が異なっており、その組成を再現した人工水対する嗅神経応答(図3)は天然水のものと変わらず、サケは河川を識別する時にアミノ酸組成の違いを識別していると考えられます。

3. 母川回帰行動:母川回帰を種々のテレメトリー手法(超音波発信器・電波発信器・マイクロデータロガー:図4)を用いて解析しています。さらに、船舶・音響・システム工学の専門家が参画して、サケ回遊行動自動追跡ロボット船を開発しました。

図4. 洞爺湖のヒメマスに装着しているテレメトリー機器

(A:上から超音波発信器、EMG発信器、マイクロデータロガー;B:小型機器は胃中へ挿入する;C:大型機器は背中に装着する)

「洞爺湖の湖水環境とヒメマス資源」

洞爺湖は有珠山の周期的噴火による天然災害、および長流川の河川水を導入させたことによる酸性化の人為的災害を受けており、酸性化によりリンが湖底に沈澱したため、リンが制限要因になっている貧栄養湖です(図5)。炭素・窒素安定同位体比を用いて洞爺湖の食物連鎖網の解析を行い、沿岸帯と沖帯では異なる食物連鎖網が存在していることがわかりました。

2000年の有珠山噴火で泥流となり洞爺湖に流入した火山灰は、表層ではリンを添加して一次的に植物プランクトンの生長を促し動物プランクトンの現存量も増加したが、100m以深では高濁度層を形成したことを観察しました。

洞爺湖のヒメマスは、漁協組合員による刺網による漁業と遊漁者による釣りによる遊漁が行われているが、魚籠覗きを含むアンケート調査の結果、釣獲尾数が漁獲尾数の約3倍多いことがわかりました。

「フィールドバイオサイエンス」

 遡河回遊魚、特にサケは、陸上から海洋へ流失した栄養塩を陸上に還元してくれる物質循環の担い手であり、その生活史は生物多様性に富んでおり、サケの生存には河川・海洋の生態系保全が必須であり、サケ資源は持続的生物生産が可能です。地球環境問題と食糧問題を解決するために、人間が自然と共生していくために、人間環境共生系を創造するため研究の重要性が増しており、サケを用いたフィールドバイオサイエンスの実践を目指す研究を今後とも行っていく計画です(図6)。

図6. フィールドバイオサイエンスのイメージ

6 December, 2002