1. 研究室紹介 

私たちの研究室は海洋生物の行動と生態について研究しています(図1〜3)。中でも魚類の回遊現象はその中心的課題となっています。回遊魚の中にはサケ,アユ,ウナギなど様々な回遊パターンをもったものがいますが,これらの回遊行動の共通原理を探り,それぞれの違いを明確にすることで,生物はなぜ回遊するのか,どのようなメカニズムで回遊しているのかという根本的命題を解き明かしたいと思っています(図4)。

 図1.納涼すいかパーティ

私たちの研究室は職員・学生あわせて21名という大所帯です。東大海洋研究所の中でも最大規模の研究室になっています。生物多様性の点では他にひけをとりません。

 図2.研究船による回遊魚の生態研究

研究船による生態調査は,室内の行動実験と並んで重要な研究手法のひとつです。得られたサンプルは,通常の形態学的,生態学的解析をしたあと,DNA分析や耳石微細構造の解析を行います。生活史,分類,系統,集団構造について研究するためです。

 図3.海外学術調査

ボルネオ島におけるウナギの採集調査です。海外のサンプリングも重要な研究活動です。この6年間でアフリカ,東南アジア,南太平洋,アイスランド,米国など計17ヶ国26地域を訪ね,世界中のウナギをサンプリングしました。現地の多くの方々に大変お世話になりました。

(http://www2.ori.u-tokyo.ac.jp/~gsokutei/buttonshop/buttonshop.html)

 図4.通し回遊魚のライフサイクル

サケは川で生まれ,海で大きく成長して,川に戻ってきて産卵します。これと全く逆の回遊パターンをもつウナギは,海で生まれ,川で成長して,成熟が始まると外洋の産卵場へ戻っていきます。サケの祖先は北の淡水域に起源し,海に向かって成育場を拡大しつつあります。逆に,ウナギの祖先は熱帯の海に起源して,淡水域を目指してその回遊ルートを拡げつつあるのです。

 図5.ウナギAnguilla japonicaのレプトケファルス幼生

アナゴ,ウツボ,ハモなど,ウナギの仲間はすべてレプトケファルスと呼ばれる幼生期を経ます。レプトケファルスは海の中で沈みにくく,海流による長距離輸送に適した体つきをしています。ウナギのレプトケファルスは3〜4ヶ月すると透明なウナギの稚魚(シラスウナギ)に変態します。この時,体長は約5mm縮んで負の成長を示します。産卵場調査はより小さいレプトケファルスを海の中で探して歩く作業なのです。最終的に卵や産卵中の親ウナギを見つけた時が調査のゴールです。しかし,世界中のどのウナギにおいても,まだ卵も親ウナギも見つかっていません。

 

 図6.フィリピン海の海底地形図 

フィリピン海プレートの東縁近くにある西マリアナ海嶺中の3海山(スルガ,アラカネ,パスファインダー)がウナギの産卵場と推定されています。これらの海山は水深3000〜4000mの海底からその頂上が水面下約10mまでそびえ立つ富士山クラスの高い山々です。海山は何千キロもの長旅のあと,ウナギのオスとメスが出合う,デートスポットとして重要な目印となります。また3海山が属す,南北に長くのびた西マリアナ海嶺は古くは火山だった高い山々が海底山脈として残っているものです。ここに生じた磁気異常は北から回遊してくる親ウナギにとって大切な道標の役目を果たすものと思われます。

 
 図7.2人乗りの小型潜水艇JAGO(ヤーゴ)

 ドイツ・マックスプランク研究所の小型潜水艇を東大海洋研究所の研究船白鳳丸(4000トン)に搭載して,産卵場と推定されるマリアナ沖の海山で潜水調査を実施しました。上記の海山仮説と新月仮説に基づいて,調査は1998年6月28日の新月をはさみ,アラカネ海山とパスファインダー海山で実施されました。しかしこの時はエルニーニョの影響のため,残念ながら親ウナギを直接発見することはできませんでした。その後も卵の採集を目指して新月前後に海山回りで調査を続行しています。

 
 2-2 ウナギの進化

 ウナギがこの地球上のどこに起源し,どのようにして世界中に拡がっていったかについても興味深い研究課題となっています。分子系統学,動物地理学,集団遺伝学の技術と知見を総動員して,この問題に取り組んでいるところです(図8,9:文献4-6)。

 図8.ウナギ属魚類の地理分布

 現在18種が認められているウナギは,赤道付近を中心として世界中に広く分布しています。図中青く塗りつぶされた部分はウナギの分布域を示します。原則として,ウナギの分布は世界の大洋の暖流と対応していることがわかります。しかし,南大西洋には暖流のブラジル海流が存在するにも関わらず,南米大陸東岸にウナギは生息していません。また興味深いことは,北大西洋に生息しているアメリカウナギとヨーロッパウナギの2種がインド洋や太平洋の他の16種と地理的に大きく隔離されていることです。現在の生物の地理分布は,祖先種の移動によって形成されたものであるといえます。では,ウナギの祖先はどのように北大西洋に侵入したのでしょうか?また南大西洋には,なぜウナギが生息しないのでしょうか?

 図9.ウナギの分子系統樹とテーチィス海仮説

 ミトコンドリアDNAを用いて世界中のウナギの家系図(分子系統樹)を作成し,その系統関係を検討してみました。その結果,現在のボルネオ島に生息するウナギ A. borneensisがもっとも古い種類であり,また,北大西洋のウナギ2種はアフリカ大陸東岸に生息しているモザンビークウナギ A. mossambicaと近縁であることがわかりました。

 得られた系統関係を基に,太古の昔ウナギが辿った道を推定してみました(テーチィス海仮説)。今から1億年ほど前には,現在のスエズ地峡やパナマ地峡はなく,赤道付近にゆっくりと地球を一周する環赤道海流が存在していました。また,現在のインド洋には,テーチィス海と呼ばれる広大な海が横たわっていました。ボルネオ島付近で起源したと考えられるウナギは,レプトケファルス幼生期に環赤道海流によって西へ西へと運ばれ,分布を拡げました。こうして北大西洋へ侵入したものが,現在の大西洋のウナギ2種の祖先になったのです。やがてアフリカ大陸の北上によってスエズ地峡ができ,インド洋と大西洋は完全に切り離されて,現在のようなウナギの地理分布が成立したと考えられます。つまり,かってウナギが辿った道は,現在はもう地図上に見ることはできなくなってしまっているのです。また暖流のブラジル海流があるにも関わらず,南大西洋にウナギが生息しない訳は,大西洋にウナギが侵入した時,南大西洋はまだ十分に開いていなかったためなのです。

 2-3 回遊の起源と海ウナギの発見

 サケやウナギなどの通し回遊魚はどこに起源したのでしょうか?それぞれの祖先はどのようにして海と川を往き来する回遊を始めたのでしょうか?こうした疑問を解く鍵が最近見つかりました。川に遡上せず海で一生暮らすウナギ(海ウナギ)の発見です(図10: 文献7)。海ウナギはウナギの回遊の原型をもつ先祖返りのような現象かもしれません(文献8)。

  

 図10.親ウナギの耳石ストロンチウム分布による回遊履歴の解析。

 海と川のストロンチウムの濃度差を利用して,ウナギの耳石中のストロンチウム分布を調べます。その結果から,分析した個体がどの時期に海にいて,どのくらい川に滞在したかという個体の回遊履歴がわかります。右側の利根川のウナギは,中心部にレプトケファルスとして約半年間海洋生活を送った高濃度のストロンチウムが検出され,利根川に遡上した後は下流で採集されるまでそのままずっと淡水中にいたことを示しています。この典型的な回遊パターンを示す個体と異なり,左の東シナ海のウナギは耳石全面が一様に高濃度のストロンチウム分布を示し,一度も淡水を経験したことのない"海ウナギ"であることがわかりました。もしかしたら海ウナギは川に遡上するウナギより,次世代の再生産に多く寄与しているのかもしれません。大西洋のヨーロッパウナギでも海で一生を過ごす海ウナギのいることを発見しました。

 (参考文献)

1. TSUKAMOTO, Katsumi: Discovery of spawning area of the Japanese eel. Nature, 356(6372), 789-791, 1992.

2. FRICKE Hans and Katsumi TSUKAMOTO: Seamounts and the mystery of eel spawning. Naturwissenschaften, 85, 290- 291, 1998.

3. TSUKAMOTO, Katsumi, Tae-Won LEE and Noritaka MOCHIOKA: Synchronized spawning of Anguilla japonica inferred by otolith daily ring of the leptocepahli. Ichthyological Research, 45 (2), 187-193, 1998.

4. AOYAMA, Jun and Katsumi TSUKAMOTO: Evolution of the freshwater eels. Naturwissenschaften, 84(1), 17-21, 1997.

5. TSUKAMOTO, Katsumi and Jun AOYAMA: Evolution of the freshwater eels of the genus Anugilla : a probable scenario. Environmental Biology of Fishes, 52 (1-3), 139-148, 1998.

6. AOYAMA, Jun, Mutsumi NISHIDA and Katsumi TSUKAMOTO: Molecular phylogeny and evolution of the freshwater eel, genus Anguilla. Molecular Phylogenetics and Evolution, 20 (3), 450-459, 2001.

7. TSUKAMOTO, Katsumi, Izumi NAKAI and F-. V-. Tesch: Do all freshwater eels migrate?. Nature, 396 (6712), 635-636, 1998.

8. TSUKAMOTO, Katsumi. and Takaomi ARAI: Facultative catadromy of the eel, Anguilla japonica, between freshwater and seawater habitats. Marine Ecology of Progress Series, 220, 265-276, September 2001.

12 February, 2002